第249話:新入生 その2
王立ペオノール学園に新入生が入学し、俺は二年生になった。
――そうなると何が起きるか?
先輩としての自覚が芽生える? 後輩を指導するべくはりきる? 後輩に負けないよう奮起する?
「それではこれより、決闘を執り行う!」
そうだね、決闘だね。
騎士科や技術科の生徒はそれほどでもないが、貴族科の生徒というのは大抵が地元で蝶よ花よと育てられてきたお坊ちゃん、お嬢ちゃんである。
嫡男はもとより、次男や三男、長女や次女以下だろうと平民とは住んでいる世界が違う。
前世の中世なら貴族に生まれようが部屋住みとして肩身の狭い思いをしながら生活していたかもしれないが、この世界における貴族はそうではない。
質の良し悪しはあれど、民の規範となるべく幼少の頃から教育を施されて一廉の人物になるよう育てられる。
これは本人には知らせずとも『魔王』対策として一人でも優秀な人材を作るため、教育を放り出して負の感情を溜めさせないためといった理由があるが、地元で優れた教育を受け、本人もそれに見合う努力を重ねてきていればどうなるか。
自分と同等、あるいはそれ以上の教育を受け、自分よりも強く、賢く育てられた他所の貴族の子女と競い合うことになれば、どうなるか。それまで負けたことがない、地元で一番、みたいな育ち方をした貴族のボンボンが競い合う場に放り込まれたらどうなるか。
「そこまでっ! 勝者――って、そこまでって言ってるだろうが!」
そうだね、決闘だね。
中には初の実戦で興奮し切って頭に血が上り、そこまでって言ってるのに止まらない生徒もいるから殴ってでも止める。場合によっては蹴り倒し、持っていた得物を弾き飛ばす。
(まったく、決闘委員会の委員長も案外大変だ。これで何回目だよ)
何を血迷ったのか審判目掛けて斬りかかってきた一年生の剣をすくい上げ、捩じって弾き飛ばす。そしてすくい上げたことでがら空きになった胴体にヤクザキックを叩き込んで気絶させると、立会の勉強として連れてきていた決闘委員会の二年の男子生徒に視線を向けた。
「と、いう感じで。止める時は強引にでも止める。頭に血が上ると見境がなくなる奴もいるから、そういう奴はすぐさま鎮圧する。なんなら骨の一本や二本、折ってもいい。わかったな?」
「りょ、了解です!」
俺の説明に対して若干引いたような顔で返事をするが、どんな形でもいいからきちんと仕切れればそれで良いのだ。
なんで新人で委員長やってる俺の方が、去年から決闘委員をやっている男子生徒に教えているんだろうな? まあ、どちらかというと実戦の心構えみたいな感じだけどさ。
さて、こうして決闘の立会をしている俺だが、新入生が入学して三日と経っていないのに既に十回近い決闘騒ぎが起きている。
俺が言うのもなんだけど、今年の新入生は血の気が多すぎじゃないかね? それとも決闘が流行っているのかな? そんな流行は止めてほしいんだけど。
そんなわけで一年生同士だと一日二回のペースで決闘騒ぎが起きているが、その全てが貴族科の生徒同士での決闘である。
困ったことに、去年、入学早々に決闘をしまくって大騒ぎを起こした先輩の話を聞いているらしく、今年の新入生の決闘に対する忌避感が薄くなっているようだ。本来は気軽に行うもんじゃないんだがね。困った先輩もいたものだよ。
……まあ、うん、決闘をしまくった先輩というのは、俺のことである。
歴代の決闘騒ぎを塗り替える勢いで一対複数で決闘したり、一日に複数回決闘したりと、当事者以外にとっては話題の種になるようなことをやっていたから仕方ない……いや、仕方ないのか?
