77 獄吏、琅邪の復讐
引き続き、絳の視点です。
「重い情報なんだよ。割にあわねェな」
「だったら、かえしてくださいよ」
「ケチ臭ェこというなって。だされたモンはもらう、とうぜんだろうが」
琅邪は懐から煙管を取りだして火をつける。烟を吹きかけられ、絳が露骨に眉根を寄せた。これではだめか。ならば、ちょっとばかり姑息ではあるが――
「牟 勇明――おぼえていますか。妻を殺めた中都督です。最北の地に左遷されたあと、笞で敲かれた後遺症で左脚がほとんど動かなくなったとか」
琅邪は三白眼をすがめる。
「へェ、運のない奴だなァ? たまにそういうやつがいるぜ」
「そうですね。運がなかった。ですが、故意にやっていたとすれば、処分を受けるのはあなたではないですか? その笞、支給された物ではないですよね」
琅邪が顔色を変え、腰に帯びていた笞を握り締めた。後遺症がでるよう、細工されているとしたら罪に問われる。
「ああぁ、わかった、わかったよ」
乱暴に髪を掻きみだして、琅邪が降参とばかりに声をあげた。
「三日前だよ。反幼帝派の男を捕らえて、拷問にかけた」
幼い皇帝を龍倚に据え、先帝の妃に過ぎなかった女が政を執りおこなっていることに不満を持つものがいるという話は、絳も聴いたことがあった。
宮廷を敵視して反乱を勃発させているのは民だが、皇帝の挿げ替えを策謀しているのは氏族、豪族といった有力者たちだ。
「謀反ってのはかならず、旗がある」
それはつまり、新たな皇帝になろうとしているものだ。
「そいつを吐かせろってのが御上からの命令だったが、なかなかに口を割らなくてよ。爪を剥がして指を残らず落として、ようやっと吐きやがった――柴 綜芳だったよ」
意外だとはおもわなかった。絳が推測していたとおりだ。
「いまの皇帝は眼が紫じゃねェだろォ?」
「私は拝謁したことがありませんが、滅紫だとか」
琅邪もまさか、皇帝に会ったことなどないだろう。
「柴 綜芳は紫なんだとよ。斉の皇帝は紫の眼を持つってのが、昔からきまってるからな。とくに士族はそういうのを有難がるだろ」
紫の眼か。これまでならば、皇帝を思い浮かべたが、いまは紫蓮の瞳が過ぎる。
だが、綜芳の眼はそこまで紫だったろうか。熟れた葡萄をつぶしたような暗い赤紫だったためか、さほど強くは印象に残っていなかった。
「ま、俺から言えるのはそんな程度だな」
煙管を喫い、琅邪は紫がかった烟を喀きだす。
「ああ、そうだ。気に喰わねえ官吏がいたら、てきとうな罪でも吹っかけて、こっちに渡せよ。あることないこと吐かせて、つぶしてやるからよ」
ため息をつき、絳が視線を落とす。
「……それがあなたの復讐ですか」
刹 琅邪は獄吏の一族に産まれた。親が獄吏というだけで幼少期から石を投げられ、蔑視されてきた。処刑人に産まれついた絳と立場は一緒だ。だからふたりは幼い時から一緒に遊んだり喋ったりしてきた。いわば、幼なじみだ。
「俺たちを足蹴にしてきたやつらにちょっとくらいはやりかえさねェとな。良家に産まれただけで偉そうにしやがってよ」
だが、絳は琅邪の復讐には、頷けなかった。
琅邪は身分のある罪人を虐げるばかりか、執拗に甚振って嘘の自供をさせ、無実の罪を被せることもあった。不条理に不条理をかえしても地獄をさらに深くするだけだ。
「なんだよ、その辛気臭ぇツラはよ。おキレイぶって「あなたとは違います」なんていわねェよな?」
「ええ、私たちはおなじだ」
他人からすれば、絳も琅邪と変わらないのだろう。
亡霊になるぞといった韋 菟仙の声が耳に甦る。
「ですが、底にいるものだからこそ踏み越えてはならない一線というものもある。目には目を、歯には歯を、罪には罰を。私は罪を等しく裁きたいだけだ」
はじまりは一緒だった。
だが、すでに道を違えた幼なじみに背をむけ、絳は獄舎を後にする。紫蓮のもとに還らなければ。
夏の終わりを俟たず、燃えるように咲いていた曼珠沙華がひとつ、風に揺れた。
お読みいただき、ありがとうございました。
ドロドロとしてきていますが、これぞ宮廷物の醍醐味なので、楽しんでいただけば幸甚でございます。
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