第243話:引継ぎ
冬の寒さも徐々に和らぎ、春の足音が聞こえ始めている二月の末。
俺は貼り出されている進級試験の結果を確認して、思わず大きな息を吐いていた。
(夜に眠れないから勉強もしていたが……それでもアイリスを超えられない、か)
今回の試験は貴族科で四位と、入学直後の試験以来の順位になった。
相変わらず一位はモリオン、二位は僅差でアレク、三位に少し離れてアイリス、四位の俺はアイリスに三点ほど届かなかった。
ちなみにだが透輝は以前よりも更に順位を上げ、とうとう三十位台に入ったらしい。『花コン』を基準として見ると良くない成績だが、現実で考えるととんでもない話だ。
召喚された異世界で、一年足らずでそこまでの成績を修めたということなのだから。
(そんな透輝と比べると、情けなくもある、か……)
この世界に生まれて長く生活し、なおかつ辺境伯家という恵まれた立場出身だというのに。眠れないから剣を振って勉強をして、それでもトップに立てないどころか三位にも入れないとは。
(悪役の限界といえばそうなんだろうけど……一応、今の俺は悪役じゃないと思うんだがなぁ)
主人公の友人にして剣の師匠という、ゲーム的に考えると恵まれた立場だ。あと、途中で主人公を庇って死にそうな感じもする。いやいや、できる限りは死にたくないけどね?
兎にも角にも、また四位という結果に終わったわけだ。そして当然ながら、この順位なら何の問題もなく進級できる。というか、貴族科の一年生は全員が進級だ。
一年生の中でも進級テストで赤点を取って留年する生徒はいないらしく、いるとすれば実家の稼業が傾いて学費が払えないから退学するとか、重い病気にかかって療養のために休学する生徒が数名いる程度だ。
たとえ学業が苦手だろうと、一年生の範疇なら落第になるほど難しい試験ではない。『花コン』の『落第エンド』に関しても、一年生の時は狙わないと達成できないぐらい簡単に回避可能だ。うっかりダンジョンを攻略し損ねて到達するぐらいの難易度だ。
さて、進級テストが終わり、三月を迎えると三年生は卒業となる。
三月の第一週に卒業式があり、第二週には来年度に向けて寮の掃除や下級生への引継ぎが行われる。
そこから新入生が入ってくる来年度までの間は一応授業があるものの、これまでと比べればだいぶ緩くて午前中だけで終了する日もあるような、半分休日に近い日々になる。
新入生の受け入れに伴い、教師や学園側も準備が必要だからそっちに時間が取られるってわけだ。
そのため完全な休日というわけではないが、修行をするには打ってつけな時期というわけである。
(卒業式とか来年度の準備とかがあるからダンジョンには行けないけどな……あと、一応生徒会員だし)
生徒会は生徒会長が一年生のアイリスで、副会長も二年生のカトレアのため、引継ぎらしい引継ぎはそこまで必要がない。
あるとすれば各委員会で委員長が三年生の場合、次の委員長を指名する必要がある、というぐらいか。そのため二月も末のこの時期になると、委員長からこれはという相手に話がいく――のだが。
「というわけで若様。来年度から決闘委員の委員長を務めてみませんか?」
三年生にして決闘委員会の委員長であるゲラルドが珍しく一年生の教室を訪ねてきたかと思うと、そんなことを提案されてしまった。
「おや? 俺は決闘を起こす側だから決闘委員は向いてないんじゃなかったか?」
何事かと思った俺がからかい混じりに言葉を返すと、ゲラルドは真面目な顔に苦笑を浮かべる。
「入学した当初のことを考えればその判断は間違いではないでしょう? ですが、それ以降は決闘騒ぎも起こしていませんし、何より、決闘委員会というのは腕っぷしが物を言います。その点、若様以上の生徒はいないでしょう」
「腕っぷしねぇ……武闘祭でも優勝したし、適任といえば適任なんだろうがな」
ふむ、と俺は納得の意思を示す。たしかに力のない調停者などただの置き物みたいなものだ。実戦経験がない者が決闘を行った結果、手加減も寸止めも出来ずに大惨事につながる、なんてことは容易に予測できることでもある。
