34 妖妃、連行される
投稿が遅れました……今晩も楽しんでいただければ幸いです
死してなお、奇麗な蝶だった。
宵の帳に似た黒を基調とした翅に青や緑のきらめきを帯びている。
房室に迷いこんだはいいが、外に帰れなくなってしまったのか、格子窓の側で息絶えていた。
「可哀想に。もういちど、青空を舞いたかっただろうにね」
紫蓮は蝶の死骸をつかって、標本箱をつくろうときめた。織錦を想わせる縞紋様が崩れて、ぼろぼろになっていく様を想像するだけでも、胸がきゅうと締めつけられる。
せめて綺麗なかたちで残したかった。
針のついた特殊な器具に沸かした湯をいれ、死骸に挿してわずかに注入する。こうすると死後硬直がとけるので、とじかけていた翅を拡げ、展翅板に張りつける。
「きれいだね。標本箱のなかは群青にしてあげよう。雲ひとつない青空の夢をみられるように」
飾られて愛でられることが幸せなのか。土に還るほうが幸せなのか。紫蓮にはわからない。だが葬礼とはそもそも残されたものが未練を絶ち、安堵するために執りおこなうものだ。
屍は語れど、死者は語らない。
喜んでも、嘆いてもくれず、許すこともなければ、恨んでくれもしない。
「これで、よかったのかな」
蝶の死骸に親友の姿を重ねて、紫蓮がこぼす。
そのときだ。昼さがりの静寂を破って、乱暴な足音が押し寄せてきた。
ああ、きたか。
紫蓮は眉ひとつ動かさず、睫をふせる。
「綏紫蓮はいるか!」
声を荒らげて、捕吏が踏みこんできた。
「そんなに大声をださなくとも聴こえているよ。まったくもって、騒々しいね」
紫蓮は振りかえりながら、ため息をつく。
こうなることはわかっていた。いまさら臆することもなかった。
「綏紫蓮! 牟勇明の妻である胡琉璃の屍を損壊し、死を穢した罪で捕縛する!」
「へえ」
紫蓮は唇をゆがませ、捕吏に微笑みかけた。
「死を穢した、ね。そこだけは、訂正させてもらうよ。胡琉璃の死はすでに穢されていた。その証拠に彼女は病死ではなく――」
言いかけたところで、笞が振りおろされた。肩を想いきり打擲された紫蓮は声にならない声をあげ、倒れこむ。
「っ……は、はは、屍の声なんか聴きたくない、か」
また一撃。背に強い打撃をうけ、紫蓮が息をつまらせて噎せこむ。拡がった髪を踏みつけ、捕吏が唾棄する。
「底気味の悪い妖妃め」
蔑みに満ちた視線が突き刺さる。
いつだってそうだ。誰も彼もが紫蓮のことを嘲り侮って、検視結果に耳を傾けてくれたものなどはいなかった。
ああ、でもひとりだけ。
姜絳は違った。
彼だけは彼女の語る死者の声を聴いてくれた。聴くだけではなく、真実かどうかを検証し、再調査までしてくれた。
だからなのか。
宮廷なんてこんなものだと諦めてきたのに、いまさらになって胸に風が吹きこむのは。
豊かな髪をつかまれ、紫蓮は捕吏に連行されていく。
物も言わぬ蝶の標本が、ぽつりと哀しげに残された。
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