15 成績発表と面談
試験日程終了翌々日、必須科目の筆記試験のみを集計した成績が張り出された。
エリカとセオドアに挟まれ、成績上位二十名の名が書かれた掲示板を見上げたマユは、自分の名を見つけてほっと息を吐く。
「さすがマユ」
「一位か、すごいな」
「ありがとう」
二人に礼を言って視線を向けると、セオドアの向こうにもの凄い形相で睨みつけてくるデズモンドがいた。彼の成績は十二位。学費免除の要件から外れたのがショックなのは分かるが、睨まれる意味が分からない。恨むのは筋違いだ。マユは目を伏せて、少しだけ体の位置をずらしてセオドアの陰に隠れた。
「明日から成績面談っていうけど、何するんだろうね?」
デズモンドの悪意に気づいたエリカが、さりげなくマユを引っ張って歩き出す。
「採点結果の確認と、夏期休暇中の届出書の確認らしいよ」
「じゃあ校外学習の説明もあるのかな?」
「あるんじゃないかなぁ。マユは何の校外学習に参加する? あたしは冒険者に同行する校外討伐学習と、攻撃魔術師の短期弟子入りの二つに申し込んだんだ」
「俺も二つに申し込んでる」
「私は五つ。薬店と魔道具店の研修学習と、ギルドの錬金室の職場見学、あと薬草冒険者の研修と冒険者に同行する校外学習に、医薬師ギルドの治療院研修」
指折り数えながらのマユの言葉に、二人が目を見開いた。
「それは、多すぎないか?」
「マユ、あんた薬草園の仕事もあるのに、ほとんど休み無しじゃないの!」
夏期休暇中の校外学習は、一日では終わらないものも多い。しかも参加しただけで終わりではない。レポートの提出が必須だ。夏期休暇が二ヶ月あるとしても、それだけ校外学習を詰め込んでは、本来の休暇はほとんどとれないだろうと二人が心配する。しかしマユはけろりとして言った。
「授業がないんだから、お休みはいっぱいあるよ?」
顔を見合わせたエリカとセオドアは、そろって呆れの笑みを浮かべ、息を吐いた。
「俺の知ってる休暇と違うんだが」
「正しい意味を教えなきゃ駄目だわ」
教室に戻ったマユは、二人から休暇の概念をこんこんと説明されたのだった。
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成績面談はクラスごとに、発表された成績順に行われた。ここで実技試験や専科試験の結果も知らされる。
ヘイルス教師はマユに成績用紙を渡した。
「必須科目で間違いがあったのは物理が二問と、数学が一問。専門の薬草学は満点だ。よく頑張っているな」
間違った箇所は設問の理解のズレと簡単な計算ミスが原因だった。寮に戻ったらもう一度復唱しておこう。
「身体学の正解率は七割だ。週の授業数が一限でこの成績は立派なものだ」
見直しのできなかった身体学は、やはり自信のなかった回答は間違えていた。こちらも復習せねば。
「実技の結果だが、魔力操作・魔力属性ともに優秀。基本レシピの錬金薬の評価は優良、その品質を超える課題もクリアできている。立ち会った試験官が、マユの調合は手際が良くて迷いがないと褒めていたぞ」
試験のあと銀髪と黒髪の二人に細かく質問されたので、不足があったかと心配していたのだ。マユは錬金薬の評価欄を読んで嬉しさに目を細めた。
「さて本題の夏期休暇中の届出書だが、これは冗談か?」
「……冗談?」
「参加申請する校外学習だ。多すぎる」
「数の制限があったんですか?」
説明書きにはそのような記載は無かったし、リストと書類を配布されたときに口頭説明もなかったはずだ。マユが真顔でたずねると、ヘイルスは呆れ顔で頭を掻いた。
「あのな、校外学習は休みで勉強をサボりがちな学生に、前期に学んだことを忘れさせないためのものなんだ。マユは忘れたりしないだろうから、しっかり休んで休暇中にしかできないことを満喫しなさい」
「校外学習は休暇中にしかできませんよね?」
ヘイルスから大きな大きなため息が漏れた。
「勉強熱心なのはいいんだが……わかった。俺の権限で制限をかける。校外学習は二つまでだ。今すぐ選べ」
「そ、そんな」
こめかみを揉みながらそう言われて、マユは困った。校外学習の一覧には十の学習があった。可能ならばそのすべてに参加したかったが、薬草園での仕事も考えて選びに選んだ五つだったのだ。さらに絞り込めといわれても簡単には決められないとヘイルスに訴える。