一応の言い訳として、新入生が入学したばかりの時期は決闘が起こりやすいらしい。
それまでは直接的に感じることが少なかった他所の貴族との比較や、実際に顔を合わせてのいざこざ。ちょっとしたすれ違いに、かつて透輝がやらかしたように相手のプライドを傷つけるような行動。
それらによって決闘を行う者が一人でも出れば、次の者は引き金が軽くなってしまう。そうして決闘が何度も行われ、その度に新任の決闘委員会の委員長である俺も引っ張り出されているわけだが――。
「ミナト=ラレーテ=サンデューク先輩ですね? 是非、尋常の決闘を申し込みたく」
一日二回は行われる決闘騒ぎだが、それと並行し、こんなことを言い出す一年生が何人もいた。
どうやら今年も決闘騒動からは逃れられないらしく、既に発生した十回近い決闘の内、半分ほどが俺が原因の決闘になっている。その度に別の決闘委員を呼んで立会をしてもらっているが、向けられる目が冷たく感じるのは気のせいではないだろう。ごめんね?
自分で言うのも何だが、学園の生徒の中ではトップクラスに名前が売れているというのが大きいのだろう。
――有名な先輩に挑んで勝てれば一気に知名度が上がる。
――たとえ負けても学園の決闘なら命を取られることはない。
――良い勝負をするだけでも名前が売れる。
そんな考えを抱いているのか、意気揚々と一年生が決闘を挑んでくるのだ。
ちなみに二年生、三年生は去年の武闘祭で俺とゲラルドの戦いを見たからか、決闘を挑んでくる者はいない。そのため一年生の後半は実に平穏だったのだが。
「仕方ないな……その決闘、受けよう」
一緒にいた決闘委員の目がますます白く、鋭くなるのを感じつつも承諾する。だって、断ったら逃げたって思われるじゃないか……。
というか、これまで決闘を挑んできた一年生はそれなりに厳しく叩きのめしたんだが、それでも決闘を挑んでくる生徒がいるあたり、ガッツがあるというか、なんというか。そんなに俺を倒して名前を売りたいのかな?
(ん? あれは……)
決闘が行われていたということもあり、周りには人垣ができていた。その中にコハクの姿を見つけた俺は笑顔で手を振ろうとするが、他の見物人に紛れるようにしてコハクの姿が見えなくなってしまう。
「お兄様ーっ! ガンバですわーっ!」
その代わりに、見物人達を掻き分けるようにして前に出てきたモモカが拳を突き上げるようにして応援してくれるが……もうちょっとこう、淑女らしい応援の仕方をしてくれるとお兄ちゃん、嬉しい。
ほら、モモカ? 君の周囲にいる同級生も驚いて……ないな。なんというか、モモカの行動に早くも慣れてしまったのかリアクションが薄い。騒ぐモモカを見て、『今日も元気がいいなぁ』ぐらいの軽さで微笑んでいるぞ。
(コハクもモモカが近くにいることに気付いて、騒ぐ姿が恥ずかしくなっちゃったのかな?)
双子の兄として、モモカの行動が恥ずかしかったのかもしれない。
そんなことを思いながら、俺は挑んできた一年生を一撃で殴り倒すのだった。
そんなこんなで、決闘騒ぎが連続している毎日だが、他にも新年度になって話題になっていることがある。
それは、ランドウ先生が臨時講師を務める授業に関してだ。
俺としてはある意味当然ではあるのだが、ランドウ先生ほど強く、著名な剣士は他に聞いたことがない。
『キッカの剣鬼』、『剣聖』などとあだ名され、東の大規模ダンジョンを訓練場代わりに利用するランドウ先生は王国東部では非常に有名人で、王国全土で見ても知っている人は知っているぐらいには有名だ。
それは当然、情報が多く集まる貴族階級ほど顕著であり、次に強者に関して敏感な騎士科、平民が多い技術科の順番で知っている者が減っていく。
それでも、知っていても知らなくても、直接対峙すればランドウ先生の強さは肌で感じ取れるわけで。ついでに、俺の剣の師匠がランドウ先生だと広まり、余計にランドウ先生に関して様々な噂や情報が飛び交うようになっていた。
それが入学式があった直後のことである。
