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69 人の尊厳を損なう死

死体の描写があります。

グロテスクな描写、不衛生な描写が苦手な読者様は御注意ください。

 柴《サイ》氏の邸宅は都の端《はずれ》にある。

 皇帝の遠縁《とおえん》にあたる氏族《しぞく》は政に関与できないよう宮廷から遠ざけられるのがきまりだ。

 綏《スイ》 紫蓮《シレン》の護衛は姜《キ》 絳《コウ》が務めることになった。護衛といってもほぼ監視役だ。とくに馬車で移動しているときに逃げださないよう見張るのが護衛の役割である。ほんとうは衛官がつくはずだったが、死の穢《けが》れを忌避して誰もが辞退したため、姜《キ》 絳《コウ》が立候補した。絳としては願ったりかなったりだ。


「ようこそきてくれた、御苦労」


 迎えてくれたのは屈強な武官だった。眉が濃く、肩幅もがっちりとしていて勇猛な虎を想わせる。

 だが、いまは死人のように青ざめ、酷い隈ができていた。


「このたびは衷心《ちゅうしん》よりお悔やみいたします」


 絳《コウ》は袖を掲げて頭をさげる。


「私は刑部丞《けいぶじょう》の姜《キ》 絳《コウ》と申します」


「ああ、すまない、こちらからさきに名乗るべきだった。俺は綜芳《スオウ》様の側近をつとめる玄《ゲン》戒韋《カイイ》だ。……いや、つとめていた、というべきか」


 武官はあきらかに憔悴していた。


「僕は綏《スイ》 紫蓮《シレン》だよ。屍《いたい》はどちらかな。すぐにでも死化粧に取り掛かりたいのだけれどね」


 紫蓮は臆さず、落ちつきはらっている。取りたてて気遣うでもなく、なすべきをなすという一貫した態度を崩さない。


 戒韋《カイイ》は了解したと頷き、すぐに通してくれた。立派な邸宅だ。宮廷のような華やかさはないが、紫檀《したん》で造られた調度からは皇族が暮らすにふさわしい風格が漂っている。彫刻の施された格子窓からは院子《なかにわ》が一望でき、紫薇《さるすべり》が咲き群れていた。


 女官たちが慌ただしく、葬礼の支度をしている。


 柴《サイ》 綜芳《スオウ》は二十三を過ぎていたが、妻を娶《めと》っていなかった。皇族としてはめずらしいことだ。邸には柴綜芳のほか、彼の母親がいるはずだが、息子の急死に臥《ふ》せっているらしかった。


 階段をあがり、二階の房室《へや》に入る。


 足を踏み入れた途端に異臭が鼻をついた。香をたき、紛らわせようとしているが、臭いがまざってよけいに酷いことになっている。


 屍《したい》は頭から足先まで布を掛けられ、安置されていた。


「布を取るが……おどろかないでくれ」


 現れた綜芳《スオウ》の屍は酸鼻をきわめる有様だった。

 絳ですら一瞬だけ、息をとめる。


 髭をはやした顔は赤く膨張し、赤紫になった舌が伸びきって垂れていた。眼窩から眼が飛びだして、瞼をおろすこともできていない。汚物も垂れながしになっているのか、屍を横たえている敷布がぐっしょりと濡れている。異臭のもとはここか。


 縊死《いし》は人の尊厳を損なう死にかただとは聞いたことがあった。だからこそ士族を含め、身分のあるものが死罪になるときはかならず斬刑に処すのだ。だが、ここまでとは。


 戒韋《カイイ》はみるのもつらいのか、終始視線をふせている。


「ふむ、縊死してからそれほど時間が経たないうちにおろされたみたいだね。発見されたのは朝かな」

お読みいただき、ありがとうございます。

ほのぼのとした(?)時間は終わり、ここから事件が始まります。

引き続き、「後宮の死化粧妃」をお楽しみいただければ幸いでございます。

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