亡命 一
ラブロフ少尉率いる偵察隊は全隊員が機動基地の収容所に収監され、程なくして船で待機していたマウロ中尉も拘束されて同じ部屋に収監された。しかし、モリソン船長とラブロフ少尉は直ぐには収監されず尋問の為にそれぞれ別の部屋に連行されていた。
ラブロフ少尉が連れてこられたのは、反乱軍憲兵隊の取調室だった。
一つの窓もないその部屋には一つのテーブルとそれを挟むようにして置かれた向かい合わせの椅子があり、ドアの横で手を後ろで組んだまま微動だにせず佇む憲兵が一人、そして手錠をはめられ部屋の椅子に座るラブロフ少尉がいた。埃っぽい空気、薄暗い照明、音の大きい空調、どれをとってもプラトン基地の雰囲気にそっくりだと彼は思った。
その部屋には時計がなかったために時間がどれほど経ったか彼には分からなかったが、憲兵が交代するタイミングで引き継ぎに来た憲兵と一緒にもう一人の男が部屋に入ってきた。男は国連軍のモノを流用して作られた制服を着用し非常に整った七三分けの髪型で黒縁メガネをかけており、そのレンズの奥からは鋭い眼光を感じ取ることができた。
「待ちくたびれたか?」
男はそう言って椅子に座るとテーブルの上にラブロフ少尉から押収した物品と調書を作成するための書類、そしてペンを置いた。
「私は解放軍憲兵少佐のケンジ・オオトモだ。君には聞きたいことがいくつかある。まず姓名を名乗ってもらおうか」
「イワン・イワノビッチだ」
ラブロフはデタラメな名前を答えた。
「それが本名であることを願うよイワノビッチ君」
そう言いながらオオトモ少佐は書類に名前を記入した。
「君の階級は?」
「そんなものはない。俺はモリソンに雇われただけのただの船員だ」
「そうか君はあくまで自分は軍人では無いと言い張るわけだね」
オオトモ少佐が押収品である拳銃を手に取り、ラブロフ少尉に見せつけた。
「これは国連軍が採用している拳銃だ。しかも手入れが行き届いていて新品同様だ。それにここにはないがアシストスーツまで着ていた。しかも最新の物をだ。こんな物を持てるのは正規軍人くらいのものだよ」
「命と引き換えに国連軍に協力させられたんだ。軍から支給を受けるのは当たり前だろ」
拳銃を机に置いたオオトモ少佐は、次に押収品の小型カメラを手に取った。
「目撃情報によると君が他の全員を率いているようだったが?ボスはモリソン船長じゃないのかね?それにどう考えても国連軍が犯罪者集団だけで偵察に行かせるわけが無いだろう」
少しづつ外堀を埋めるようなオオトモ少佐の追及に対してラブロフ少尉は為す術が無かった。
オオトモ少佐は椅子から立ち上がり、ゆっくりと部屋の中をぐるぐると歩き始めた。
「まあ君自身が海賊であることを名乗るなら、私としても憲兵士官として然るべき処罰を君に下さねばならない。なぜなら君達は海賊と言う名の犯罪者の集まりになるからな」
「犯罪者呼ばわりする海賊の船を堂々と基地に入れてる解放軍が言える立場にあるのか?」
「どの船が海賊船で誰が犯罪者なのかを決めるのは我々であって君ではない。必要とあれば即刻、君と君の部下全員を死刑にすることだって私にはできるのだよ」
オオトモ少佐がラブロフ少尉の背後で歩みを止め、自身の左手をラブロフ少尉の肩に置いた。
「だが私も人間だ。そのような結末を迎えることはできれば私としても避けたいのだ」
彼はラブロフ少尉の肩から手を離し、自分の椅子に戻って話を続けた。
「そこで君に提案がある。君が正直に自分自身について全てをこの私に説明してくれるのであれば、君を正規の軍人として扱い、犯罪者から捕虜としての待遇に変えようじゃないか。ただし条件がひとつある。」
「条件?」
「我々の宣伝活動に協力してもらう。君の証言を映像で記録して地球のありとあらゆる場所にその映像を送信する。証言の台本はこうだ。『国連軍は海賊を取り締まっておきながら海賊を利用して解放軍の目を欺き、諜報活動を行った。私と私の部下はそんな卑劣極まりない作戦に強制的に参加させられてしまった』」
次の瞬間ラブロフ少尉は目を大きく開いて手錠で繋がれた両手を机に叩きつけた。
「ふざけるな!そんな条件は受け入れられない!言っているだろう!俺はただの雇われの身だ!そんなデタラメを市民が信じると思うか!?」
「デタラメ?多少の脚色があるかもしれんが概ね事実であると私は思うがね。たとえ偽情報のプロパガンダであると国連軍が発表しても映像を見た人々が不信感を抱くことだけは確実だな」
実際のところオオトモ少佐の言うことは正しかった。チェルノフ中将が司令部の承認も得ずに計画の内容を偽装して偵察作戦が実行されていることが軍上層部に知れ渡るだけでは済まず、地球の一般市民の支持が反乱軍へ傾く可能性もあった
「出来ないというのなら犯罪者として死ぬしかないな“ イワン・イワノビッチ”、君の部下も全員だ」
オオトモ少佐は眼鏡を外してポケットから布を取り出し、レンズを軽く拭いてから再び眼鏡を装着した。
「落ち着いて考えてみたまえ。君がそれをやってくれるのであれば君たちを捕虜として扱うどころか我々の組織の一員に迎えるという道もあるのだよ。解放軍の軍人としてだ。捕虜として戦争が終わるまで囚われるよりよっぽど名誉なことと思わないかね?」
オオトモ少佐は机上の物を全て片付けて立ち上がり、ラブロフ少尉を見下ろしながら言った。
「一日だけ猶予をやろう。君が選べる道は二つに一つ。犯罪者として死刑になるか、軍人として我々に協力するかだ。君の賢明な君の選択を希望する」
待機していた憲兵がスイッチを押してドアを開けるとオオトモ少佐は取調室から退出した。




