23 死んだ皇帝の姑娘
本筋に踏みこみます
夜降ちに月が、落ちた。
星あかりだけが微かにともるなか、紫蓮のもとに招かれざる客人があった。
風もないのに、燈火が揺らいだ。壁にもたれるようにすわって、医刀を洗浄していた紫蓮は水桶から視線をあげる。
「こんな時刻に妃の臥室にくるなんて、不躾な男だね、きみは」
振りかえれば、予想どおり、絳がたたずんでいた。
「依頼かな」
「いえ、頼みがあり、参りました」
彼の眼が昏く燃えているのをみて、紫蓮は唇の端を結んだ。
「宮廷は穢れています」
絳は響きのよい声を張りあげた。
「権力者にとって都合のよい律令ばかりがつくられ、財は富めるものに貪られ、民は貧富の格差に喘いでいます。罪人であろうと、賄賂を渡すか、貴族ならば処されることもなく、かわりに身分の低いものが無実の罪で殺されていく――あなたは、知っていますよね?」
「ああ、そうだね。そのとおりだよ」
刑部省も大理寺もすでに義を損なった。
「不義を糺すべき皇帝もまだ八歳になったばかりで幼い。それにつけこんで……いえ、違いますね。三歳の幼童を竜倚につけたところから、奴らの侵蝕は始まった」
絳は声を落とすことなく、続けた。
「皇太妃か、ほかのものかはわかりませんが、裏で糸をひいているものがいます。ともすれば、先帝陛下の死から、すでに」
先帝の死、という言葉を聴いた一瞬。
絶えず、張りつめていた紫蓮の眼差しが、揺らいだ。
「陛下の死は異様だった。頬がひきつれ、瞼はねじまがり、唇がひずみ、おもかげもないほどに竜顔が崩れて、酷い有様でした」
紫蓮は唇をかみ締める。
「誰もが祟りだといった――陛下はその夏、民の集落を焼き払うという、これまでの穏やかさからは考えられないような暴挙に及び、まわりに強い不信感を抱かせていましたから」
だが、祟りなどはない。
死者の魂は、ただ黙するのみだ。
あるのは暗がりでうごめき続ける生者の思惑だけ。
「……それを、僕に解明しろというのかな」
「解明ではなく、証明です」
つまりは、皇帝が暗殺されたという証拠をつかめということだ。
「危険をはらむことです。ですが、あなたならば」
絳は助けをもとめるように腕を差しだす。
「あなたは死と語ることでき、なおかつ――先帝陛下の姑娘だ」
彼女は紫の眼をゆがめた。
宮廷において、綏紫蓮が帝姫だという事実は、意識して隠されているわけではなかった。だが、後宮でも最も身分の低い妾が産んだ姑娘だ。もとから廃されているようなもので、彼女を姫として扱うものはいなかった。
「……先帝は、紫蓮なんてという卑賎な姑娘がいたことも、とうにわすれていただろうけれどね」
怨みごとをこぼすように紫蓮がいった。
まもなく一部が完結いたします。
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続きは25日に投稿させていただきます。