シタナの街(2)
オレと師匠は朝早くにシタナの街のチサの畑に様子を見に行った。外はまだ真っ暗だ。
「師匠。どうやら犯人はブラックボアのようです。」
「そのようだな。ざっと7匹か。さっさと片付けるぞ。」
「はい。」
オレも師匠も魔法は使わない。怪しまれないように体術で倒していく。ブラックボアの身体はかたい毛に覆われている。魔法も剣もなしで戦うのは意外と疲れる。かたい毛の少ない腹の部分に拳を叩き込んだり、手刀でついたりしながら倒さなければならない。時間はかかったが、7匹すべての討伐が終わった。丁度、日が差し込み始める時間だった。
師匠と二人で座って休んでいると、チサさんとジミーが農具を担いでやってきた。
「おはようございます。」
「おはようございます。早いですね。シンさん。ナツさん。」
「犯人は、そこに転がっているブラックボアでしたよ。」
チサは地面に転がっている7匹のブラックボアを見て驚いている。隣で、ジミーは大はしゃぎだ。
「ねっ! 母ちゃん。おいらの言った通りだろう。シン兄ちゃんもナツ姉ちゃんも強いんだから。」
「本当だったのね。ジミーの言う通りだわ。」
オレはチサさんに荷車を借りて、ギルドまでブラックボアを運んだ。1匹辺り金貨2枚だったので、大金貨1枚と金貨4枚になった。
オレ達がギルドから畑に戻ると、丁度収穫などの農作業が終わったところだった。
「シンさん。約束の報酬を渡すから、家まで来てくれるかい?」
「いいえ。ボアが売れたのでオレ達はそれで充分ですよ。」
「そうかい。なんか悪いねぇ~。」
「シン兄ちゃん、ナツ姉ちゃん。盗賊を討伐しに行こうよ。」
「ジミー! あんた何を言っているんだい。お前は行かせないよ。」
「なんでだよ。だって、シン兄ちゃんとナツ姉ちゃんがいるじゃないか?」
「シンさんとナツさんがいくら強くたって、あいつらは盗賊だよ。しかも30人はいるって
噂さ。母ちゃんはあんたまで失ったら生きていけないじゃないか。」
チサさんの目から涙が流れた。ジミーも涙を流すチサさんを見て下を向いてしまった。
「ジミー。お父さんの仇はオレと師匠で取ってやるから安心していいぞ。」
「・・・・・・」
ジミーは何も答えず、ただ拳を握り締めて下を向いていた。
翌日、オレと師匠がジミーの家に行くと、チサさんが慌てていた。
「どうしたんですか?」
「ジミーが一人で盗賊のところに向かいました。」
チサさんは手にジミーの置手紙を握り締め、泣きながら地面に座り込んだ。
「オレと師匠で助け出します。安心して待っていてください。」
「シンさん、ナツさん。あの子を、あの子をお願いします。」
オレと師匠は気配感知をしながら盗賊のところまで向かった。
一方そのころジミーは森の中を奥へ奥へと進んでいた。長く伸びた草をかき分けながら、道なき道を進んでいる。かなり奥に来たところで、岩山に大きな洞窟が見えた。ジミーが草むらから隠れてみていると、何やら他の洞窟から岩を運んでいる。鉱石でもあるのだろうか。運んできた岩を男達が一つ一つ手に取って確認していた。すると、両手を縛られた男性が洞窟の中に連れていかれるのが見えた。
「やっぱりここが盗賊達のねぐらだな。でも、何をしてるんだろう?」
ジミーが草むらから観察していると、後ろからいきなり声をかけられた。
「お前、ここで何してやがる。こっちに来い。」
ジミーは襟首をつかまれ、洞窟の前にいる男達の前に連れてこられた。
「お前、こそこそ隠れて何してやがったんだ。」
「お前らは盗賊だろ! 父ちゃんの仇だ! 覚悟しろ!」
「ハッハッハッ。小僧、お前、武器も持たずに一人で俺達に勝つつもりか?」
「シン兄ちゃんとナツ姉ちゃんが来たら、お前らなんか簡単に殺されるんだ!」
「小僧、お前、仲間がいるのか? 仲間はどこにいるんだ?」
盗賊のリーダーらしき男がジミーの顔を殴った。ジミーは鼻血を出している。
「グハッ」
他の盗賊達も集まってきた。
「お頭、何事ですか?」
「ああ、どうやらこの小僧の仲間がいるらしい。大したことはないだろうが、一応警戒しろよ。」
