76 宮廷の掃きだめ
絳視点。獄吏の琅邪、再登場です。
獄舎は宮廷の掃きだめだ。
葬られた真実もまた、この獄舎に吹きだまる。
「おまえが俺に逢いにくるなんてめずらしいこともあるもんだなァ。今晩は槍でも降るかア?」
いましがた拷問を終えたばかりの琅邪は、頬や額を濡らす血潮を拭いもせずに耳房から顔を覗かせた。
「また、派手にやっていますね」
「しょうがねぇだろう。なかなか口を割らねェンだからよ」
琅邪が担当しているのは確か、官費を横領した官吏の拷問だったはずだ。ほかにも大勢の官吏が賄賂をもらって、横領の手助けしていた痕跡があるのだとか。だが家柄に恵まれただけでたいした功績もなく昇進した官吏――誤解をおそれずにいえば、良家の坊ちゃんが拷問に耐えてまで、黙秘を徹せるとは想えない。
「よくいいますね、あなたが喋らせないだけのくせに」
喋るひまもなく甚振り、なんとか声をしぼりだしても聞こえなかったといって責め、死にかけたところでやっと自白を許すのが琅邪のやりかただ。
「ああいうやつは罪を認めたら、どうせすぐに縄をとかれて放免だよ。親の持参した保釈銭がたんまりと積まれたからな。俺はそういうのがいちばん、納得いかねェンだよ。罪をおかしておいて、詫び銭で済んだら、獄吏は要らねェってな」
絳はため息をついた。
琅邪が言っていることは一理ある。だが、私情で過剰な拷問をするべきではないと絳は考えていた。
喋りながら獄舎の裏院子に移動する。
「で、こんな辛気臭ェところに後宮丞様が遊びにきたわけじゃないよな?」
「独自に捜査している事件がありまして」
「へえ、そいつはご苦労なこったな」
先程の韋 菟仙の言葉は理にかなっていた。
柴 綜芳の死は、事件として扱わず自害として処理したほうが事を荒だてずに済む。そのとおりだ。
だが、それはあくまでも、私怨による事件だった場合にかぎる。
遠縁とはいえども柴 綜芳は皇族だ。
殺されたとなれば、当然のことながら暗殺という疑惑もでてくる。看過して皇族が続々と暗殺されるような事態になったら、幼い皇帝の身に危険がおよぶ。ただでも反乱が相ついでいる昨今、宮廷がこの事件を等閑視するというのはどう考えても妙だ。幼帝にはぜったいに危害が及ばないという確証でもあるのか。
そこまで考えて、絳はある推測にたどりついた。
だが、これはまだ憶測にすぎない。
確証が欲しい。
「柴 綜芳が死にました」
琅邪は眉の端を跳ねさせる。
「あァ、だろうな」
「やはり、あなたは知っていたのですね」
獄舎に拘禁される罪人は多岐におよぶ。横領罪の官吏もいれば、敵の密偵、反政の賊徒もいた。
「なにがあったのか、詳しく教えていただけませんか」
袖から煙草葉を差しだす。
「はっ、そいつはできねぇな」
琅邪は煙草葉だけかっぱらってから、べえと舌をだした。
「重い情報なんだよ。割にあわねェな」
お読みいただき、ありがとうございます。
ダブル主人公ということもあって、紫蓮視点、絳視点を行き来しますが読みにくくはないでしょうか?
またご感想などいただければ幸いでございます。





