第220話:娘 その5
前提条件が違うため参考になるかはわからないが、それでも未来を知るというのは一種の禁忌だろう。
だが、俺としてはここまできたからには聞いておきたい。というかリリィがこの時代にきたことを思えば聞くしかない。
「繰り返しになるけど、わたしもお父さんとお母さんから聞いた話だからね? えーっと……たしか、『魔王』が発生したのはお父さんが三年生の時……二月十五日で、南の大規模ダンジョンで発生したの。それで、王都を目指して『魔王』とモンスターの大群が攻めてきたって」
「南の大規模ダンジョンか……」
『花コン』だとその辺りはプレイヤーが誘導しない限り東西南北の大規模ダンジョンのどれかからランダムで決まるし、おかしな点はない、か。
ただ、『魔王』の発生時期が予想よりも一ヶ月以上前倒しになっている。多分だが『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時にボスモンスターが火竜だったかデュラハンだったかの違いだろう。被害が桁違いだしな。
「お父さんとお母さん、ランドウ先生と透輝さんの四人を『魔王』の元へ送り届けるために王国騎士団をぶつけて、敵陣を中央突破。その後は『魔王』や『魔王の影』を相手にして戦ったけど、『魔王の影』二体を倒して、『魔王』にダメージを与えて『封印』するので限界だったって言ってた」
透輝にランドウ先生にメリアという、俺が『魔王』対策に有効だと思っていたメンバーでまとまり、実際に『魔王』を『封印』するところまではいけたのか……俺の予想は間違ってなかったわけだ。
「ただ、お父さんとお母さん……特にお母さんが無茶したんだって。小さい時に聞いたからわたしもよくわからなかったんだけど、力を使い過ぎたのが原因だって言ってた。なんのことかわかる?」
「力を使い過ぎた……魔力……じゃないな。そういうことか……」
メリアが本気で戦う際、『召喚器』を使って図書館に収められている『想書』から正の感情を引き出すことができる。おそらくはそのことを言っているのだろう。
「それが原因でお父さんとお母さんも周囲から認識されなくなったって……この世に存在する力? 魂? を削り過ぎたって言ってたけど……」
そう語るリリィだが、メリアが使う『召喚器』――その名も『献魂逸擲』という。
『献魂逸擲』はメリアの存在を引き換えとして発動する『召喚器』で、そこに王立図書館に蓄えられた大量の『想書』が生み出す正の感情を接続。光属性の最上級魔法を超える、主人公でさえ出し得ない威力の大規模破壊兵器と化す。
それがあるからこそ、オレア教の最終兵器なんて呼ばれているわけだ。メリアが学園からあまり離れられないのも、『召喚器』と接続する『想書』……つまり外付けの燃料タンクが図書館にあるからだ。『献魂逸擲』自体は燃料タンクを爆発させるための起爆剤である。
そして、『花コン』の一部のルートだとそんなメリアの力を『契約』したことで主人公が揮えるようになる。そこで力を使い過ぎた結果、特殊ノーマルエンドや特殊バッドエンドに行きつくわけだ。
主人公の『召喚器』に嵌っている『宝玉』が全て無事で、全力全開で『召喚器』が使える状態ならメリアの力を使い過ぎることもない。だからこそ主人公の『宝玉』は大事なのだ。
(そして『宝玉』の消耗を防ぐためにリリィは過去から今の時代に来て俺を助けた、と……ただ、リリィが生まれてそう考えるに至るまでが謎なんだよな)
俺とメリアの存在が消えた……それは良い。いや、良くはないんだが、百歩譲って良いとしよう。俺とメリアはお互いしかいないわけで、時間が経てば経つほど仲が深まるというのも理解できる。その結果リリィが生まれるようなことになったのも、まあ、わかる。
「『魔王』を『封印』して、その後はメリアと一緒に過ごしてリリィが生まれたわけだ。それで? そこからはどうなったんだ?」
俺がそう尋ねると、リリィは表情を暗いものへと変えた。