その大惨事を事前に防ぐのが決闘委員の役目なわけだが、止める側には相応に技量が必要となるわけで。
「ちなみにだけど、決闘委員が決闘を挑まれたらどうするんだ?」
「そこは他の決闘委員に立会を頼むしかないですが……若様の場合、立会が務まる生徒がいませんね。ご自分できちんと寸止めしてくださいよ?」
最後に少し投げやりに答えるゲラルド。そりゃまあ、寸止めぐらいはきちんとするけどさ。
(うーん……自分が決闘をするのならともかく、止める側かぁ……修行になるかは微妙なところだな)
決闘の立会が務まるぐらい腕が立つと思われているのは光栄だが、学生の決闘の立会なんて最早ボランティアみたいなものだ。
俺がそんなことを考えていると、ゲラルドが呆れたような顔になる。
「若様……自分が決闘をするのなら訓練になるけど、立会だと訓練にはならないなぁ、みたいなことを考えてないですか?」
「ハハハ、まさかそんな」
笑って誤魔化すが、当家の未来の騎士団長殿は未来の主君のことをしっかりと把握しているらしい。初対面の堅苦しかった頃が嘘みたいだ。
「ま、別に構いませんがね……決闘を行う者の行動を常に見ていないといけませんし、周囲から横槍がないかも警戒しないといけません。若様が思うほど楽ではないですし、まったく身にならないかといえばそうではないですよ」
「ふむふむ……そういう風に言われると興味が湧くな。ちなみにだが、俺が断ったらどうするつもりなんだ?」
「二年の副委員長に任せます。安心して任せられるかというと、微妙なところなんですが……」
決闘委員会の副委員長は何度か立ち合いで見たことがあるが、ゲラルドと比べると実力の面で大きく劣る。それは年齢以上に、才能や技量、努力量や積んだ実戦経験の差が物をいうのだろう。
「なんなら若様が鍛えてくださってもいいんですよ? 同級生のテンカワでしたか……彼ほどの才能を持つ者はいないでしょうが、才能が乏しい人間に教えるのも一つの勉強では?」
「ほう……ずいぶんと俺の動かし方が上手になったじゃないか」
ゲラルドの言葉を聞いた俺は、思わず笑ってしまった。学園で再会してから度々思ったことだが、ずいぶんこなれたというか、初めて会った頃にはなかった柔軟性が垣間見えるのだ。
(こりゃあウィリアムの跡を継いで騎士団長になるとしても、心配はいらないか?)
実力の方は武闘祭の決勝で見ることができた。しかし騎士団長のように他者の上に立つ人間は腕っぷしだけでは務まらない。もちろん実力がないと言うことを聞かない者も出てくるだろうが、相手に合わせて実力ではなく言葉で説き伏せることも必要になるのだ。
(……別ルートの俺だと、ウィリアムだけでなくゲラルドも死んでいるんだよな。『魔王』を『封印』した後だと俺も消えてるし、辺境伯家を継ぐことになったであろうコハクはどれだけ大変だったのか……)
思わずそんなことを考えながら遠くを見るように目を細めてしまう。
出会った頃はいざ知らず、今現在のゲラルドの優秀さを知ると『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時に命を落とさずに済んで良かったな、という感想しか出てこない。
「若様との付き合いも、なんだかんだで長くなりましたからね。それで、若様さえ良ければこの後どうです? 来年度に向けて決闘委員会の集まりがあるんですよ」
「手回しの良いことだ。ここまで準備が整っているんじゃ仕方がない。とりあえず顔だけでも出してみるとしようか」
ゲラルドの提案に苦笑を返した俺は、決闘委員会に顔を出すべく椅子から立ち上がるのだった。
(ふむ……これは……)
学術棟の三階の一角に設けられた、決闘委員会の委員会室。
そこに足を運んだ俺は委員会室の中で規則正しく着席している面々を見回し、少しだけ困ったような声を内心で漏らす。それと同時に、ゲラルドがここに俺を連れてきた理由も理解した。
委員会に所属する生徒の数はゲラルドや副委員長を含めて十名。一学年あたり三人から四人といったところだが、ここから三年生が卒業するため残るのは一年生三人、二年生四人の合計七人となる。
決闘の頻度から考えると、人数的には問題ないのだが――。