「薬魔術科なんだから、魔道具店は外せるだろう。なんで選んだんだ?」
「調合の魔道具に興味があったので……もし自作できたら安上がりだと思うし、魔道具の修理を覚えたら便利かなって」
「道具から自作する薬魔術師は……いないとは言わんが、一般的じゃない。それに魔道具の修理は片手間に学んでできるものではない。どうしても習得したければ、薬魔術師として経験を積んでからだ。ギルドの錬金室見学も同じ理由か?」
「素材を長く保全できる魔術を編み出せたらいいなぁって」
「錬金室の見学は半ば職場見学のようなものだ、そこまでは学べない、これも外しなさい。残るは薬店と治療院と薬草冒険者か」
ヘイルスの指がトントントンと急かすように指した。どれも薬魔術師を目指す見習い向けの校外学習なのだ、全部に参加したいと上目づかいで訴えたが、教師の表情は揺るがない。
「マユは魔法使いギルドや冒険者ギルドに薬草を納品していたよな。いつも品質が良いから検品の手間がかからないと聞いている。それだけの腕があるのなら薬草冒険者との研修は必要ないだろう。それに休暇中にサットン薬草園で働くんだろう。あそこの仕事はこの研修の何倍も学びがある。そんな不満そうな顔するな。薬草研究のレポートもあるんだから、二つで我慢しろ」
ヘイルスはマユが提出した届出書を自ら修正して返した。三つの校外学習が横線で消され、薬店研修と治療院研修だけが残されている。
「まったく……教師に遊べと言わせる学生なんて珍しいぞ」
「ちゃんと遊ぶ予定も立ててます」
マユは空白の増えた予定表を見て、これをどうやって埋めれば良いのだろうかとため息をついた。ヘイルスは遊べと言うが、ちゃんと遊ぶ予定はあったのだ。エリカと夜のお茶会やディアーナも交えたお菓子屋めぐり、レオンたちを誘っての街歩き。他にどうやって遊べば良いのだろう。いや、空白を埋めるのなら遊びではなく薬草園の仕事を増やせばよいのでは?
ジェイムズ宛に手紙を書こう、と決意するマユの表情を見て、ヘイルスは再び大きなため息をついて釘を刺す。
「薬草園の仕事を増やすなよ?」
「……」
無言で視線を泳がせるマユを見て、ヘイルスはしっかりと釘をさす。
「ここの管理人は知り合いだ、マユの勤務は週三日以内にするよう連絡しておく」
「そんな」
「この計画表を見せたら、あちらも快く了承するだろう。学費の心配はないんだから、もっとのんびりしなさい」
「……のんびり」
そんな難しいことをさせないでくれ、と訴えようとするマユを遮って、ヘイルスは面談の終了を告げた。
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成績順にはじまった面談は、昼食休憩を挟み七の鐘が鳴るころに終わった。試験での誤回答への解説がほとんどなかった成績上位者の面談は短く終わったが、間違いだらけの成績下位者は半鐘以上も対面で復習を兼ねた個別授業がなされたらしい。
「疲れた……」
今日もエリカは食堂のテーブルに突っ伏していた。
「長かったよね」
「お疲れ」
「うぅ、酷いんだよ、ダーグル先生ったら、夏期休暇だってのに補講教室に通えって言うんだよぉ」
エリカは校外学習の他に、言語学と数学・物理の補講十日間が、オッジにも七日間の補講が義務づけされたらしい。
「いいじゃないか。補講で勉強したら、及第点をくれるんだから」
「補講、いいなぁ」
「「よくない!」」
羨ましいとこぼしたマユに、エリカとオッジが即座に反論した。
「せっかくの休暇なのに、なんで勉強しなくちゃならないのよ!?」
「補講のおかげで村に帰る予定が変わったんだぞ、村長になんて言われるか……それに」
オッジは憂鬱そうに顔を歪める。
「俺、科を変えないかって言われたんだ」
「どういうこと?」
「攻撃魔術科よりも薬魔術科のほうが向いてるんだって」
筆記試験と実技試験の成績を総合評価する成績会議で、教師たちはオッジに薬魔術師の適性もあると判断したそうだ。
「どっちも適性があるから、攻撃魔術に絞るのはもったいないって。転科するか、併科するかを検討しないかって言われてさ」
