第221話:娘 その6
リリィが盛大に泣いてしまったため、過去の世界にどうやってきたかなどを聞くことができていない。かといって泣く娘を急かして聞くのもなぁ、なんて思ってしまい、俺はリリィが泣き止むまでひたすらその背中を優しく叩いていた。
「ご、ごめんなさい……服がびちゃびちゃになっちゃった……」
「なあに、構わんさ。服は着替えればいいだけだ」
ようやく泣き止んだリリィが恥ずかしそうに言うが、俺としては泣き止んでくれたのならそれで良い。机に置いてあった水差しでコップに水を注いで渡すと、リリィは美味しそうに飲み始める。
「ふぅ……それで、どこまで話したっけ?」
「俺が死んだ理由もある程度はわかったし、聞いておきたいのはリリィがどうして、どうやって今の時代に来たかだ。まあ、俺がバリスシアに殺されて透輝が『宝玉』を使うのを阻止するため、俺を強くするため、なんて目的なら片方はもう達成できたわけだが……」
透輝もまさか俺が死んでそれを蘇生した結果、世界が滅ぶことになるとは思うまいよ。やばい、『魔王』が『封印』しかできなかった原因が自分にあるって思ったら胃が痛くなってきた……ゲーム的に言えば別のルートの俺の話なんだけどさ。
(でも、リリィが助けに来てくれなかったら同じルートに入っていたんだよな……怖っ……)
リリィの狙い通り、おそらくは別ルートの自分と比べても強くなっているはずだ。それでもあの状況から生還できる見込みはなかった。たとえ逃げ出したとしてもモンスターによって殺されたか、背後からバリスシアに魔法で撃たれて死んでいただろう。
そんなことを話す俺に対し、リリィは泣き続けたせいで真っ赤に充血した目をジト目にして俺を見てくる。
「お父さん? 実の父親が力尽きて死んでいるところを見た娘の気持ちがわかる? ねえ、わかる?」
「ごめんなさい、わかりません」
「そうだよね? それを回避できるかもしれない、なんて思ったら行動するよね?」
「はい、行動します」
年頃の娘に詰められて思わず縮こまる俺。まあ、多少寸劇めいたやり取りになるのはリリィも意識してのことだろう。
そんな俺の反応に満足したのか、リリィは床に置いていた古びたリュックサックを取り出す。
「冗談はさておき……わたしね、五歳の頃に『召喚器』が『召喚』できて、七歳の頃には『活性』まで至ったの。で、お父さんを探して旅をしている間に『掌握』までできてね」
「え? やだ、うちの娘天才……」
「もうっ! 今は冗談はいいのっ!」
思わず本音九割冗談一割で呟くと、リリィが照れ臭そうに怒ってしまう。いやだって、メリアから魔法を習って、俺から剣を――スギイシ流を習って、なおかつ『召喚器』の扱いも達者? すごい、うちの娘は天才じゃないか。
「それでね? わたしの『相埋模個』を色々と試している内に能力も大体把握できたんだけど、すっごく融通が利く能力でね? 形のあるなしにかかわらず、曖昧にすることができるの。前に言ったけど、ダンジョンの規模を曖昧にして火竜を呼び出したりね?」
「ふむふむ……逆にいうと、曖昧にできないものには効果がないってことか? たとえば……そうだな、ボスモンスターが既に決まっているダンジョンで、ボスモンスターの存在を曖昧にして別のモンスターに変えるとか……」
「うん、それは無理かな。まだ生まれていないダンジョンの誕生に偶然立ち会って、ボスモンスターが生まれる前に能力を使えれば特定のモンスターをボスにすることができるかもしれないけど……火竜を呼び出したのもね、火竜以外のモンスターが出現する確率を曖昧にして無理矢理出現させたの。だから疲れちゃった」
「……なんであの時火竜を呼び出したんだ?」
能力の説明が気になったが、他にも気になったためそちらを尋ねる。するとリリィは不思議そうな顔をした。
「え? だってお父さん、強くなりたかったんでしょ? それならまだ倒したことがないモンスターと戦いたいかなって……あとはわたしが知るお父さんなら十二歳で火竜を倒していたわけだし……」
「そう、か……」
少し、リリィの発言に歪なものを感じる。俺がリリィの知る父親ではないと理解しているものの、父親であること、父親と同じことを求めているというか。
「話を戻すね? それでね、わたしの『召喚器』と……」
そう言いつつ、リリィがリュックサックに手を突っ込む。そして何かを取り出し――。
「それは……なんで……」
リリィが取り出したのは、一冊の本だった。全体が黒色で、あちらこちらに金色の模様が施された派手な装丁。なんとも見覚えがある……いや、ありすぎる、俺の本の『召喚器』そっくりだった。
「……いや、ああ、そうか。俺が死んだからか」
『召喚器』は当人の魂の具現と考えられており、発現した状態で死ぬとその場に残ることがある。それこそランドウ先生が探し求めるオウカ姫の『召喚器』もその類で、俺が使っている『瞬伐悠剣』も元々は他人の『召喚器』だ。
形見のつもりだったのか、可能性は低いが俺が死んだ時に勝手に出てきたのか。兎にも角にも俺の死体と共に残り、リリィが回収したのだろう。
「うん……この子もお父さんと一緒だったよ。あとはわたしが使っている剣と、リュックも……それでね、この子の力を借りて過去に来たの」
「……え? この『召喚器』にそんな力があるのか?」
俺は思わず『召喚器』をまじまじと見つめてしまう。そして自分の本の『召喚器』を発現してみるが……うん、やっぱり外見はそっくりだ。
「えーっと、この子自体に過去に戻る力はないの。でも、この子には未来を描く力がある……だからその能力をわたしの『召喚器』で曖昧にして過去を描いてもらって、あとはわたし自身の存在を曖昧にして移動したんだ」
「…………」
リリィの説明に対し、俺は思わず真顔になってしまった。え? なんて? どういうこと?
