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63 奇人、ストーカー疑惑

 嵐が吹き荒れていた。

 天が破れたように雨は降り続け、時々落雷が弾けては宵の帳を裂いた。

 こんな晩でも、サイの後宮は眠らない。軒にならんだ燈火が強い風にさらされ、揺さぶられていた。

 鶏鳴けいめいの正刻(午前二時)を報せる鐘が鳴ったが、嵐の轟きにのまれて、微かにしか聴こえてこなかった。


「だからといって、なんで、官舎かんしゃに泊まりこむことになるのかな」


 刺客に奇襲された紫蓮シレンはそのあと、後宮庁舎こうきゅうちょうしゃに備えつけられた官舎かんしゃに連れてこられた。官舎といっても、宦官かんがんたちが暮らしている大きな宿舎ではなく、後宮丞こうきゅうじょうのために建てられた離舎のほうだ。

 到着してすぐに紫蓮は絳から湯を張った桶を渡された。嵐のせいか、昼の暑さからは想像もつかないほどに寒くなり、濡れたままでは風邪をひきかねなかったので助かった。紫蓮はすでに濡れた身を拭き、乾いた中衣ちゅういに着替えている。絳もまた濡れた官服かんふくではなくえりのある中衣ちゅういに袴という姿だ。


「ここならば、まわりには宦官や衛官えいかんがいるので、刺客もそうそう襲ってはこられないはずです。離宮は他の宮から遠すぎて、すぐに助けをもとめることもできませんから」


「うう、理窟りくつはわかったよ……でも、たえられるかな」


 生まれてこのかた、離宮にひきこもって暮らしてきたのだ。

 嵐が続いているうちは構わないが、朝になって騒がしくなったらと想像するだけでも頭痛がした。


「殺されるよりはいいでしょう」


「僕にとっては刺客に殺されるか、騒音に殺されるかという二択なんだけどね」


「せめて、騒音で死にかけるか、くらいになりませんか」


「善処するよ……まあ、誰であれ、最期は棺に入って静かなところにいくんだから、賑やかなのはいまのうちだけとおもえば、なんとかなるかな」


 紫蓮シレンはぎりぎりで折りあいをつける。コウがあきれて苦笑していた。

 だが、他人の房室へやというものはどうにも落ちつかないものだ。


 倚子いしに腰かけていた紫蓮シレンは不躾にならないよう、さり気に視線を動かす。


 飾りのない房室ししつだ。きちんと端々まで掃除がいき届き、整頓されているが、私物らしい物がひとつもなかった。香炉もない、壺もない。備えつけの飾り棚はからっぽだ。いつ、ひき払うことになってもいいという借り物感が漂っている。


「いずれにせよ、間にあってよかった。取りかえしのつかないことになるところでしたから」


 絳はむかいあわせにすわって、ようやく息がつけたとばかりに微笑みかけてきた。


「そのことなんだけどね」


 紫蓮が声を落とす。


「どうして、僕の身に危険がせまっているとわかったのかな」


 偶々通りがかったにしては、できすぎていた。後わずかでも絳が遅れていたら、紫蓮は刺客に舌を落とされていただろう。

 たいする絳はなぜか、照れる。


ひまができると、毎晩のようにあなたのもとを訪ねてきたもので」


「さらっと、とんでもないことをいわれたような」


 知らなかった。というか、知りたくなかった。


「お構いなく、窓からちらりと覗いて、幸せなきぶんに浸っているだけなので」


「だから、いやなんだよ。せめて声をかけてくれないかな」


「え、お声掛けしてよかったのですか? 眠っておられたので、遠慮したのですが」


「参考まできくけど、いつきたのかな」


平旦へいたん(午前四時)ですね。眠れなかったもので。ですが、あなたにお逢いしたあとはきもちがやすらいで、安眠できました」


「それはよかったね……」


 こうもすがすがしく微笑まれてはため息をつくほかにない。


「まあ、というのは四割ほど冗談で」


「六割がたは、ほんとうなんだね……」


 できれば、ぜんぶ冗談であってほしかった。


「私のところにも刺客が差しむけられてきました」


 紫蓮が真剣な眼差しになる。


三部の連載再開したばかりということで、4日(土)はまた夕方にも投稿させていただきたいとおもっております。特別に一日二回更新ということになるので、宜しければ夜以降にも再度ご訪問いただければ嬉しいです。

今後ともよろしくお願いいたします。

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