20 妖妃、妃妾から苛められる
夏の朝は青紫がかっている。
翌朝になって、喪に服した柩車が後宮の橋を渡っていった。
黄花琳の柩は、都にある黄家のもとに運ばれる。黄家は都では知らぬものがいないほどの名声を誇る士族だ。
歌媛であった娘の死を嘆き、多額の財を投じて葬礼を執りおこなうに違いない。
だが、黄花琳はすでに葬られた。
彼女を愛し、彼女が愛したひとによって。
「一路走好」
遠くからそれを眺めていた紫蓮は微かに眥を緩めた。紫の瞳からひとつぶのなみだがこぼれ、風にさらわれていく。紫蓮は蝶のように袖を拡げ、踵をかえす。
さきほどまではうす昏かったのに、段々と日があがってきた。暑くなるまでに帰ろうとおもったのがさきか。
紫蓮の頭上から、水が降ってきた。
「まあ、死臭がするとおもったら、死化粧師じゃないの」
「いやねぇ、けがらわしい」
「後宮のなかで穢れをまき散らさないでちょうだいな」
振りあおげば、二階の窓から妃妾たちが顔を覗かせ、嘲笑していた。ずぶ濡れになった紫蓮を指さして、妃妾が嗤う。
「離宮にいれば、こんなことにならなかったのに。身の程も知らずに庭なんかにきたからよ。屍に触れるような女が、妃として後宮におかれているなんて、まったくいとわしいったら」
侮蔑、嘲弄といったつぶての嵐が、紫蓮にむかって降りしきる。
だが、紫蓮は眉の端すら動かさなかった。ただ、やれやれとため息をついて、濡れた髪を掻きあげる。
「いとわしいとおもうのならば、僕には構わないことだね。触らぬ神に祟りなしというだろう?」
髪の帳から覗く紫の眸が、笑む。
妖妃という称にふさわしい凄みを漂わせて。
「それとも、祟られたいのかな」
妃妾たちは背筋を凍りつかせて、わずかに後ろにさがった。
だが、こんな小姑娘に臆しているとは想われたくないのか、頬を強張らせながら、喧々と声をあげた。
「なによ、おどすつもりなの? ほら、それも落としておやり」
からっぽの水桶をかかえていた女官がためらいを覗かせる。だが、妃妾の命にはさからえず、紫蓮にむかって桶を投げつけてきた。
「っ」
紫蓮には運動神経がない。
どう頑張っても、落ちてくる桶を避けられそうにはなく、彼女はぎゅっと身を縮める。
だが、想像した衝撃は、やってこなかった。
赤紫の官服が、視界の端で揺れる。
姜絳だ。
彼は剣を抜き、一瞬にして桶を両断した。ふたつに割れた桶が石畳を転がる。
「これはいったい、どういうことですか」
絳は冷徹な眼差しで妃妾たちを睨みあげた。
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