魔術師を目指して魔術学校に集まる見習たちの中には、希望と適性が乖離している者がたまにいるらしい。そういった者は成績や実技で分かるらしく、一年の後期より変更をすすめるらしかった。
「転科とか併科とか、そういうのがあるんだ」
「びっくりした。でもオッジが薬魔術に適性があるというのは分かるな」
マユがそう言うと、目を丸くしたオッジが「どうして?」と振り返る。
「薬草の摘み方も上手いし、扱いも丁寧だし。教えた保全処理も完璧にできてるもの」
彼は薬草採取が上手かった。獲物を得られなかった討伐が上手くゆかなかった帰りに、手際よく薬草を探して収入の補填をしている。
「それって薬魔術師じゃなくて薬草冒険者の技術じゃないか」
「薬草冒険者は魔力を使った保全処理なんてできないよ。オッジは薬魔術師は嫌なの?」
「嫌ってわけじゃないけど、薬魔術って難しそうだし。それに村長には村を守る魔術師になってこいって言われてるんだ」
学費の援助を受けていることもあり、オッジは村の意向は無視できないようだ。
「それなら夏期休暇で戻ったときに、成績も含めて全部説明して、村の意見を確認してから決めてもいいんじゃないの?」
オッジと同じように町の冒険者ギルドの支援で入学しているエリカが、即決の必要は無いとなだめる。そしてセドリックは情報収集をすすめた。
「補講の間に先生に相談しろよ。これまで併科の学生がいたのかとか、薬魔術も学ぶことになった場合の成績のこととかさ。学費の時みたいに、何か良い案を教えてもらえるかもしれないだろ」
決断するための材料を集めろと言われ、オッジは頷いた。夏期休暇に入る前に相談したいと、薬魔術科の教師に面談申し込みを書きはじめる。
「マユは明後日から錬金室の校外学習だっけ?」
「……それ、なくなった」
「え?」
マユは折り目のついた予定表をエリカの前に出した。横線で消された複数の予定を見て目を眇めるエリカに、セオドアとオッジが何事かとのぞき見た。
「なんだよこれ、訂正線ばっかじゃないか」
「校外学習って定員とかなかったよな?」
「……詰め込みすぎ、遊べって、ヘイルス先生に取り消された」
「ぶはっ」
エリカが吹き出したのを合図に、セオドアとオッジも笑い声を上げる。
「「「先生に遊べって言わせるとか、さすがマユ!」」」
「……笑いすぎ」
唇を尖らせたマユは、爆笑する三人を恨めしげに睨んだ。
「ごめん、でも夏期休暇だし、先生にも釘刺されたんだからさ、いっぱい遊ばなきゃね?」
居残りのエリカとセオドアは満面の笑みでマユの背中を叩いた。
魔術学校一年目の前期は、最優秀の成績評価を得て無事に終わった。
【マユのお財布】
前日の手持ち残高 5382ダル
試験期間中につき、収支はなし。
現在の手持ち現金 5382ダル
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第3章完結しました。
魔術学校1年前期に最後までお付き合いくださいましてありがとうございました。
内容が夏期休暇前の話なので、夏休みがはじまるまでに投稿したかったのですが……まだ暑いし、夏に間に合ったということにしておいてください。
第4章は夏期休暇中の話ですが、冬か……春までには投稿したいと考えています。
気長にお待ちいただけると幸いです。
準備ができましたら活動報告かSNSでお知らせいたします。
【3章人物まとめ】
最終話時点の年齢です。
※この世界では、誕生日とは別に、公的にははじまりの日に全員が歳を取ります。
◆学校関係/学生
マユ 女性
人族12歳(6/24生まれ)/王都シェラストラルの孤児院出身。薬草冒険者。薬魔術師見習い。師匠なし(旧師匠・カーラ)。授業を詰め込み、夏期休暇中の校外学習も詰め込み、さらに薬草園の仕事も詰め込んだセルフブラックだが本人にその自覚は無い。知識を得るのが楽しくて再会した幼なじみの感情にはまったく気づいていない。情緒はまだしばらく育たない予定。成績1位。
エリカ 女性