「へい。」
「小僧、仲間の居場所を言え!」
ジミーは地面に転がされ、盗賊達から足でけられた。
「誰がお前らに言うもんか! おいら、死んでもお前らの言う通りになんかしないぞ!」
お頭と呼ばれる盗賊が腰の剣を抜いた。そして、ジミーの顔に近づけた。
「そうか。何も言わないのか。ならば、お前を生かしておく必要もないな。ガキなんぞ何の役にも立たねぇしな。ここで死ね。」
お頭がジミーに剣を振り下ろそうとした瞬間、ジミーとお頭の前に一人の男が立っていた。そして、振り下ろした剣を指2本で掴んでいる。
「えっ?!」
盗賊達もジミーも驚いた。誰もいないはずだったのに、突然その男は目の前に現れたのだ。
「ジミー、大丈夫か? 後はオレと師匠に任せろ!」
ジミーは突然襟首をつかまれたと思ったら、盗賊から離れた場所に移動した。後ろを見るとそこにはナツがいた。
「ジミー。よく頑張った。お前はここで見ていろ。」
盗賊達が騒ぎ始める。
「貴様ら何者だ。どこから現れた?」
「お前らが知ってもしょうがないな。すぐに死ぬんだから。」
「なんだと~。女と小僧で俺達に勝てるとでも思っているのか? いい気になるなよ。お前の見ている前で、あの女を犯してやるよ。」
盗賊のお頭は言ってはいけないことを口にしてしまった。お頭の言葉を聞いたシンの身体が変化していく。赤色の髪は逆立ち、黄金の瞳はキラキラと輝く、背中には漆黒の翼が生えていく。
眩しい光の中、シンの身体が変化していくのを見ていた盗賊達の顔は青ざめ、体中が震えている。中には、腰を抜かして地べたに座り込んでいる者もいる。
「オレはシン=カザリーヌ。魔王だ! 貴様らは生きる価値がない。死ぬがよい。」
「シャドウアロー」
空から真っ黒な矢が降り注ぐ。一人また一人と矢に射抜かれていく。逃げようとする者もみな、地面に倒れる。魔法が解除されると、そこに盗賊のお頭だけが残っていた。
「お前はオレの大切な師匠を犯すとか言ったな。」
「ゆ、ゆ、許してください。知らなかったんです。」
「お前達に殺されたものも、同じように助けてほしいと懇願したんだろう。お前は彼らをどうしたんだ。生かして逃がしてやったのか?」
「・・・・・・」
「シャドウメモリー」
オレが魔法を発動すると、お頭の身体が黒い霧に包まれる。お頭は黒い闇の中に落ちて行った。その闇の中には今まで自分が殺してきた男や女がむごたらしい姿で、お頭に襲い掛かる。お頭は必死に逃げようとするが、逃げられない。そして、怨霊に捕まり、身体を切り刻まれて死んだ。にもかかわらず、目覚めると再び怨霊たちに捕まり殺される。
黒い霧が晴れると、髪が真っ白になり、鼻水と涙で顔をクシャクシャにして気が狂った男がいた。
「シン。もういい。やれ!」
「シャドウカッター」
シンの手から出た黒い刃が盗賊のお頭を切り落とした。オレと師匠とジミーだけになった。オレがジミーの様子を見ると、ジミーはオレに怯えている。当たり前だ。目の前には、物語でしか知らない恐怖の象徴である魔王がいるのだから。
オレと師匠が近寄ると、ジミーは体を震わせながら言った。
「シン兄ちゃんだよね? シン兄ちゃんは魔王なの?」
「ああ、そうだ。でも、いい魔王だぞ!」
ここで、師匠がやれやれという表情でジミーに話す。
「ジミー! 勘違いするな! 魔王は悪とは限らんぞ! それにシンは精霊王であり、神の使徒だ!」
「シン兄ちゃん。それは本当なの?」
「ああ、本当だ。」
ここでジミーが普通に戻った。
「やっぱり、シン兄ちゃんはすごいや!」
「ジミー。このことは誰にも言わないって約束してくれよ。」
「分かったよ。でも、母ちゃんには言ってもいいよね?」
「いいさ。ただ、チサさんにも他言無用といってくれ。」
「分かったよ。」
「シン。洞窟内が気になる。見に行こう。」
「はい。」
オレ達は3人で洞窟の調査をした。洞窟の中に入ると、そこには複数の盗賊達と、鎖に繋がれ鶴嘴を持って壁を掘る男達がいた。盗賊達がオレ達に気づいた。
