64「道連れにされるのならば本望だ」
「私のところにも刺客が差しむけられてきました」
絳の言葉に紫蓮が真剣な眼差しになる。
「宮廷の裏を通りがかったときに突如斬りかかられ――すぐに退けましたが、私が狙われるのであれば、あなたの身も危険だとおもい、駆けつけた次第です」
いったい、誰が。
なんて、愚かなことは尋ねなかった。
夏になるまでは、紫蓮がいかなる証拠をみつけて語ろうと事件が再捜査されることはなかった。だが絳と逢ってからは、紫蓮の検視に基づいて権力者たちが続々と証拠を突きつけられ、あるいは証言者が募られて、逮捕されている。
宮廷において、真実ほど疎まれるものはない。
後宮は敵だらけだ。
「だからいっただろう。僕にかかわると碌なことにならないとね」
眉根を寄せながら、紫蓮は唇の端を持ちあげる。ひきかえすならば、いまのうちだと牽制したつもりだったが、絳はにっこりと微笑みかえしてきた。
「いいですね。あなたに道連れにされるのであれば、本望だ」
燈された火を映して、絳の眼がゆらりと紅を帯びる。
「ご懸念にはおよびません。私はそうかんたんには暗殺などされませんから。毒にも強いんですよ。祖父が悪食だったもので」
紫蓮がため息をついた。
「まったく、きみという男はほんとうに」
「奇人ですか」
からからと絳は笑った。
「あなたこそ、ずいぶんと落ちついているのですね。刺客に殺されかけたというのに。度胸が据わっているというか、なんというか」
「ああ、そうだね。これといって、恐怖はないよ」
幼い頃から虐げられ、傷つけられることを諦めてきたように、たとえ命を絶たれたとしても紫蓮のなかに湧きあがるものは諦めだけだ。
「誰もがかならず、死に絶えるものだからね」
だが、先程の刺客は紫蓮の命を絶とうとしたのではなく、舌を奪おうとしていた。紫蓮が死者の言葉を語ることができないように――それを理解したとき、紫蓮はぞっとした。
語られたからには語る。
それは綏紫蓮という姑娘に残された最後の誇りだ。
文書は意識して読まれないかぎり、他者には伝わらない。声にする言葉ほどに強いものはなかった。
「ああ、そうか、たいせつなことをわすれるところだったよ」
紫蓮はふせていた睫をほどき、絳をみつめた。透きとおるような紫の瞳が、やわらかく綻ぶ。
「助けてくれて、ありがとう」
絳が息をのむ。見惚れたのか、しばらく彼は瞬きもわすれていたが、やがて面映げに眼の端を緩ませた。
絳の奇人っぷりが段々隠せなくなってきましたね。これもまた、私のヘキなので同好の読者様に楽しんでいただければ嬉しいです。
続きは5日(日)の夜に投稿させていただきます。





