第264話:『契約』 その2
「メリアの様子がおかしいと思えば……一体何をしているのかしら?」
「面目次第もございません……」
夜になり、アポイントなしだが図書館へと足を運んだ俺は幸いにもオリヴィアと会うことができた。ただし、メリアの姿はない。オリヴィア曰く、様子がおかしいらしいが。
「それで? 『契約』を結べるか確認しようとメリアに声をかけたと?」
「そうなんですよ。そうしたらメリア、こんなポーズを取りまして」
そう言いつつ、俺は威嚇するオオアリクイみたいなポーズを取る。するとオリヴィアの口元が僅かに痙攣した。おそらくだが、笑うのを堪えたのだろう。
「そのポーズは何? 何の意味があるの?」
「いや、俺に聞かれてもですね……」
どうやらポーズは『契約』に関係ないらしい。だったら何故メリアはあんなポーズをしたんだ……そういう気分だった?
「で、その後、目を瞑って顔を上げて何かを待つような体勢になったんです。それで何をすればいいのか尋ねても『んっ』としか返ってこなくて……とりあえず額にキスをしてみました」
「とりあえず、でやることかしら……」
呆れたようにオリヴィアが言うが、貴婦人に対して片膝を突いて手の甲にキスをしたり、小さい子どもの額にキスをしたりっていうのは貴族や騎士では割とあることだ。いや、メリアを小さい子ども扱いしたわけじゃないけどね?
前世でも挨拶としてチークキスをする地域があったし、一応は言い訳が立つ範疇での行動だったと思うのだが。
「その後はすごい勢いで逃げられたんですけど、『契約』できたって感じもしないですし……間違ってましたかね?」
「『契約』は体の一部が接触していればそれで良かったはずよ。どこかの誰かさんがいきなりキスをしてきたから驚いて『契約』し損ねたんじゃないかしら」
「ええぇ……あの体勢で待たれて額にキスはアウトですか……」
メリアが逃げている以上、アウトだったのだろう。アウトか? アウトかぁ……なんて思っていた時だった。
「…………」
不意に視線を感じ、そちらをさりげなく確認する。
夜の図書館は暗く、仮に外が満月だろうと奥の方まで進めば灯りを用意しなければ先も見えないぐらい暗い。
そんな暗い図書館で、本棚を盾にして隠れながら近付いてくるメリアの姿があった。
(気配を隠してないからモロにバレてるんだが……バレてもいいのか)
相変わらずよくわからない子だ。それでも悪意は感じられないため、俺は止めるような真似はせずにメリアの好きにさせる。オリヴィアも気付いているようだが、呆れたように、それでいて微笑ましいものを見るように目を細めていた。
「…………」
警戒する子猫のようにゆっくりと、メリアが近付いてくる。抜き足差し足で音を立てずに近付いてくるが、いくら暗かろうと、いや、暗いからこそメリアの銀髪はよく目立つ。ランプの光が反射して暗闇に映えるのだ。
「……まあ、そんな感じでして。俺もあの子からの情報ってだけで、『契約』に関してはそこまで詳しくないんですよ」
とりあえずメリアが近付いてくる合間にオリヴィアへと話を振る。リリィの名前は出さずにおいた。近くに母親であるメリアがいるため、出しにくかったのだ。
「そう、ね……ただ、わたしも詳しいわけじゃないわ。メリアの『召喚器』を攻撃ではなく援護に転用する形になるのだけど、接続先との相性が悪いとどうにもならないみたいなの」
そう言いつつ、オリヴィアはゆっくりと近付いてくるメリアへ視線を向ける。当のメリアは俺に意識を集中させているのか、オリヴィアからの視線に気付いていないようだ。
「だからあくまでそういう能力がある、そういう使い方ができる、という推測ね。あくまでメリアが言っていることで、『契約』というのもメリアの教育に携わったごく一部の人間しか知らない隠語みたいなものよ。だからこそ、あなたの未来の話を信用したのだけど」
「そうなんですか……ちなみに効果は? 俺が知っている情報だと、援護魔法みたいに対象を強化する感じなんですが」
「やったことがないからわかっていないわ。メリアの言葉を信じるなら、能力の共有……あるいは上乗せといった感じみたいだけど」
実際にやってみないとわからないようだ。
(うーん……さすがにどの程度かわからないか。身体能力の強化とか? 首を斬られても再生して死ななかったり、炎とか操れるようになったりはしない? そういう特殊な能力はさすがにないか?)
いくら傷を負っても死なないとか、そういう無茶が利く能力なら便利なんだが……いやでも、それってどちらかというと敵モンスターやボスキャラが使う能力だよな。痛みにはそれなりに強い方だけど、さすがに精神がもたないだろ。
(メリアの能力の共有、あるいは上乗せっていうと……『献魂逸擲』の転用だから、『召喚器』の能力が使える? それとも光属性の魔法が使えるとか……あ、やべ、俺は魔法が……『契約』しても意味がないパターンじゃないだろうな……)
スギイシ流を習得した関係上、魔法は本当に苦手だ。そのためメリアと同じように魔法が使えるようになったとしても、実戦で使うのは無理かもしれない。
(せ、せめて援護魔法だけでも使えれば……っと)
そうやってオリヴィアと会話をしていると、ようやくメリアが動いた。俺の背後に近付いたかと思うと、小さく拳を丸め、俺の腰裏をポスポスと叩き始める。マッサージかな?
