第234話:眠れない夜
『平誕祭』の間に行った訓練は、特に目新しいことは何もなかった。
朝から晩まで剣を振ったり、模擬戦をしたり、休憩したり、前世でいうところの厳しい部活、それも合宿みたいな感じである。
透輝やモリオン、ナズナがよく顔を出したが、それ以外でも話を聞きつけたカトレアが模擬戦を挑みに来たり、アイリスやカリンが軽食や飲み物を持ってきてくれたり、スグリがポーションを持ってきてくれたり、ルチルが差し入れを持ってきてくれたり、アレクが様子を見にきて苦笑したりと、それなりに色々とあった。
だが、やっていることは素振りと模擬戦の二つである。
素振りに関してはせっかく時間があるのだからと基本に立ち返り、改めて一から、構えや足運びの段階から見直した。
模擬戦は一対一、一対二、一対三と一人で複数相手に戦うこともあれば、二対二のように複数同士で戦うこともある。カトレアが来た時は二対三で戦ってみたりもした。
もしもこれがゲームだったならば、ダンジョンでモンスターを倒してレベルアップするのとは異なり、身体能力を鍛えるための訓練だったといえるだろう。
だが、自分で言うのもなんだが、俺の身体能力はここ数年で鍛えられるだけ鍛えてきた。そこに本の『召喚器』による上乗せがあり、今以上を目指すのは中々に難しい。
それでも僅かでも良いから鍛えられるのなら、と訓練に没頭したわけだ。
その結果としては、長く続いた学園生活で鈍った部分の錆落としができたかな、という感じである。
普段から剣を振っているが、大規模ダンジョンで修行をしていた時と比べればどうしても鈍ってしまう。その鈍った部分を多少なり取り除けたのではないか、と思えた。
それに併せて動きから無駄を削り、最適化を進めていく。これは『平誕祭』の二週間程度では終わらないため、今後の課題になるだろう。
そんなわけで二週間に渡る訓練を行い、明日から――既に日付を跨いでいるため今日から再び学園で授業が始まることとなった。
そのため俺は日課として本の『召喚器』を発現し、ページが増えていないこと、既存のページが変化していないことを確認する。それが終わったらベッドに潜り込んで就寝だ。
『平誕祭』でなくとも普段から授業が終わった後に深夜まで剣を振っているため、眠ろうと思えばすぐに眠ることができる。どんな場所でもすぐに眠ることができるのは剣士としてというか、戦いに携わる者としての一つの技能みたいなものだ。
だが、ここ最近、どうにも眠りの訪れが遅い。
以前は目を閉じて呼吸を整えたら眠りの世界に旅立てたが、ここ最近は何十分とかけても一向に眠りが訪れないのだ。
もちろん、眠るといってもぐっすり熟睡するわけではない。何があっても即座に対応できるよう寝ながら起きているのだが、完全に目が覚めてしまっている。
(おかしいな……なんでこんなに寝付けないんだ?)
軽く寝返りを打ちつつ、疑問を覚える。普段から脳の半分は起きているような睡眠のとり方をしていたが、今はそれすらもできそうにない。
左向き、右向き、仰向けと体勢を変えてみても寝付けそうになかった。
それもこれも、頭の中や胸の中でグルグルと渦を巻くような感情がずっといるから――だろうか。
その感情に名前をつけるとしたら、不安である。
『平誕祭』が終わり、学園での日常が戻ってくるわけだが、一日が過ぎるごとに『魔王』の発生に一日近付くのだ。
新しい年になり、『魔王』の発生までまだ二年と少々あるが、もうそれだけの期間しかないともいえる。
本当に『魔王』が発生するのか。
『魔王』が発生したとして、どうにかできるのか。
どうにかできるとして、それは『消滅』か長期間の『封印』か、リリィが告げたように二十年から三十年程度の『封印』か。
そもそも本当に『封印』以上のことができるのか。
人類は、俺達は、俺は、『魔王』や『魔王の影』に勝てるのか。
勝てなければ本当に人類が滅ぶのか。
そんな、今現在に考えても仕方がないことが脳裏を過ぎってしまう。そしてそれらを考え出すと不安が湧き上がり、眠れなくなるという悪循環だ。
かといって何も考えずに眠ろうとしても、勝手に湧き出るようにして思い浮かんでしまう。
(むぅ……俺、ここまでメンタルが弱かったか?)
