第263話:『契約』 その1
学園生活というある種、平和な日常を送りながらも強さを求めて訓練する日々が過ぎていく。
ランドウ先生のおかげで一年生の時と比べれば実力の向上が感じられるが、それでも『魔王』や『魔王の影』の脅威を思えば楽観視はできない。
少しでも強くならなければ――とは思うが、その手段も日々の訓練以上に確実なものはないわけで。
(そういえば、リリィの話だとメリアと『契約』できるんだよな。実際にできるか確認はしてないけど……『契約』できれば切り札になる……か?)
『契約』――それは『花コン』におけるメリアルートにのみ登場する能力で、本来は自分自身ごと『魔王』を滅ぼそうとするメリアの力を援護に転用する方法だ。
『花コン』の主人公以外だと適性がなく、『契約』は不可能だと作中でも語られていたんだが……。
(リリィが嘘を吐く必要もないし、俺がランドウ先生や透輝と一緒に『魔王』の斬首作戦に参加するならそれぐらいの隠し玉が必要になる……つまり、本当に『契約』できるってことか)
リリィの話を疑うわけではないが、確認できることなら確認しておくべきだろう。
今まで確認しなかった理由は……まあ、なんだ。剣士として培ってきた、俺個人の意地みたいなものである。
『契約』の力に頼るということは、俺個人の力がランドウ先生や透輝には至らないって話だからだ。
ランドウ先生に凡才だと言われた俺だが、これでも相応の自負は持っている。凡才だろうと凡才なりに必死に足掻いて腕を磨いてきたし、磨いた分、相応の腕になっていると自覚していた。
――だからこそ、というべきか。
ズルというわけではないが、『契約』によって何かしらの力を得るのに抵抗があった。しかし俺の意地と天秤にかけられているのが世界の平和となれば、嫌だとは言えない。
(でもなぁ、メリアと『契約』できたとして、それでも二十年から三十年程度の『封印』しかできなかったんだよな……)
力を得られるとしても、その結果は満足とはいえないものになりかねない。リリィが俺を助けてくれたことで透輝の『宝玉』が失われていない分、ルート的にはマシな方向へ進んでいるはずなのだが。
(透輝の犠牲を許容するなら、俺じゃなくて透輝と『契約』させた方が……いや、でもな……)
本来のルート通り、メリアの『契約』相手は透輝の方が良いのではないか。
透輝の才能、そして成長ぶりを考えると、『魔王』が発生する時期にはかなりの手練れになっているはずだ。そこにメリアとの『契約』を行わせ、存在が損耗しない程度に力を振るわせれば良いのではないか。
(そしてその結果、力を使い過ぎて誰にも認識できなくなりました、と……転生した身とはいえ、この世界の人間としてはそこまで頼り切るのはさすがにな……)
『花コン』でのエンディングの条件から見れば、バッドエンドやノーマルエンドに入らないようになっているはずだ。だが、この現実たる世界でゲーム通りの結末を迎えられる保証はない。
貴族的な思考で考えれば、異世界人一人の犠牲で済むのなら実行するべきだ。友情や親愛といった感情に蓋をして、冷徹に透輝を騙して誘導して、『魔王』を倒すよう仕向けるべきだ。
俺に手段を選べるだけの力はない。だからこそ、透輝に恨まれて殺されるとしても、『魔王』をどうにかできる手段があるのなら選ぶべきなのだ。
(うーむ……頭が痛い……胃も痛い……いやでも、オリヴィアさんは三百年以上、『魔王』対策で悩み続けてきたんだ。この程度で弱音は吐けないわな)
そんなオリヴィアも限界が近いからこそ、俺を後釜に、なんて言い出した。そう考えると『魔王』が発生したら今度こそ『消滅』させなければ、人類は詰みかねない。
そうなるとやっぱり、俺よりも透輝がメリアと『契約』を――。
「ん?」
なんて、そんなことを考えていたからだろうか。
授業が終わって放課後になり、いつも通りまずは生徒会室に行こうと廊下を歩いていたら、まるで見計らったかのようにメリアがトコトコと近付いてきた。
「やあ、メリア」
「……ん」
俺が声をかけると、短いながらも返事をするメリア。そしてそのまま動きを止め、俺をじっと見上げてくる。
相変わらず無表情かつ無感情のように見えるが、初めて会った時と比べるとだいぶ表情が読み取りやすくなったんじゃないか、なんてことを個人的には思う。
「あー……オリヴィアさんから何か聞いているかい?」
「……?」
俺の問いかけに、メリアは不思議そうな顔をする。って、これは俺の質問に対する疑問じゃないな。
「なんで教主殿じゃなくて名前で呼ぶようになったかって? 少し思うところがあってね……って、なんで叩くんだ?」
「むぅ……」
ペシペシ、と音を立てながら腰を叩かれる。痛くないし、むしろくすぐったいぐらいの威力だが、メリアなりの不満の表明らしい。
「オリヴィアさんから何も聞いていないのか? 俺が……まあ、なんだ。あの人の後を継いでどうこう、みたいな」
「…………」
それが何か? とでも言いたげな顔をするメリア。聞いてはいるんだろうが、どうやらその辺りはどうでも良いらしい。メリアらしいというか、なんというか。
(実際問題、俺が教主を継いでもメリアからすればあまり関係ないしな……関係あるとすれば、俺が家督を継げなくなるだろうからコハクに迷惑がかかるぐらいか?)