(ゲラルドと副委員長はともかく、他の面子が……これだと来年度は厳しいな)
ゲラルドは学園全体で見ても屈指の実力を持ち、副委員長はそんなゲラルドから大きく劣るがそれでも実戦経験があって相応に腕が立つ。だが、他の決闘委員はなんとも微妙なところだった。
もっとも、副委員長を務める男子生徒も並の生徒同士の決闘なら立会が可能だが、たとえば俺が決闘をすると言えばその立会は難しいだろう。
変なタイミングで止めようとして、こちらも予期せぬタイミングでの制止でうっかり手元が狂うかもしれない。
「貴族科一年のミナト=ラレーテ=サンデュークだ」
俺がとりあえず名乗ると、委員会の生徒達は顔を見合わせてざわざわと騒ぎ始める。武闘祭で優勝したし、入学早々に何度も決闘騒ぎを起こしたし、顔はともかく名前は知れ渡っているのだろう。
(前もって俺に相談しておくのではなく、卒業間近に話を持ってくることで他に選択肢がないと突き付けたわけか……いやはや、なんとも頼もしくなったじゃないか)
俺はゲラルドをチラリと見て、そんなことを考える。俺の性格を見越した上での交渉なのだろう。交渉といっても俺が委員長の座を引き受ける必要はないといえばないのだが。
(授業中だろうと、決闘が起きれば立会が必要になる……つまり授業中に訓練ができるってことでもある、か)
ふむ、と自分にとっての利益も考える。
学生時代の決闘の立会人なんて名誉ぐらいしか報酬がないが、貴族にとってはその名誉こそが大きいわけで。派閥の拡大や維持管理にも役に立つ面がある。
(武闘祭を見た感じ、他に務まりそうな生徒はいない、か……仕方ない)
内心でため息を一つ吐き、ゲラルドに対するこの貸しは将来、騎士団共々こき使うことで返済してもらうとしよう、なんて思った。もっとも、『魔王』をどうにかできなければ貸し倒れになるわけだが。
「決闘委員会の現委員長であるゲラルド先輩から、次の委員長にと推薦を受けてここへ来た。だが、敢えて聞こう。委員長の席が空席になるわけだが、我こそは、という者はいるかね?」
そう言って委員達を見回してみれば、何故か全員目を逸らしたり、下を向いたりして視線を合わせてくれない。もしかして怖がられているんだろうか? 挙手したら俺が『ならその実力を見せてみろ』みたいな感じで襲ってくるとでも思ってる?
「……いない、か。それでは仕方がない。ゲラルド先輩、今回の話、受けるとしましょう」
俺が後輩として答えると、ゲラルドは苦笑しながら頷く。
「それでは君に委員長を託すとしよう……後輩の指導が行き届かず、申し訳なく思うがね?」
ゲラルドもゲラルドなりに、後輩を指導してきたのだろう。サンデューク辺境伯家における将来の騎士団長だと思えば、部下の教育は必須だからだ。その訓練も兼ねていたに違いない。
だが、結果は御覧の有様だ。ただまあ、透輝みたいに才能とやる気に溢れている生徒は滅多にいないし、他にできる人がいるのなら任せてしまいたくなるのもわかるぐらい、立会人というのは大変である。
そのため俺としても苦笑と共に引き受けるしかなかった――が。
「では、次の委員長として早速仕事をするとしよう。新入生が入ってくるまでの一ヶ月間、幸いにも授業が少ない。この期間で諸君らにはもっと強くなってもらう」
「……え?」
それまで目を逸らしていた生徒達が、一斉にこちらへと振り向いて呆然としたような声を漏らす。
だって、君達を鍛えないと俺が決闘をする時に立会人がいないじゃないか。最悪、透輝でも連れてきて立会をさせるけどさ。
あとはダンジョンに行っている間の立会を任せるためには、強くなってもらわないといけない。残っている友人の誰かに託すという選択肢もあるが……それでもやっぱり、決闘委員会の中から立会人を出すべきだろう。そう思った俺は、ニッコリと微笑みながら言う。
「安心したまえ。一ヶ月程度でも死ぬ気になれば多少は腕が磨けるというものだ。俺が保証する」
――だから、死ぬ気になって頑張ろう。
ゲラルドが頭を抱えるように額に手を当てるのを見ながら、俺はそう言って笑みを深めるのだった。