寝付けないため目を開けて天井を見上げる。
もう二年と少ししか時間がない――が、まだそれだけの期間があるとも言えるのだ。
それなのにこうして不安になってしまうのは、己の精神が弱いからか、あるいは人類が滅ぶという重圧がそれだけ重いのか。
これまでも、ことあるごとに胃が痛むようなことがあった。だが、そんなものとは比べ物にならないほどの重圧を、時折感じる。
(……駄目だ。眠れそうにねえ……)
目を瞑って横になるだけでもそれなりに休めるものだが、ここまで寝付けないとなると横になっておく気も失せてしまう。
そのため俺はベッドから起き上がり、服を着替えると剣を携えて寮から出た。
(こういう時はアレだな、無心になって剣を振ろう)
時刻は深夜というか、俗にいう丑三つ時だ。こんな時間に剣を振ろうと考える者などおらず、月明りを頼りにしながら俺は第一訓練場へと足を運ぶ。
そうして誰もいない、誰も通らない、だだっ広いグラウンドでひたすらに剣を振る。
鞘から『瞬伐悠剣』を抜き、無心になって、不安を少しでも振り払えるようにと。
「…………」
剣を振り上げて、真っすぐ振り下ろす。併せて足を前後に動かす。それだけの動作を機械のように繰り返す。
振り下ろす際の剣の音が、俺の心情を表すように大きくブレている。雑に振っているつもりはないため、あるいは錯覚かもしれないが。
擬音でたとえるなら、ヒュンと振りたいところをブォンと音が鳴っているように聞こえてしまう。なんとも下手な振り方だ。
「…………」
無言のままに剣を振るう。振り下ろしていただけの動作に横薙ぎを加え、動きを複雑化させていく。足捌きも振り下ろしと同様に、複雑になっていく。
「…………」
どうしようもない心情と不安を吐き出すように、どんどん加速していく。目に見えない敵を斬るように、縦横無尽に剣を振るう。
仮に相手に実体があれば今頃大量のサイコロにでもなっているだろう。そう思えるほどの速度で斬撃を繰り出していく。縦横斜めと斬っていけばサイコロよりも膾か。
「…………」
そうして剣を振り続けて何分か、あるいは何十分か。
気が付けば全身から汗が噴き出し、冬の深夜の冷え込みを感じさせないほどの熱を発していた。全身からは蒸気機関のように湯気が立ち昇っているが、それに構わず剣を振り続ける。
止まらないし、止めるつもりもない。たった一人で剣舞のように動き続ける。意味もなく、ただ無心になるために剣を振る。
それでも、脳裏には様々なことが思い浮かんでいた。
主人公のこと。
『花コン』のメインキャラ達のこと。
これまでのこと。
これからのこと。
頭を掻きむしりたくなるほどの不安が襲い掛かってくる。それはまるで津波のようで、到底抗うことができそうにない。
それでも必死に体を動かして、剣を振って、不安を斬ろうと躍起になっている。
なんとも馬鹿な話だ、と自嘲する。こんなことをして何になるのか。過剰に剣を振っても意味はない。しっかりと休んでこそだ。透輝にも語ったことを自らが破っている。笑い話にもならない。
昔よりも強くなった。それは確実だ。昔の俺と戦えば今の俺の方が強いと断言できる。
リリィから聞いた話から考えると、別ルートの俺よりも今の俺の方が強いだろう。だからもっとより良いルートに手を伸ばせるはず、なんだが。
――『魔王の影』に負けたのに?
リリィが助けてくれなければバリスシアに殺されていたという事実が、俺の心に不安という重しを乗せてくる。別ルートの俺より強くとも、定まった未来を変えることはできないのではないか、なんて思ってしまう。
二十年から三十年程度『魔王』を『封印』する。
俺にできるのはその程度が限界なのかもしれない。メリアと『契約』して存在を削り切って、世界から忘れられたとしても、その程度しか届かない。
死なずに『魔王』との戦いを乗り切れただけでも僥倖だろう。そこに二十年から三十年程度 とはいえ『魔王』の『封印』という成果まで加わったのに、それ以上を望むのは欲張りが過ぎるのではないか。
凡才の身でよく頑張った。よくぞそこまで持って行った。そう自分を褒めて諦めてしまってもいいんじゃないか。
「…………」
思い浮かぶ不安を、斬り払うように剣を振る。押し寄せる怯えを、斬って捨てる。
それでも不安で、不安で、不安で。
ふと、真夜中で静かなのが悪いんだな、なんて馬鹿なことを考えてみたりして。
学校が始まれば、喧騒の中に沈めば、この不安も少しは紛れるだろうか、なんてことを思ってみたりして。
「…………」
不安の全てを切り裂くように、大きく踏み込む。汗だらけの手から剣がすっぽ抜けないよう、必死に握り込む。
スギイシ流奥義――『閃刃』。
何を斬るでもなく、空中に刃を奔らせた。音を置き去りにして、目に見えない何かを断つように剣を振り抜く。
「ふぅ…………」
そこでようやく俺は動きを止めた。するとボタボタと汗が零れ落ち、地面を濡らしていく。
一体どれだけの時間、剣を振り続けたのか。右手が震えて剣が零れ落ちそうになったため鞘に納めようとするが、腰元に鞘がない。視線を巡らせてみれば、いつの間に放り出したのか離れた場所に鞘が落ちていた。
「ああ……まったく、何を……やってるんだろうな……」
ため息を吐くようにして鞘を拾い、剣を納める。そして体をほぐすように軽く動かしてから寮へと足を向けた。
ここまで体を動かせば眠れるだろう。だが、さすがに寝る前にもう一度シャワーを浴びなくては。
そんなことを考えながら自室へと戻り、シャワーを浴びてから体を投げ出すようにしてベッドに入る。
「…………」
結局、ベッドに入っても僅かとはいえ寝付いたのは明け方頃で。
――この日から、俺は安眠ができなくなった。