「メリア?」
「っ!?」
声をかけると、俊敏な動きでメリアが姿を消した。どうやら本棚の陰に隠れたらしく、俺は思わず苦笑してしまう。
「こんな感じで、たまに変なことをするんですよね」
「わたしが相手だと見せない行動ね……恥ずかしいのかしら?」
「そんな、人見知りする幼児じゃないんですから」
思わずそんなことを言ってしまったが、メリアの精神年齢を考えると幼児と大差ないのかもしれない。
「……鍛えるばかりで、育て方を間違ったかしら……」
オリヴィアがどこか深刻そうに呟く。
オレア教の決戦兵器にして秘密兵器として育てられてきたメリアの行動の幼さに、さすがのオリヴィアも危機感を覚えているらしい。
(『花コン』だと主人公と交流する内に成長して、それなりに喋るようになるんだがな……この世界だとどうだろ? 仕草からある程度は言いたいことが読み取れるんだが……)
そうやって読み取ってしまうから、今回みたいな認識の齟齬が発生するのかもしれない。いや、実は齟齬はなくて、メリアが恥ずかしがっているだけって可能性もあるんだが。
「メリアー、こっちにおいでー。ほら、怖くないぞー」
俺はとりあえずメリアに声をかける。幼い子どもを相手にするように、意識して笑顔を浮かべながら。
「…………」
恐る恐る、といった様子でメリアが近付いてきた。俺は無害をアピールするように両手を開いてメリアに見せると、ようやく隣に立ってくれる。
「夕方はごめんな? いきなりでビックリしちゃったか?」
「……んーん」
小さく首を横に振るメリア。その顔は驚いたというよりも、困惑の色が濃いように見えた。
「ありゃ、そうなのか。となると……恥ずかしかった、とか?」
「……?」
今後は首を横に倒す。どうやら自覚はないようだ。
「オリヴィアさん……」
俺は思わずオリヴィアの名前を呼ぶ。メリアぐらいの年齢でランドウ先生と戦えるほどに強く鍛えたのは良いとしても、情操教育もしっかりしておくべきでは? なんて抗議の感情を込めて。
「世界を救うために、この子には命を賭けてもらうことになるわ。余計な教育は無駄だと思ってしなかったのよ」
「それは……」
メリアの『召喚器』、『献魂逸擲』は使えば本人も命を落とす。つまり、使えなければ何の意味もない『召喚器』なのだ。
もちろん、メリア自身光属性の魔法を操れるし、他の魔法も使える。魔法使いとして見ても超一流といえるだけの実力と才能がある。
しかし『献魂逸擲』は『魔王』を殺し得る可能性がある数少ない手段の一つだ。オリヴィアの言う通り、『献魂逸擲』を使うのに不必要な感情まで育てる意味があるかといえば――。
(この前見せてもらった銃火器の設計図といい、メリアの教育といい、世界を救うための準備の一環なんだろうが……そこまでやらないと救えないんだよな)
それだというのに、学園内限定だがメリアに好きなように出歩かせたり、今みたいに俺や他の面々との交流も許すようになった。
その結果、こうしてメリアにも色々な変化が起きているわけだが。
「……その視線は何かしら?」
「いえ。俺はそれが悪いことだとは思いませんよ」
メリアが望んだのか、あるいはオリヴィアも悪いと思ったのか。俺とオリヴィアの会話を聞いて首を傾げるメリアの姿を見ていると、間違いとは思いたくなかった。
俺は膝を折って目線の高さをメリアに合わせると、真っ向からじっと見つめる。
「それで、だ……メリア。俺はさ、『魔王』が発生した時に戦える力が欲しいんだ。今以上に強く……なりたいんだ。そのために『契約』っていう、君を利用するような真似をしようとしている」
そう言って、メリアを見詰める瞳に力を込める。
「君が嫌だっていうなら、それはもう仕方がない。自分の力で足掻くよ。でも、俺の力や才能なんて、大したものじゃないんだ……だから、さ」
メリアは俺から目を逸らさない。ただ、黙って俺の話を聞いてくれる。
「『契約』を交わして、君の力を貸してほしい。俺だけの力じゃどうにもならないから、君の力を貸してほしいんだ」
自分で言うのもなんだが、それはなんとも情けない宣言だった。
自分自身の実力、才能、努力だけではどうにもならないからと、メリアに助けを求める。
それでも『花コン』の通り、主人公に全てを託して『魔王』を倒してもらうような真似はしたくない。
たとえ透輝やランドウ先生の露払いぐらいしかできないとしても、それでも構わない。この世界の人間として、『魔王』と戦えるのなら。
それは――間違いなく自分自身の本音だった。
「っ!?」
不意に、俺の胸の辺りが淡く光を放つ。
何事かと思って手を当てると、慣れ親しんだ感触と共に本の『召喚器』が出現した。そしてまるで自己主張でもするかのように淡く光を放つ。
それを見たメリアが手を伸ばしてくる。その手には何も握られていないが、俺の『召喚器』と同じように淡く光を放っていた。
「――『契約』」
そんな言葉と共に、たしかにつながる感触があった。物理的なものではないが、心と心がつながるような、温かくも不思議な感覚である。
「ずっと、いっしょ」
そう話すメリアはこれまでと違ってたしかな、はっきりとわかるほどに微笑んでいたのだった。




