5
直しても直しても誤字脱字は減りませんね(泣)
あの事件から一週間が経った。
あれ以来すっかり影に関する話も人身事故も聞かなくなった。
真凛の影も戻ったようだし、今まで盗られたり、付けられたりした人達も戻っているだろう。
因みに結局その後も何となく帰りは晃輔が晶湖を送っている。
時には朔がいるときもあるし、そうでない時もある。
晶湖はもう大丈夫になったのだから、と断ったのだが、ほぼ朔に押し切られた形である。
そして、巴もそのまま晶湖にくっついたままである。普段は姿を消しているが、家では小さな蛇の形で姿を現しているようで、ほとんど晶湖のペットと化していた。
食事は人間の食べるものも食べるが、主に朔の妖力である。
そのため出勤時に朔から妖力をもらい、休日は晶湖がご飯をあげている、という生活が定着しているようである。本来は底なしに何でも食べる蛇である。そのうちもっとおおきくなったら、食事も考えなきゃなぁなどと、思う晃輔であった。
「結局、あの影の男はなんだったんだろうね」
時刻は例によって診察時間も終わりに近い6時前。晃輔は珈琲を啜りながら、誰もいない待合室から窓の外を見ていた。
晶湖は診察室、処置室とお掃除を始めている。
朔はレジの会計を合わせながら、返事をする。
「あの男は影が欲しかったと言っておりました。いろんな影を集めたけれど自分にはあわなかったと。だから花火をするんだと言っておりました」
「花火?」
「ええ、花火をするために影を沢山集めた、と」
「それって…」
朔は一つ頷いて答えた
「ええ、一つの体に数え切れないほどの影が入り込む、それが勝手に動き出したら身体はどうなるでしょう」
「⋯」
晃輔はぞっとする。
──それがもし彼女に起こっていたら。
「──に合って…良かったぁ⋯」
髪をクシャクシャにかき揚げながら、かすれ声で言葉が漏れる。
上村真凛。二十代のまだ若い可愛らしい女の子。
彼女の身体がバラバラに引き裂かれていたかもしれない──。
「ええ、本当によいタイミングで戻ってきてくださいました」
「巴のおかげだよ」
「櫻川さん、お手洗いは私がやりますから、レントゲン室お願い」
朔が晶湖に掃除の指示を出す。
「はーい、承知しましたぁ」
遠くから晶湖の声がした。
「巴を付けたかいがありました。けれど、実際に戻ってきて彼女を助けたのは先生ですよ」
それから朔は上目遣いにジロリ晃輔を見つめる、
「あのとき、肩を痛めたのでしょう?彼女を庇って」
「え、あ?いや、あのでももうほとんど痛まないし」
晃輔は嘘や誤魔化すといったことが下手である。晃輔は両肩をぐるぐると回してみせた。
朔ははぁとため息をついた。
「まぁ、彼女が助かったからよかったとはいえ、ちゃんとご自分の身体を大切になさいませ」
「…はい…すみません」
朔は黙って立ち上がると、トイレの掃除に向かった。
「櫻川さん、どこまで終わってますか?」
「えー、あと床だけでーす」
「ありがとう」
二人が掃除を進めているのを見つめながら、晃輔は本当に間に合ってよかったと思いつつ、残った珈琲を飲み干すと、自分でコップを洗いに休憩所に向かった。
それからさらに一ヶ月、経った頃、上村真凛が受診に来た。
季節はだいぶ移り変わり、上着もだいぶ軽くなってきた。ショートトレンチコートにスカーフ付きスキッパーシャツを着込んで切り替えデニムを履いている。伸びた髪は毛先だけ揃えてアイロンでクセをつけていた。
変わらず可愛らしい女の子のままだった。
朔はすこし驚いた顔をしながら質問する。
「こんにちは。今日はどうされまさしたか?」
「風邪ひいたみたいなんです」
「熱はありますか?」
「熱はありませんが、身体がだるいのと、鼻水、鼻づまりがあって」
「承知致しました。お熱を測っていただいて、問診票の記入がおわりましたら、あちらのパーテーションの中の椅子でお待ちください」
「わかりましたー」
マスクをした真凛は朔に言われた通り、問診票を記入すると、大人しく発熱者用のパーテーションの中で待っていた。
晃輔はパーテーションの中に入っていくと
「風邪をひいたんだって?」
「多分?鼻水と鼻づまりもあるし、身体もだるいんですよね」
「うーん。一応胸の音を利かせてね」
「はい」
パーテーション内では外へ見えないように、晶湖がタオルで隠しながら、なるべく晃輔にも見えないようにする。
「後ろ向いて」
「はい」