人族15歳/サガストの貧民出身。栗毛の三つ編み。攻撃魔術師見習い。師匠なし。水の属性。水の槍、水の刃が得意。魔力をつかわない魔獣討伐(狩り)も得意。都会生活を楽しんでおり、気分転換にマユを引っ張り回している。成績は下から2番目。
セオドア 男性
人族15歳/ナモルタタル街出身。金髪。攻撃魔術師見習い。師匠なし。火の属性。火の矢を得意とする。いいところのお坊ちゃん。マユの伝手で新進気鋭のパーティー三本の剣に加入したいと働きかけている。まずは魔術学校を卒業しないといけないので最近勉強に気合いが入っている。成績は中の上。
オッジ 男性
人族14歳/ウェルシュタント国の田舎の村出身。栗毛の髪、目は黒。土属性。実家は農業。学費稼ぎのために冒険者登録をしたい。薬草採取に向いているとマユに褒められた。成績面談で教師に薬魔術師に適性があるとすすめられ悩み中。成績は下から数えて5番目。
ディアーナ 女性
人族13歳/騎士家の出身の脳筋。騎士になりたいのに魔力が備わっていたがために、魔術学校に通わされることになった。だったら魔術騎士を目指そうと入学。一応攻撃魔術師見習い。師匠あり(黄級攻撃魔術師)
グリーズ・コルステア 男性
人族15歳/ヘル・ヘルタント出身。師匠あり(赤級治療魔術師)。母国では魔術師資格を得ている。治療魔術師見習い。マユに興味を持ってつきまとっている。
アリー 女性
人族14歳/アレ・テタル出身の平民。土属性。親は雇われ人。冒険者をしつつ家計を支えている。街の冒険者情報に詳しく、三本の剣の情報もいち早く得ていた。街のお手頃装飾品や美味しい店情報はだいたいアリーから発信されている。
セリーナ 女性
人族12歳/薬魔術師見習い。特待生三人目。火属性。金髪。リアグレン商家のお嬢様。良い良縁を得るため、薬魔術師を目指している。師匠あり(黄級薬魔術師ハルビット)。
デズモンド・ホーリック 男性
人族12歳/錬金魔術師見習い。特待生二人目。土属性。王宮完了のホーリック子爵家の子息(三男か四男あたり)。魔力が備わっていたため嫌々魔術師を目指すことになった。師匠あり(灰級錬金魔術師)。従僕なしの寮生活で不自由している。ウェルシュタント国の貴族は魔術師が賤民であるとの認識。その賤民になれと当主に命じられてとても不本意。でも貴族であるプライドから平民に負けるのは許せない。ギルド長が男爵であるのを知り、それを手本に成り上がってやろうと考えている。
◆学校関係/教師
ミシェル・サットン 女性
人族53歳/紫級魔術師。サットン男爵。アレ・テタル魔術学校の学校長。授業は受け持っていない。
ヘイルス 男性
人族42歳/黄級治療魔術師(白級薬魔術師) 治療魔術・薬魔術を担当。黒髪、緑の瞳。
熱心に学ぶのはいいが危なっかしいとマユを心配している。
臨時実技試験官その1 女性
人族20歳/灰級薬魔術師。アレ・テタル魔法使いギルドの書庫に探し物をしに来ていて、学校の実技試験で人手が足りないからと急遽試験官をつとめることになった。所属はマーゲイト魔法使いギルド。
臨時実技試験官その2 男性
人族25歳/白級薬魔術師。銀髪。師匠に呼びつけられ魔術学校の試験を手伝わされた。普段は仲間と一緒に大陸中を放浪している。
◆冒険者ギルド/他
ブレナン 男性 54歳/細マッチョの冒険者ギルド職員。副ギルド長。魔法使いギルドへの苦情窓口的な役割を担っている。新米冒険者に目を配る。
レオン 男性
人族18歳/王立孤児院出身の冒険者。栗色の短髪。瞳は青。マユの兄貴分。孤児院時代から面倒を見てきたマユが行方不明になり、探していた。アレ・テタルに向かったという情報を得て、仲間とともに移ってきた。お年頃だけどマユはまだ12歳です、そのこところはわきまえるように。
オリー 男性
人族19歳/王立孤児院出身の冒険者。伸びた黒髪を首の後ろでひとくくりにしている。親も冒険者だった。スタンピードで両親を失い孤児になった。パーティーリーダー。もだもだしているレオンを見て楽しんでいる。
ジャスパー 男性
人族17歳/王立孤児院出身の冒険者。赤毛のくせ毛。ソバカスあり。緑の瞳。職人志望だったが不器用でどこの工房でも雇ってもらえず冒険者になった。マユが「キレイな髪とキレイな目ね」といつもキラキラした目で見てくれるのが好き。




