49 奇人と妖妃の御茶会
ほのぼの回です!
椀のなかで、ふるふると揺れていたのは透きとおる瓊脂冰だった。
紫蓮は紫の瞳を輝かせて、ほわあと幸せそうな息をついた。
「ふふっ、喜んでいただけたようで、なによりです」
「ほんとうにいただいてもいいのかな」
「もちろんです、あなたのためにもってきた見舞いの甜菓なのですから」
絳はにっこりと紫蓮に微笑みかけた。
紫蓮が獄舎から解放されて、五日経った。
牟は杖にて百敲きに処されたのち、身分を剥奪されて斉の最北に左遷となった。事実上流罪に等しい。中都督という、もとの官職から考えれば、重い処分をくだせたほうだろう。
ほんとうならば、眼には眼を。死には死を、と言い渡したかったところだが、欲は言えない。
諸々の後処理が終わったので、絳は見舞いの甜菓をもって紫蓮の見舞いにきていた。
瓊脂冰とは夏を代表する冷果だ。天草からつくられた瓊脂をかため、型から押しだすと、こんなふうに麺のようなかたちになる。瓊脂には味がないので、黒蜜、あるいはゆるめた胡麻あんをかけて食感を楽しむのだが、これがまたひんやりとして絶品なのだとか。
絳は食べたことがなく、妃妾たちの噂を聴いて都から取り寄せたのであった。
紫蓮はさっそく箸をつかって、瓊脂冰を食す。
「ん……」
日頃から凛とした態度を崩さない紫蓮が甘い物を頬張って、へちゃりと微笑む。
「瓊脂に絡んだ胡麻あんの芳醇なあまみがたまらないね、絶品だよ」
紫蓮は夢中になって、箸を進める。ちゅるちゅると瓊脂冰がうす紅の唇に吸いこまれていった。ほんとうに幸せそうに彼女は冷菓を味わっている。そんな彼女を眺めていると想わず、言葉がこぼれた。
「ほんとうに可愛い姑娘だ」
「へ」
紫蓮がぽかんとなる。
「いえ、あなたは実に可愛らしいなとおもいまして」
「可愛い、ねえ。きみはやっぱり、変わっているね。屍の腹を割くような姑娘が可愛いはずがないだろう? 人から悪趣味だといわれたことはないかな」
やれやれとため息をつきながら紫蓮が眉の端をついとあげる。
「さあ、どうでしょう。あなたこそ、どなたからか、愛らしいといわれたことはないのですか」
「ないね。妖妃にそんなことをいうのはきみくらいだよ」
「そうですか。あなたの愛らしさが理解できないなんて、残念な男ばかりだったのですね。ああ、でも、私にとっては喜ばしいことですが」
絳は心の底から想ったことをいったつもりだが、紫蓮はやれやれとあきれたようにため息をついた。
「それより、きみは食べないのかな」
「私ですか? 私は」
「瓊脂はまだ残っているよ。せっかくだから一緒にどうかな。冷やした甜茶もあるんだよ」
紫蓮はいそいそと椅子を離れ、甜茶を淹れてきてくれた。
離宮には女官がいないのだとあらためて思いだす。とくに不便はなさそうだが、孤独ではないのだろうか。動物や蝶の死骸を愛でながら、静まりかえった舎のなかで暮らすことは。
後宮丞の権力をつかえば、離宮に女官を派遣することもできるが――そこまで考えて、よけいなことだと考えなおす。彼女は強い姑娘だ。哀れみをかけるようなことをするべきではない。
「すみません、お気遣いをいただいてしまって」
渡された甜茶を飲み、絳は息をついた。
甜茶は砂糖をいれたようなあまみがあるお茶だ。微かな苦味もあるが、これを好むということは紫蓮は甘い物に眼がないに違いなかった。
「きみはお客さんだからね。静かなお客さんはそれなりにもてなすつもりではいるよ。たいていのお客さんは残念ながら、茶が飲めないのだけれどね」
「それはまあ、……死んでいますからね」
「でも、茶を淹れてあげることはあるよ」
「死んでるのに、ですか」
「なにか、変かな」
倚子に屍をすわらせ、茶会を催している紫蓮を想像する。
ともすれば異様な風景だが、彼女ならば絵になるのだろうとおもった。彼女には屍にたいする愛があるからだ。
死者を死者と侮らず、人として扱うからこその。
お読みいただき、こころから御礼申しあげます。
やっと事件がひと息つきました。引き続き、ふたりのやり取りを楽しんでいただければ幸いでございます。
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