さすがに教主と辺境伯の二足の草鞋は履けない。大変すぎて俺が死ぬ。そのためコハクに迷惑がかかるが、家督はコハクに譲るしかないだろう。
オレア教には結婚しては駄目という戒律もなかったはずだし、カリンさえ許すのなら予定通り結婚もできるが、コハクだけには迷惑を掛ける形になってしまう。
(でもまあ、俺としても安心して託せるのはコハクしかいないしな)
モモカに婿を取らせてどうこうっていうのはさすがに心配すぎる。
もっとも、これらの心配は『魔王』の『消滅』に失敗して『封印』しかできず、なおかつ俺が存在を消滅させずに生存していないと実現し得ない。
そんなわけで、教主という立場には関係が乏しく、俺と同じで生存していなければ話にもならないメリアにはほとんど関係がないと言えるわけだが。
「それと、だな……」
話を変えるようにそう言いつつ、俺は周囲の気配を探る。場所が場所だけに人の気配もないし、隠れている人間もいないようだ。
「君との『契約』について聞きたい。『契約』は特定の人物としかできないと思うんだが、俺とも結べるのか?」
この点に関しては直球で尋ねる。誤魔化しても仕方がないし、間違いがあっては困るからだ。
『花コン』だと主人公以外で光属性の人間はメリアだけだし、主人公とメリアだけに共通する特殊な力、というと『契約』を結べる条件としても妥当な感じがする。
一応、ルートによってはアイリスが光属性に目覚めたり、光竜という人間以外での光属性もいることはいるのだが。
「…………」
俺の質問を受けたメリアは俺をじっと見上げたかと思うと、オオアリクイが威嚇でもするように両腕を広げ、じわじわと近付いてくる。
え? いや、なに? そのポーズはなに? さすがに意図が読めんぞ。そのポーズに何の意味があるの?
「待て待て待て。一体何をしようとしている?」
「…………?」
――『契約』できますか?
――疑問に思うならやってみましょう!
メリアの中ではそんな感じで決着したのか、いざ、とでも言いたげに距離を詰めてくる。
(『花コン』でも『こうしてメリアと『契約』を結んだ』ってテロップが表示されるだけで、具体的な内容は描かれなかったんだよな……このポーズは一体……)
銀髪の小柄な美少女が、無言で威嚇するように両腕を広げてじわじわと近付いてくるというこの状況。ここから何をするのか、逆に興味が湧いてきたぞ。
物は試しにと、俺も両腕を広げて威嚇のポーズを取ってみる。するとメリアは驚いたようにビクッと体を震わせ、近付こうとしていた足を止めた。
「…………」
「…………」
互いに無言で向き合う、謎の状況の完成だ。いやもう本当に、なんだこの状況。誰か通りかかったら何事かと思われること請け合いだ。
そうやって向き合っていたが、メリアが再び距離を詰め始める。俺が変な動きをしないか牽制するように、じっと瞳を見つめてくる。
「……ん」
不意に、メリアが目を閉じた。そして気持ち顎を上げ、何かを促してくる。
(これは……え? キスでもしろと?)
それっぽい体勢を取られて困惑する。というか、それならこの威嚇ポーズはなんだったんだ? このオオアリクイみたいなポーズは一体……。
「メリア? 俺は一体どうしたらいいんだ?」
「……ん」
「このパターンはさすがに読み取れないんだが……」
「……んっ」
いかん、催促するように両腕を広げられてしまった。
(ええ……本当にキスしろと? もしくはハグ? どっち? 別ルートの俺は本当にこうやって『契約』を交わしたのか?)
『契約』に必要だというのならやるが、本当にこれが必要なのかがわからない。オリヴィアに『契約』の方法を聞いておけば良かったか。『契約』が可能ならしておきたいが、今すぐに必要というわけでもないんだし。
(キスするから別ルートの俺もカリンとの婚約者候補の関係を破棄にした……のか? いやでも、別ルートのカリンは嫉妬深くて攻撃的だったってリリィも言ってたし、丁度良いから関係を清算しただけって可能性もあるんだよな……)
というか、キスだけで婚約者候補を辞めるかどうかで考えると、関係の清算をしたかっただけじゃないかって疑ってしまうんだが。
存在が消滅する危険性を考慮し、もしもに備えて事前に関係を清算しようと思っただけなのかもしれないが、その辺りはリリィも聞いていないっぽいから確認のしようがない。
(キス自体に意味がある? それとも肉体的な接触ならなんでもいい? もしかして、何でもいいから両腕を広げている可能性も……ええい、とりあえずは……)
もう一度周囲の気配を探ってから、メリアの額にキスを落とす。唇でも構わないが、間違っていたら大事だからだ。
「っ!?」
メリアの反応は劇的だった。驚いた猫のように飛び跳ねたかと思うと、音が立つ速度で俺から距離を取る。
両手を額に当てながら目を見開き、見間違いでなければ普段の無表情が崩れて白い肌に僅かな赤みがさしつつあった。
「め、メリア?」
「っ……っ!」
普段のゆっくりとした様子が嘘のように、機敏にメリアが動く。というか、俺から逃げる。魔法使いのはずだが、滑るような歩法であっという間に駆け去ってしまう。
「えーっと……え? これ、やばい?」
メリアの意思表示を読み違えたのか、あるいは俺の行動が予想外だったのか。
いなくなってしまったメリアに尋ねるように、俺は呟くのだった。




