表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/137

89 先帝が愛した華

「そなたはさと姑娘むすめだ。だが、口はわざわいの門という。語りすぎぬことだ」


 あからさまな警告だったが、紫蓮シレンは微笑を絶やさない。


「ご懸念には及びません。死は盟友めいゆうです」


「若いな。死よりひどいものを知らぬとは」


 如珂ジョカは唇を弧にする。


まことに母親そっくりな姑娘むすめなこと……」


 母親、か。錠をかけていた箱から、積年の想いがあふれだしそうになって、紫蓮シレンが想わず微笑を凍てつかせた。

 ハク 如珂ジョカは先帝の寵愛を一身にけていた妃だ。紫蓮の母親がどれだけ愛しても、こがれても、先帝は一度たりとも母親のもとに渡ることはなかったというのに。

 母親の哀しい嫉妬が、紫蓮シレンの胸を借りて寒々しい嵐を吹かせる。


わらわは妬ましくてならなかった」


 如珂ジョカの唇からこぼれた言葉に紫蓮は耳を疑った。


卑賎ひせんの身でありながら、ただひとり、先帝陛下に愛されていた彼女のことが」


「違います、先帝陛下のご寵愛は」


わらわか」


 如珂はため息でもつくかのように笑った。だがすぐに真剣な眼差しになる。


「そなた、如何なるものであろうと、等しく葬るといったな」


「左様ですが」


「それが親のかたきでもか」


 紫蓮シレンは呼吸をつまらせる。


「なにを仰っているのか、私には理解がおよびませんが」


「ならば、よい」


 如珂ジョカは茶杯の底を乾かして、水亭を後にする。

 いったい、どういうつもりなのか、最後まで如珂がなにを考えているのかはわからなかった。


 老宰相が慌てて如珂についていこうとする。だが、なにをおもったのか、頭を低くして紫蓮のもとに近寄ってきた。


スイ 紫蓮シレン――いえ、紫蓮シレン皇姫こうきというべきでしょうか」


 産まれついてから一度たりとも姫と呼ばれたことがなかった紫蓮は戸惑い、眉根を寄せた。


「御立派になられましたな。このトウ 圭褐ケイカツ、大変嬉しゅうございます」


「どこかで御会いしたことがありましたか」


「いえ、御目に掛かるのは御初になります。ですが、先帝陛下がいつもあなたさまの御成長を気に掛けておられました」


 先帝という言葉に紫蓮の唇が微かにひきつる。そんなはずはない。先帝が廃姫はいきである紫蓮のことを気に掛けていたはずが。


「私は先帝陛下の腹心として御側につかえておりましたが、あなたさまの話を聴かぬ日はございませんでした。冬には笄年けいねんをお迎えになられるとのこと、先帝陛下がおられたら、さぞやお喜びになられたことでしょう」


 トウ 圭褐ケイカツは袖で涙を拭った。

 絶句している紫蓮をおいて、圭褐ケイカツは「お待ちくだされ」と如珂の後を追いかけていく。


 紫蓮は先帝――父親には、命あるうちに逢ったことがない。

 酷い熱をだして倒れても逢いにこない男を、愛し続ける母親のかわりに紫蓮は父親を怨んできた。だが、ほんとうは父親のことはなにひとつ、知らないのだ。

 逢ったばかりのとき、コウから聴いたことを想いだす。


 先帝が、あなたがたをわすれたことはありませんでしたよ――


 さめてしまった茶を飲む。残った茶は、喉を焼くほどに苦かった。

お読みいただき、ありがとうございます。

楽しんでいただけているでしょうか?

紫蓮は果たしてこの後宮の真実をあばけるのか。先帝が愛していたのは……。まもなく解明されます。こうご期待ください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