「お父さんの……サンデューク辺境伯家の領地にある、人がなるべく来ない山の奥に家を作ってね? 三人で暮らしてたの。でも、わたしが七歳の時、お母さんが体調を崩して……お父さんに少しでも悪い影響が出ないよう、お母さん、『召喚器』を使う時に自分の魂を多く削ってたって……」
「……それで?」
「うん……お母さん、そのあと死んじゃったんだ。それでわたしとお父さんだけになったの。そしたらお父さん、それまで以上に厳しくわたしに剣を教えるようになって……あっ、小さい時からね? お母さんから魔法を、お父さんから剣術を教わってたんだよ?」
子どもらしいというか、話題が飛ぶなぁ。でもメリアが死んだと話した時の悲しげな顔を見ると、俺としては何とも言えない。そのためおいで、と両手を広げると、表情を輝かせて膝に座ってくる。
「んふふ……懐かしいなぁ……お父さん、よくこうして膝の上に座らせてくれたっけ……うん……なつ、かし……あ、はは……懐かしい、よぉ……」
いかん、慰めるつもりが逆に泣かせてしまった。やばい、どうやって泣き止ませればいいんだ? と、とりあえず後ろから抱き締めてみるか。
「…………ああ……温かい」
すると、心底安心したようにリリィが呟く。どうやら正解だったようだ。
――なんて、思った矢先だった。
「……お父さん……ねえ……なんで、なんでわたしを置いていったの?」
そんな、今の俺には答えようのない質問が飛んできた。そのため俺が困惑していると、抱き締めた俺の腕をリリィが掴む。離したくないといわんばかりに、手を震えさせて。
「ごめんね? 今のお父さんに言ってもわからないよね? お母さんが死んじゃって、お父さんが厳しく剣を教えるようになって。そこから三年ぐらい経った時だったかな? お父さんの生まれ故郷に連れていかれたの」
「ラレーテの町に?」
「うん……それでね、オレア教の孤児院に連れていって、お別れだって……今日からここで過ごしなさいって……わたしを、置いていって……」
そう言って、俺の腕を強く握りしめるリリィ。その強さは俺の腕の骨が軋むほどだったが、俺はそれに耐えながら疑問符を浮かべる。
「待ってくれ……そんなことを言うってことはリリィ、君はその時周囲から認識されていたのか?」
俺とメリアが周囲から認識されなくなったとは聞いたが、リリィ自身がそうだとは聞かなかった。両親の存在が認識されずとも、娘に影響はなかったのだろうか。もしもそうなら、未来の俺が何故そうしたのかも推測はできる。
誰にも認識されない自分と、周囲に認識される娘。傍から見ればリリィが一人で、山の奥で生活しているように見えたことだろう。
そんな状況に娘を置いていたとしたら、未来の俺が何を思うか。
(人間の世界に送り出すな、きっと……)
自分の手元から離し、普通の世界に送り出すだろう。そうでなければ、自分を唯一認識できる娘をずっと傍に置いておきたい、なんて思い始めるはずだ。いや、その頃にはもう、思っていたのかもしれない。
それでも父親として、リリィが強く生きていけるよう剣術を鍛え、最後にはその手を離した。そうすることが娘のためになると信じて。
(なるほど……そうなると、俺の最期は……)
きっと、誰にも看取られずに死んだのだろう。その死因まではわからないが、多分、そうだ。
「うん……それでね、お父さんがわたしを気絶させて孤児院に置いていったあと、わたし、すぐに旅に出たの。お父さんを探す旅に」
「……そいつはまた、なんというか」
ずいぶんとアグレッシブなお子様だ。一体誰に似たんだ? え? 俺か?
「お母さんからも学園での生活について聞いてたし、もしかしたらかつての知り合いのところに行くかも……なんて思って、あちこちを旅したの」
「七歳から三年修行して……十歳の君が?」
「うん。わたし、魔法も使えたし、剣だってお父さんから習ったもの。だから大丈夫だったよ?」
十歳の女の子が一人で旅って……未来の俺はリリィがそこまで行動的な子どもだとは思わなかったのか? それともとにかく離れることを優先したのか?