そして今、入学式から三日ほど経ってランドウ先生の授業が行われた結果、どうなったか。ランドウ先生は一人で、生徒のクラスは複数あることから俺が所属しているクラスはまだ当たっていないが、他のクラスがどうなったか。ランドウ先生が何をしたか。
その答えが今、目の前にある。
「これからお前達の指導を行う、臨時講師のランドウ=スギイシだ。だが、俺はお行儀良く教えることなんざできん。手っ取り早く指導するから、まずは全員でかかってこい」
二年貴族科五十四人を前にして、この宣言である。とりあえず生ビールで、みたいなノリで全員まとめてかかってこいと宣言するランドウ先生だが、これを他のクラスでもやったのだ。
その結果、どうなったか? 実戦経験がある一部の生徒が奮闘したものの、全てのクラスで全生徒が気絶させられるという大惨事になった。男女問わず、後遺症が残らないよう優しく、丁寧に、漏れなく気絶させたらしい。
最初に上下関係を確立させるためなのか、剣の握り方や素振りの仕方といった初心者向けの教え方をすっ飛ばし、初っ端から実戦形式で教育を始めたのだ。
一応、気絶から目覚めたら一人ひとりどこが悪かったかを口頭で指摘し、次からはやらないよう戒めてくれるらしいが……。
「な、なあ、ミナト……あの人が何度か聞いたことがある、ミナトの師匠なんだろ? 今の発言って本気なのか? それともあの人なりの冗談?」
こそこそと透輝が尋ねてくる。うん、気持ちはわかるよ? 初めての授業で生徒全員まとめてかかってこい、なんて言う講師がいるとは思わないよな? でも目の前にいるんだよなぁ。
「冗談だと思うか? 俺の師匠だぞ?」
「これ以上ない説得力でぶん殴るのやめてくれるか? 納得するしかないじゃんか」
透輝が戦慄したように言うが、こんなのは挨拶代わりの軽いジャブみたいなものだ。他の生徒達も他のクラスでの惨状を知っているはずなのに、どこか楽観視している。これが正常性バイアスってやつだろうか? 俺達、漏れなく死地にいるんだけど。
「ミナト様、どうされますか? スギイシ殿の勇名は私も知っているので、是非挑みたいところではあるのですが……」
「モリオン殿、そんな悠長なことを言っていたら真っ先に殺されますよ? あの人が相手となると死に物狂いで挑むしかないです」
生徒の中では俺の次にランドウ先生と付き合いが長いナズナが真剣な口調で言う。大規模ダンジョンで修行した際、ずっと一緒だったからどんな性格かをよく理解しているのだ。
ナズナの発言は物騒かつ過激だが、相手がランドウ先生となると過剰とは言えない。学園の授業だから殺されることはないと思うが、腕の骨の一本や二本、平気で折られそうだ。
(ランドウ先生との模擬戦の一環と思えば……訓練だし、まずはうちのクラスの主力以外を突撃させて少しでもランドウ先生の体力を削って……いや、削れそうにねえな)
言い方は悪いが、捨て駒として先にクラスメート達に突撃させようと思ったものの、大して効果はないだろうと判断する。むしろ気絶したクラスメート達が邪魔になりそうだ。
「ミナト君、どうするのが最適なのかしら?」
「……よし。俺達がまずは前に出よう。他の面々は俺達が敗れたら挑んでくれ」
俺はほんの僅かにでも体力を消耗させてくれる可能性を信じるよりも、足場が悪くなることを危惧してクラスメート達にそう提案する。要は俺達が倒れた後なら好きに挑んでいいよ、ってことだ。まあ、俺達が負けた後、ランドウ先生に立ち向かえる生徒が残っているかはわからないが。
「透輝、モリオン、ナズナ、アレク……力を貸してくれ」
俺はこのクラスの中でも実力があり、実戦に長けた者の名前を呼び、助力を求める。気分はゲームの魔王に挑む勇者パーティだ。なんで学園の授業でこんなことになっているんだろうね?
「俺と透輝、ナズナが前に立つ! アレクは援護! モリオンは砲台役として遠慮なくぶっ放せ! いいな!?」
そう叫んで指示を出し、俺達はランドウ先生へと挑みかかるのだった。




