70 自殺した皇族
死体の臭いの描写があります。お食事中などにはくれぐれもご注意ください。
「ふむ、縊死してからそれほど時間が経たないうちにおろされたみたいだね。発見されたのは朝かな」
紫蓮は屍の確認を進めながら、戒韋に尋ねる。
「未明だ。おそらくは平旦の初刻(午前三時)だったかと。どうしても大家に御伝えしたいことがあって、大家の房室を訪れたところ、すでに」
「つまり、第一発見者はきみで、この房室が自害の現場ということだね」
屍ばかりに気を取られていたが、どうやらここが柴 綜芳の私房らしかった。落ちついた内観で統一された邸のなかで、この房室だけは後宮にも比肩する華やかさだ。飾り棚には青磁壺や蒔絵の香炉が飾られ、壁には掛軸がかかっている。窓べには鏡のおかれた箪笥。天蓋のついた臥榻には華織物の幕がおろされていた。
妃の房室みたいだと絳はおもった。
飾りたてられた房室のなかで、異臭を放つ屍だけが場違いだ。
「あのはりに縄をかけ、首を吊っていた」
指さされたほうに視線をやれば、彫刻の施されたはりにちぎれた縄の輪が残っていた。
「あの高さだと、倚子をつかったはずだね」
「貴女の推察どおりだ。側に倚子が倒れていた。あの倚子だ」
「倚子が倒れた音は聴こえなかったのかな」
「嵐が酷かった。房室にいても身を寄せないとまともに喋れないほどで……」
よほどに悔やんでいるのか、戒韋の声が濁る。
「そうだね。聴こえるはずがない、か」
絳はふたりの話を聴きながら、房室のなかを順に検めていった。
飾り棚、異常はない。窓は――錠がかかっていなかった。昨晩はあれほどまでに酷い風だったのに。窓際におかれた箪笥に触れる。乾いてきてはいるが、微かにしめっていた。自害したのが嵐の後ならば、雨が吹きこんでいるのに気づかなかったのだろうか。それとも神経が衰弱していて、それどころではなかったのか。
倚子は文几にあわせたもので食卓につかう物よりは低めだ。絳が乗って、縄に首をかけられるかどうかだった。綜芳は細身だが、背たけは絳より低かった。書などを積みあげて乗れば、可能か?
臥榻は酷く荒れていた。眠れずに考え事をしているうちに死にかりたてられたのだろうか。絳にも理解できないわけではない。不眠が続くと、考えなくてもよいことまで頭をもたげるものだ。
「まさか、こんなことになるなんて……っすまない、ちょっと」
戒韋は嘔吐をもよおしたのか、口を押さえながら飛びだしていった。
房室に充満した異臭だけでもきつい。まして、大家と敬っていた相手がこんな死にかたをしたのだ。綜芳の母親のように臥せっていないだけでもましだ。
「妙だよ」
紫蓮がつぶやいた。
お読みいただき、ありがとうございます。
紫蓮はなにかに気づいたようですが……?
「気になる」「おもしろそう」とおもってくださった読者様はぜひともブクマを「ぽちっ」と押して、本棚に加えていただけると嬉しいです。
続きは10日に投稿させていただきます。





