54 骨はよみがえる
引き続き、複顔の話です。
紫蓮は針を取りだして、頭蓋骨に刺していった。額、頬骨、鼻、顎と針の高さを確認して、これくらいかなとあたりをつける。
「これはいったい、なにをなさっているのですか」
「筋肉や脂肪の厚みを推定して、杭をつけておくんだよ。眼窩には義眼をはめて」
「靑靑だったら、この段階で悲鳴のひとつやふたつはあげていそうですね」
紫蓮は一度退室して、庖から温めておいた粘土を持ってきた。
「粘土で顔を造るのですか」
絳は意外そうに眼を見張った。
復顔は造形だ。特殊化粧ともいう。
紫蓮は針を参考にしながら、頭蓋骨に直接、表情筋をかたどった粘土を張りつけていった。頬骨、額の骨からなめらかな線をえがき、鼻のかたちを造っていく。
「鼻の軟骨が残っていないのに、どうやって復元するのですか」
「前鼻棘を参考するんだよ」
上顎から突きだした骨の小さな突起部分を指す。
「前鼻棘と鼻骨とを結んで、輪郭を割りだせば、おおよそのかたちがわかる。あとは鼻腔の幅かな。鼻ひとつから推察しても、彼女は器量よしだったとおもうよ」
ついでに骨格をみれば、肥りやすいか、痩せやすいか。肥満すると、どこに脂肪がつくのかまで推測できる。
「彼女は脚の骨がきれいだった。知命になっても、大腿骨の頭がつぶれていないということは肥ってはいなかったんじゃないかな」
紫蓮はつらつらと喋りながら、復元を続ける。
倚子に腰かけた絳は終始、真剣な眼差しをして復顔の工程を観ていた。
彼がなにを考え、側にいるのか、紫蓮にはいまだに理解ができない。死にまつわる職に興味を持つなんて、ふつうでは考えられないことだ。かといって、監視というわけでもない。
好奇心ならば、ほんとうにたいそうな奇人だ。
だが、彼の視線は好奇心というには熱心すぎた。
「きみの眼は、死を見慣れているね。慣れ親しんでいるといってもいいくらいだ」
骨に触れる紫蓮の指を追いかけていた絳の視線が、微かにあがる。紫蓮と絳の視線が絡んで、すっとほどかれた。
「刑部省の官吏などしていると、死にも慣れるものですよ」
ああ、また、嘘だ。
紫蓮には、嘘がわかる。
正確には絳のそれは、嘘ではない。表むきの事実をいって、真実をふせている、というだけだ。
ほんとうに底の知れない男だ。
紫蓮はため息をついて、復元に意識を集中させた。あとは絳にむかって喋ることはなく、ときどき骨になってしまった彼女に語りかけるばかりとなった。
「無理をして、働き続けてきたんだね。ほんとうにお疲れさま。これからは、ゆるりとやすめばいいよ」
棘だらけの骨をなでさする。
どれくらい経っただろうか。
紫蓮がひと息ついて、顔をあげれば、すっかりと日が落ちていた。絳が気遣って燈してくれたのか、壁ぎわにおかれた燭火が燃えている。お陰で晩になったこともわからないほどに没頭することができた。
絳は倚子に腰かけ、頬杖をついていた。
「眠っているのかな」
物腰穏やかに振る舞いながら、絶えず神経を張りつめている男が、こんなふうに寝入るなんて意外だった。
息をころして覗きこむ。
ふせられた睫。ひき結ばれた唇。微動だにせず、まさか、呼吸をしていないのではないかと疑うほどの静けさだ。
よほどに疲れていたのだろう。
離宮にきたとき、絳は髪がわずかに濡れていた。身を浄めて官服も新しい物に取り替えてきたのだろうが、微かに死臭が残っている。
推察するに、骨はすでに破棄されていて風葬地あたりから拾ってきたのではないか。
「ほんとうに愚かだねえ、きみは。でも、その愚かさが、僕はときどき……きらいじゃないよ」
好きだとはいわなかった。
姜絳は奇妙な男だ。義心や善心だけで動いているとは想えないが、貫いても損にしかならないような条理を徹そうとする愚かなところがある。
死にいそいでいる、というべきか。
ふと絡んでいた睫がほどかれ、絳が眼をあけた。
寝ぼけているのか、彼は一瞬だけ、紫蓮にむかって腕を伸ばしかけて――すぐに意識を取りもどして、やめる。
「できたよ」
紫蓮がいつもどおりに微笑みかけた。
絳は視線を動かして、紫蓮の背後にあるものをみた。瞬間、息をのむ。しばらく言葉を絶していたが、やがて彼はつぶやいた。
「――――奇蹟だ」
たったいま、息をひき取ったばかりというような。
安らかな屍が横たえられていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
複願という技術は現実においても法医学の一種として事件の捜査などに役立てられています。現在はコンピューターグラフィックをつかって3D映像にして復元するのだそうですが、昔だと紫蓮のようにピンをさしながら地道に復元していたようです。
紫蓮から絳にたいする想いも変わってきているので、引き続き、お楽しみいただければ幸いです。