「簡単に説明すると、わたしの存在を曖昧にして、わたしに干渉する時間とかその他色々なものを取っ払って、過去に移動した……そんな感じ? そのためのアンカーになったのがこの子なんだけど、二十年ぐらいしか遡れなくて。お父さんが軍役で王都に来た直後にわたしがこっちに来たのもそれが理由だよ?」
「…………」
ずいぶんと便利な能力の『召喚器』だと思ったけど、想像以上にやばいというか……能力の範囲が広すぎる。絶対に最上級の『召喚器』だわ。
「自分の存在を曖昧にするって……そんなことまでできるんだな?」
「うん。わかりやすい使い方で言うと、お父さんがわたしを斬ったけど刃が通らなかったことがあったでしょ? あの時もわたしという存在を曖昧にしたの。いくらお父さんでも存在しないものは斬れないでしょ? ただ、さすがに服は斬れちゃったけど……」
「あー……なるほどな……」
どこにでもいるけどどこにもいない、みたいな? なんか前世でそういう理論みたいなのを聞いた覚えがあるような、ないような……自他問わず色々と曖昧にできると考えると本当に強力な能力だ。
(姿を消したりもしてたしな……弱点というか、魔法みたいに範囲攻撃できるタイプの『召喚器』ではない、と)
強力は強力だが、直接的な攻撃には使えないタイプの『召喚器』になるだろう。使い方によっては時間遡行……時間旅行? すら可能になる『召喚器』が存在するとは思わなかったが。
(あ、でもアイリスの『鏡天導地』みたいに別世界の人間を召喚する『召喚器』があるんだし、単独の時間遡行ならまだあり得る……か?)
時間遡行が本質ではなく、曖昧にするという能力こそが本体なわけだが。別世界の人間を召喚するという前例がある以上、時間遡行も不可能ではないと思えた。それこそ時間という概念を曖昧にした可能性もある。
「ちなみに、俺の『召喚器』が未来を描くっていうのは?」
ついでに気になった点に関して尋ねる。俺の『召喚器』は相変わらず使用方法もわからないため、情報は少しでも欲しいのだ。
「え? お父さんがそう言ってたけど……この本のページに描かれている絵がね、表示されるタイミングがおかしいとかなんとか。『想書』と関連してどうこうって……」
自信がなさそうに話すリリィ。それでも別の俺が気付けたことなら俺でも気付けるはずだ。
(というか『想書』と関連している? 俺の『召喚器』には『花コン』のメインキャラに何かしらの影響を与えたら絵が表示されると思った……ん、だが……『想書』……あっ、あー……なるほど! そういうことか!?)
思わず心中で声を上げる俺。一体何がどうなっているのかと疑問に思っていたが、おそらくは『花コン』のメインキャラが『想書』に記入した内容を元に、俺の『召喚器』にページが表示されているのだろう。
『想書』にはその日あったことを記入するが、その中から俺に対する記述を選別しているのではないか。
(ん? 待てよ? そうなると未来を描いているっていうのは? んー……内容……書くタイミング……んっ、あっ、そうか。って、なんで気付かなかったんだ! 『想書』が関係するのなら、俺がやったことに対して全員の情報が同時に表示されたらおかしいじゃないか!)
たとえば、俺が初陣を乗り越えた直後に大量にページが増えたことがある。その時は何事かと思ったが、俺の初陣に関する情報が『花コン』のメインキャラに伝わるまで本来なら大きなタイムラグがあるはずなのだ。
この世界には前世のように情報がすぐに伝わるような仕組みはない。インターネットにアクセスしたらすぐに情報を取得できる、なんてことはないのだ。人伝に情報が伝わるか、手紙などで知るか、とにかく時間がかかる。
一緒にいたランドウ先生が初陣に関する情報を知っているのは当然として、王都に住んでいるアイリス達やそれよりも遠い領地に住んでいるカリンやカトレアなど、俺の初陣に関する情報が届くまで何十日、下手すれば百日以上かかるはずだというのに、他の者達と一緒にページが表示された。
つまり、あの時点で俺の『召喚器』は各人が何を書くかわかっていた――未来を描いていたってわけだ。
(そういうわけか。ただ、表示された順番がおかしいのは……『想書』に書いた順番、か? 子どもの頃だし、情報を得るのは親や周囲……そこから情報が伝わって、『想書』に書いたか? そうなると、何かある度にランドウ先生がいつも最後付近に表示されるのは……あの人、『想書』なんて滅多に書かないだろうしなぁ)
頭の中で切れていた紐同士がくっ付いたような爽快感が沸き起こる。長年謎だった自分の『召喚器』に対して、少しでも理解が進んだ瞬間だった――が。
(……あれ? それがわかったからってどうすればいいんだ?)
