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アレ・テタルの薬魔術師見習い  作者: HAL
2章 入学準備

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24/24

10 はじまりの日




 カーテンの隙間から漏れる力強い陽の光で、マユは目を覚ました。

 昨日までは遠慮がちだった日差しが、まだ二の鐘の前だというのに、新年を主張するかのように眩しかった。


「空気があったかい……」


 昨日までは窓の外は凍り曇っていたのに、今日は鮮やかだ。カーテンを開けて窓の下を見ると、深緑に沈んでいた生け垣に、今朝は白く小さな花で華やいでいる。

 はじまりの日と同時にやってくる春は、一晩の間に全てを一新させていた。

 穏やかな空気を室内に取り込みながら、マユは見習いローブの下に隠すように鞄をつけ、急いで部屋を出た。


「おはようマユ、ねぇ、どこいくの?」

「ギルド」


 エリカたちを待たずに急いで朝食を食べ、食堂を飛び出る。入り口ですれ違うエリカに、足を止める時間も惜しいとばかりに短く返し、マユは寮を出た。

 終わりの日のお祭りの余韻の残る朝の街を駆け、開店と同時に冒険者ギルドに飛び込んだ。

 マユが生まれたのは六月十四日だが、公的にははじまりの日に一つ歳を取ったとして扱われる。つまり、マユは今日から十二歳、成人だ。

 混みはじめたカウンターの、一番端の列の後ろにつく。そこにはマユと同じ目的の子どもたちが並んでいた。


「あ……マユ」

「チェルシーと、ジミー……」


 マユの後ろに並んだのは、孤児院の二人だった。彼らも今日から成人である。さっそく冒険者証を作りにやってきたのだ。

 気まずそうな二人に、マユは笑顔を返した。多少のぎこちなさの残る笑みだったが、二人はほっとして緊張を解いた。


「久しぶりだね」

「うん。マユも元気そうで良かった……この前はごめんね」

「あのあと俺とチェルシー、薬草のこと勉強したんだ」


 討伐、討伐、と騒いでいた二人が? とマユは目を丸くした。


「ブレナンさんに叱られて、薬草の勉強したら、マユが怒ってた理由がやっとわかって」

「錬金薬は冒険者が一番頼りにしてるのに、薬草を馬鹿にしちゃいけないよね」

「本当に、ごめん」

「……ううん、私もちゃんと説明しなかったから。理由が分からなくて困ったよね、ごめんなさい」


 二人の謝罪の言葉は自然に受けとめられて、マユは心からの笑顔を返せた。


「二人はパーティーを組むの?」

「俺たち、去年冒険者になったザッツのパーティーに入れてもらうんだ」


 孤児院の先輩パーティーが欠員を募集していたらしい。二人で応募し、半年のお試し加入となったそうだ。


「……アービンは?」

「あいつはまだ十一歳だから、入るとしても来年だよ」


 子どもたちの列はゆっくりと前に進んだ。多くの子どもたちは身分証を手にすると、弾む足取りでさっそく討伐に向かったり、いっぱしの顔をして掲示板を眺めたりしている。


「冒険者登録用紙です、先に必要事項を記入してから受け付けに提出してください」


 列の解消と業務効率のためだろう、あと数人というところで板紙を渡された。名前、種族、所属、連絡先といった簡単な内容をあらかじめ記入して待つ。順番がきて、顔なじみの職員に板紙を提出する。