「…。…。…。…。大丈夫そうだね。咳はないの?」
「はい、今のところ」
「熱もないしね。花粉症かもしれないから、どっちでも大丈夫なようにお薬出しておくね。」
「花粉症?、えー初めてだ」
「結構、今まではなかったけど、急になった、なんてよくある話だよ」
「そうなんですねー」
晃輔はカルテに書き込みながら説明する。
「一応総合感冒薬のおくすりと、鼻水、鼻づまりのお薬もだしておくから、よくならないようだったらまたきてね」
「はーい。わかりました」
真凛は始終笑顔であった。
「では、お大事にしてくださいね」
晃輔は顔を上げて挨拶する。
「はい、何かあったらまたきます」
真凛はニッコリ笑って答えた。
「それでは受付で呼ばれるまでここでお待ちくださいね」
晶湖は真凛にそう伝えると、晃輔について真凛もパーテーションから出ていく。
「一応、あの時のことはわすれているんですよね?」
パーテーションから少し離れたところで晶湖が疑問を口にする。
「そのはずだけど…始めてきたときのことは覚えているのかな…?」
晃輔にもわからない。
基本的にモノノ怪・妖の類の被害に遭った人は記憶を消している。たまに、その切れ端のような記憶が残ることもるが、日常生活に触りない程度のことしか残らない。
朔はため息をついて、坊っちゃんのせいですよ。と言った。
「なんで僕?」
「多分坊っちゃんに助けられたことが記憶の隅に残っているのでしょう。もともと坊っちゃんに好意を持っていたようですしね」
「よしてくれよ、彼女と僕じゃ一回り以上違うんだよ」
「彼女にとっては関係ない事のようですわね」
「えー、じゃあ僕はこれからどうすればいいの?」
晃輔は不貞腐れたように口をとがらせた。
「どうもいたしません。いつも通り、ほかの患者様と変わらぬ対応を。彼女にとっても憧れのようなものですから、そのうち無くなると思いますよ」
「そっか」
晃輔は明らかに安堵した表情を見せた。
「折角若くてかわいらしい女の子からもててるんだから喜べばいいのに」
晶湖が少し意地悪に言う。
「勘弁してください…」
晃輔はこの話は終わりとばかりに話をきった。
もう少し誂おうと思っていた晶湖であったが、これ以上何も言えなくなってしまった。
当の本人の真凛としては、何があったかは全く覚えていないが、助けてもらったこと、抱きしめてもらったことが、例え夢だったとしてもそこだけはとてもリアルに覚えていて、惚れっぽい真凛は今は晃輔に夢中なのであった。
──医療事務の資格を取ろうかな?いっそ看護師もあり?
そんな事を考えている真凛であった。
さて、そんなことがあってバタバタと過ぎ去った週末。明日は休みなので久しぶりに珈琲を飲んでから帰ろうよと珍しく晃輔が誘った。朔の特性のおやつ付きである。
晶湖が喜ばないわけがない。
急いでお掃除を終わらせると、休憩室に集まった。
本日の朔特製おやつはガトーショコラ。珈琲に合わないわけがない。
「きゃー!」
晶湖は悲鳴を上げて喜んでいる。
ケーキの皿を棚から出すと一つ一つお皿に盛っていく。なんと生クリーム付き。センスが問われるクリームを添えると、晶湖は朔に声をかけた。
「他にお手伝いできることありますか」
朔は珈琲を注ぎながら
「ありがとうございます。後は大丈夫ですから、座って待っていてくださいましね」
そう優しく声をかけた。
朔が三人分の珈琲を持ってきた時、その理由が解けた。
「わぁ!これ、私専用ですか?」
「おまたせしてごめんなさいね。櫻川さんのイメージにぴったりなのがなかなかなくて」
「ええ!わざわざ買ってきてくださったんですか!」
「ええ、私、そういうのを選ぶのが好きなの。大丈夫ちゃんと経費だから、ね、晃輔先生」
晃輔は黙って頷いた。
「すっごい素敵!ありがとうございます!」
朔が選んだカップはカップの中央に赤を基調とした花束が描かれていて、その花びらが全体に散りばめられたようになっていた。蓋付きで蓋の中央には同じように赤い花の花束が描かれていて、カップの縁と、持ち手には金の枠のようなラインが描かれていて、白磁のとても図柄が映えていた。
晶湖は早速カップを大事そうにかかえて口に運ぶ。
「美味しいです」
晶湖の頬は赤みを帯び目には薄っすらと涙が浮かぶ。
晃輔は動揺していたが、朔はニッコリと微笑んだ。
またひとつ、ここのクリニックの一員になれた気がして、晶湖は嬉しかった。