「その旅の途中でカリン……さんにも会ったし、他の人達にも会ったの。でも、誰もお父さんやお母さんのことを覚えてなかったわ。アレクさんみたいに推測して勘付いている人はいたけど……あ、あとはランドウ先生ね」
「ランドウ先生が?」
「うんっ! 『キッカの剣鬼』がいるって聞いて、探し出して斬りかかったの! そうしたら『その剣は誰から習った? 透輝じゃない、いたはずのもう一人の弟子か?』って!」
「さっきも聞いたけど、なんで斬りかかったの?」
下手したら反撃で死んでるぞ? いやまあ、ランドウ先生なら子どもが斬りかかってきても片手間で対処するだろうけどさ。
「……いや、なんでランドウ先生は透輝以外に弟子がいるって気付いたんだ?」
「なんかね? 自分の剣と向き合ってみたら何かが足りない、自力ではここまで辿り着けていないはずだって言ってたよ? それで透輝さん以外に弟子がいたんじゃないかって」
「そっか……ランドウ先生……」
俺の存在が消えたとしても、そこに至る何かに気付いてくれたってわけだ。それが妙に嬉しかった。
「でも、ね……」
だが、そこでリリィの声色が急激に暗くなる。俺の腕を掴む力も、再び強くなる。
「ランドウ先生にも剣を教わって、色々話を聞いて、また旅に出たの。そしたらね? あちこちのダンジョンが不自然に破壊されていることに気付いて……もしかしたらお父さんじゃないか、って。それで破壊されたダンジョンを辿って、わたしが生まれ育った家の近くまできたから、お母さんのお墓を掃除しようと思って……」
ぎゅ、と俺の腕を強く握るリリィ。同時に、その手が大きく震えているのが伝わってくる。
「お墓の傍に、お父さんがいたの……ボロボロで……ポーションもあったのに、使いもせずに……死んでたの……ねえ、なんで? お父さん、なんで死んじゃったの?」
「…………」
問いかけてくるリリィに対し、俺は答えることができない。
まあ、推測するだけなら可能だ。自分と同じ境遇のメリアが死に、自分を唯一認識できる娘からも離れ、誰にも認識されない状態でおそらくはダンジョンを潰して回る……モンスターを間引いたり、負の感情を少しでも減らそうとしたのだろう。
それでも、孤独というのは心を蝕む。徐々に摩耗し、心が限界を迎え、諦めてしまったのではないだろうか。楽になりたいと……そう、願ってしまったのではないだろうか。
答えない代わりに、ぎゅっとリリィを抱き締める。何の慰めにもならないが、少しは意味があればと思って。何故なら、ここにいる俺はリリィの父親じゃない。その可能性があるとしても、リリィの本当の父親は一人だけだ。
言い方は悪いが、俺では代替品になってやることぐらいしかできない。もちろん、リリィが過去に来てまで俺を助けようとしてくれていること自体は嬉しいが……それでもまだ、俺は彼女の父親ではないのだ。
「ごめんっ……ごめん、なさい……こ、んなこと、言われても……困る……よね? お父さんにとって、未来の……話だもん……ごめん、ごめんなさい……」
まさにその通り――なのだが、泣かれると弱い。それも自分の娘と思しき子に泣かれるのは、特に。
俺は膝の上に座っていたリリィを抱き上げながら立ち上がり、向きを変えて正面から抱き締める。そしてその小さい背中を優しく、何度も叩いた。
「リリィは甘えん坊で泣き虫さんだなぁ……俺に一つ言えることがあるとすれば、リリィのお父さんは、君のことを大切に、強く思っていたってことぐらいだよ。そうじゃなきゃ、君から手を離すなんてことは絶対にしなかった」
それは断言できる。自分を認識できる唯一の存在から手を離すなど、簡単にできることではない。それも親子として慕い、慕われている相手ならなおさらだ。
だからこそ手を離したのだと、俺は思う。
「君の気持ちをないがしろにした判断かもしれない。でもな? まあ、やっぱりさ。自分のことはいいから、娘には幸せになってほしいと思うんだよ。だって可愛い娘だもんな。自分のことより優先するさ」
「っ……でも、でもっ! わたしは! ずっと、一緒にいてほしかったっ!」
「うん……そうだよな、ごめんなぁ」
俺がそう言うと、リリィは俺に強く抱き着いたままで泣き出してしまう。
結局、俺にできたのはリリィが泣き止むまで背中を優しく叩き続けることだけだった。