「お前達は何だ? どうしてここにいる?」
「・・・・・・」
「外の仲間達はどうした?」
「みんな死んださ。お前達もすぐに地獄で会えるよ。」
盗賊達は剣を抜いて一斉に切りかかってきた。洞窟内で鎖につながれている人々も全員こっちを見ている。仕方がないので、オレは盗賊の剣を避けながら手刀で盗賊達の身体に穴をあけていく。
「ヒィ―――――! バケモンだ! 助けてくれ――――!」
逃げ出そうとした盗賊を後ろにいた師匠が手刀で首を撥ねる。盗賊達全員を討伐した後、オレは鎖でつながれている人々のところに行って、盗賊の剣を使って鎖を切って行った。
「ありがとうございます。助かりました。」
みんなからお礼を言われた。ジミーを見るとひとりの男性を見つけて立ちすくんでいる。黙って立っているジミーの目からは涙が溢れていた。そして、男性は大きな声を出しながら
ジミーに駆け寄った。
「ジミー!!!」
「父ちゃ――――――ん!!! ワ――――――ン!」
ジミーは父親に抱き着いて、思いっきり泣いていた。後ろで見ていた人達ももらい泣きしている。恐らく自分の家族達のことを思い出しているのだろう。
しばらくして、ジミーが落ち着いてきた。
「ジミー。お前どうしてここにいるんだ?」
「シン兄ちゃんと、ナツ姉ちゃんが外の盗賊達もみんなやっつけてくれたんだ。父ちゃん、もう大丈夫だよ。家に帰れるよ。」
ジミーの父親がオレと師匠のところにやってきて深々と頭を下げた。
「シン殿。ナツ殿。ありがとうございます。私はこの子の父親でモーガンといいます。」
「モーガンさん。生きていて良かったです。ギルドでも街でもすでに皆さんは死んだ扱いになっていましたので。」
「仲間で何人か殺されたものもいますが、ここにいる者達は運よく生き残ることができました。本当にありがとうございました。」
捕まっていた男達も一斉にオレと師匠に頭を下げてきた。
「皆さん。外に出ましょう。」
オレは師匠と一緒にみんなを外まで誘導した。男達は久しぶりの外だったのか、外の光にみんな目を細めていた。
「ところで、モーガンさん。この穴は何なんですか?」
「はい。この辺りから貴重な鉱石のミスリルが採れるんですよ。ミスリルの鉱山は固いですから、盗賊達が私達に掘らせていたんです。」
オレは神眼を使って鉱山を見た。すると、確かにミスリルはあるがごく僅かだった。
「アースクウエイク」
オレはみんなに気づかれないように魔法で地震を起こした。突然地面が揺れたので、男達はかなり動揺している。すると、岩盤が崩れ、洞窟は完全に埋まってしまった。
モーガンさんが驚いたように言った。
「地震なんて珍しい。それに、鉱山が崩れてしまいました。こうなったらもうこの鉱山もダメですね。」
「多分、神様が怒ったんじゃないですか? それで鉱山を埋めてしまったんだと思いますよ。」
師匠とジミーがオレの顔を見ている。オレはジミーと師匠にウインクして見せた。2人にはオレの仕業だと分かっただろう。
「じゃぁ、皆さん街まで帰りましょうか?」
「オオ――――――!」
オレ達はみんなで森を抜けて街まで帰還した。みんなギルドにも行かず、それぞれの家に向かった。オレ達がジミーの家に行くと、心配そうにチサさんが外で待っていた。
「あなた? 本当にあなたなの?」
「チサ! 心配かけたな!」
「あなた――――――!!!」
チサさんはモーガンさんの胸に飛び込んだ。ジミーは気を利かせてオレと師匠の2人と手を繋いで、その様子を見ている。すると、師匠がジミーの背中を押した。ジミーも走って駆け寄り、チサさんとモーガンさんの2人に抱き着いた。
「チサ! ジミー! もう、お前達を心配させるようなことはしないぞ! ずっと一緒にいるからな!」
オレと師匠は翌日、チサさん達の挨拶をして次の街に向けて旅立った。次の街ではどんな冒険が待ち構えているのやら。
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