本の『召喚器』について理解が進んだことは良しとしよう。だが、肝心の使い方やどんな能力があるかに関しては全然わからないままだ。
「リリィ? 未来の俺は自分の『召喚器』がどんな能力も持っているかわかってるんだよな? ヒントでも良いから教えてくれないか? コイツ、全然教えてくれないんだ」
本物の『魔王の影』がどれほどの難敵か、死にかけてよく理解した。あれほどの存在に勝つには剣の腕を磨くだけでは足りないだろう。それこそ、『召喚器』による後押しが必要だ。
そう思ったからこそリリィに尋ねたが、リリィは目を逸らしてしまう。
「えーっと……その、ね? お、お父さんの知り合いを本に描く……能力?」
気まずそうにそう答えるリリィだが、それって何もわかってないってことだよね?
俺は自分の『召喚器』を見下ろし、思わず頭を抱えてしまう。
(嘘だろお前……未来でも使い方がわからないのかよ……)
リリィから様々な情報を聞けたが、こればかりは頭が痛い。リリィが生まれてある程度大きくなるまで、現状から十年以上あるだろう。それだというのに未だに使い方がわからないとは……。
(は、発想を転換しよう……今のままじゃあどうやっても使い方が身につかない、思いつかないってことは、今までの俺にはない、何か別の要素が必要になる……はず……いや、思いつかねえよ……)
身体能力を強化してくれるだけでも十分な恩恵があるといえばそうなのだが、他に能力があるかわからない、名前もわからないでは困る。自分の『召喚器』に頼らず、別の要素を使って『魔王の影』が相手でも勝てるように強くならなければならないのだろうか。
そう考えた俺は、先行きの不安さ、不透明さに軽くめまいを起こしそうになる。それでも気合いで踏み止まると、リリィを椅子に座らせながらポツリと呟く。
「しかし、今更だけど色々と聞いちゃって大丈夫かな……」
本当に、今更だが。
情報を求めて色々と聞いてしまったが、これで良かったのだろうか。別ルートの話だから今のルートにはそこまで関係ないかもしれないけど、少なくともメリアに対して今後どんな風に接していけばいいか、かなり悩むんだけど。
「大丈夫って?」
「あー……俺が知っている話だと、未来の情報を知ると上手くいく場合と駄目な場合があるんだ。リリィから聞いた話はあくまで参考に留める程度にしておくけど……娘の前で言うのも困る話なんだが、俺が誰と結婚するとか」
「え?」
俺の言葉を遮るようにして、リリィが不思議そうな声を上げる。そして俺をじっと見つめて、これまた不思議そうにいった。
「お父さんがお母さん以外を選ぶなんてこと――ないでしょ?」
「…………」
それは、純粋な子どもだからこその疑問……なのだろうか。それ以外ありえない、いや、それしか知らないと言わんばかりの表情である。
(これは……孤児院に預けようとするまでは俺とメリアが育てて、突き放した後は俺を探して旅をしていたんだよな? ということは、人間社会とか人と人の間に起きる機微とか、そういうのに疎いのか?)
子どもらしいというか、ある意味で機械的というか。俺はどう答えたものかと迷い――ふと、部屋の外に気配を感じ取る。
続いて聞こえてきたのは、戸惑いがちなノックの音だ。俺は生活サイクルが他の生徒とかなり違うため使用人役の生徒を雇っておらず、自分で応対する必要があるのだが。
(もうじき日付が変わる時間だぞ? 誰だ?)
リリィと長い間喋っていたため、時間的にはかなり遅い。そんな状況にもかかわらず俺の部屋を訪れる者がいるとすれば、それは。
(これでドアを開けたらバリスシアが立っていたりしてな……他の『魔王の影』って可能性もあるが)
俺の居場所は調べればすぐにわかるだろうし、バリスシアがとどめをさしに来た可能性が脳裏を過ぎる。ただ、学園はオレア教のお膝元だ。すぐ近くにオリヴィアやメリアがいるため、『魔王の影』といえどそう簡単には侵入してこないだろう。
どうしたものかと迷っていると、リリィがいそいそとベッドの下に潜り込んで姿を隠す。出ても構わないってことだろう。
とりあえず俺は『瞬伐悠剣』に手をかけつつ、ドアへと近付く。そしてドアスコープを覗き込み、相手を確認してからドアを開けた。
「あっ……若様……」
そこには、俺の顔を見て安堵したように息を吐くナズナの姿があったのだった。