「登録と、あと口座の開設もお願いします」

「口座ね。それならこちらの用紙にも記入してちょうだい。終わったらこちらに血を」


 並べられた金属片三枚に、指先から血を一滴ずつ落とした。

 冒険者証と口座証、残る一枚はギルドが保管する照合証だ。


「成人、おめでとう。新しい冒険者を歓迎するわ」


 手渡された冒険者証は、孤児院との縁が切れ、家族のいないマユにとって、生まれてはじめて持つ、マユ自身を証明する大切なものだ。


「おい、マユ。こっちだ」


 感慨にふけっているマユを、ニヤニヤ笑いのブレナンが手招きしていた。


「嬉しいのは分かるが、おまえはまだ重要な手続きが残ってるだろ。ほら、金寄こせ」

「ドロボウ」

「違うっ。口座に金預けるんじゃねぇのかよ」

「……そうでした」


 身分証と一緒に作ったギルド口座に、大切な学費を預けなくてはならない。マユは口座証と、隠し持っていた現金を出した。


「ホントに腹巻きに隠してたのかよ」

「腹巻きじゃありません。ベルトです」

「腹に巻いてんだから一緒だろ」


 ブレナンはマユの目の前で硬貨を数える。小銀貨が七枚、銅貨が二十一枚、銅片が九枚、合計一万ダルだ。


「きっちり一万ダルか。これ全部預けるのか? 手元にいくら残してある?」


 財布の中を確かめさせろと迫られ嫌々見せると、ブレナンが呆れた。


「たった二百五十ダルかよ。飯代とか菓子代とか、実習用の素材にも金かかるんだろ。もっと手元に残しとけ」

「素材は採取しますし、お菓子もお昼代も稼ぐから大丈夫です」

「大丈夫なわけあるか。最初の二週間は稼いでる暇はねぇはずだ、いいからせめて一千ダルは手元に残しとけ」


 ブレナンは強引にマユ財布に一千ダル分の硬貨を戻し、九千ダルの預け入れ手続きを取った。口座証と同じ大きさの羊皮紙に、預け入れ日と金額が記入されている。


「ほら、入金完了だ。報酬受け取りのときに、口座入金か現金か選べる。一部現金の受け取りも可能だ。引き出し額によっては当日用意できねぇこともあるから注意しとけ」

「当日が駄目な額って?」


 来年の学費支払いで慌てなくても良いようにと問うたマユに、ブレナンはニヤリとして答えた。


「百万ダルだ」

「……そんな大金、稼げるわけないじゃないですかっ」


 コツコツ貯めたとしてもいったい何十年後だと、マユは老ギルド職員を睨みつける。


「薬魔術師様になるんだろ? それくらい稼げるようになってギルドを儲けさせてくれよ」


 呵々と笑ったブレナンは、マユの髪がくしゃくしゃになるまで掻き回した。


「マユ、またね」

「魔術学校、ガンバレよ」


 ギルド登録を終わらせたチェルシーとジミーが、弾けんばかりの笑顔で手を振って、他の新米たちと同様にギルドを駆け出していった。


「明日の準備とかあるんだろ、お前もさっさと学校に戻れ」


 掲示板を見に行こうとして止められ、そのままギルドを追い出された。あの様子では薬草を採取していったら、雷を落とされそうだ。ひとまず寮に戻り、エリカたちの予定にあわせることにしようと、マユは弾む足取りで大通りを歩いた。


   +


「やっと戻ってきたのね」


 出かけるときにちゃんと外出報告をしていたので、違反はないはずだ。なのに難しい顔をした寮監がマユを待ち構えていた。


「今すぐ第一面接室に行きなさい。そのままでいいから、急いで」


 バーサに急かされて寮に踏み入れることなくそのまま学校に向かう。事務室で声をかけると、すでに教師が待っているという。急いで第一面接室の扉を叩いた。


「失礼しま……っ!!」


 橙色に黄色に赤に青と、鮮やかな色のローブをまとった魔術師が五人、そろっていた。一人はヘイルスだが、残りの四人は知らない顔だ。だがローブの色の意味は知っている。青級は上から四番目、この街には二人しかいない上位魔術師だ。

 こんな大物たちに呼び出される理由も分からないし、見習いの自分が待たせたという事実も恐ろしい。マユはガチガチになった足を必死に動かして、なんとか面接室に入った。


「や……薬魔術科新入生の、マユです。お待たせしてすみません」


 深く頭を下げたマユは、上目遣いにヘイルスの顔色をうかがった。薬魔術科の教師の顔にあるのは苦笑いだ。叱責のために呼び出されたのではないと知って安堵した。


「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」


 唯一座席している初老の青ローブが、穏やかな笑みでマユに椅子をすすめる。他の魔術師は立ったままだ。一番下っ端の見習いが、教師らしき彼らを差し置いていいのだろうかと、視線でヘイルスに助けを求める。急かすように頷き返され、マユは覚悟を決めて腰を下ろした。


「実は君に入学式での新入生を代表しての宣誓を頼みたいのだ。ああ、私は副学長のジョルジュ、薬魔術師だ」

「副学長……」


 言伝でも、書面でも済む内容を、偉い人がわざわざ、しかもこんなに大勢で?

 その疑問が顔に出ていたのだろう、副学長は楽しそうに目を細めて言った。


「すべての選択科目を履修する生徒がいると聞いてね。新入生ではかれこれ二十五年ぶりだ。しかもわしと同じ薬魔術師を目指しておるというのだ、興味が湧いて当然だ」

「二年かけて全科目を履修する生徒はいますよ。今年も二年生の五名が、一年の授業にまじる予定です」

「だが一年で複数教科を選んだ者はいねぇぜ」


 黄ローブの女性が、眼鏡の縁を持ち上げながら説明すると、髪の毛と同じ赤い色のローブを着た男性が補足する。


「私たちもね、専科外の新入生の顔を見ておきたくて」

「入学後に声をかけると妙に目立つ。それはマユの本意ではないだろう?」


 前のめりになる橙色ローブの女性を引き止めながら、ヘイルスが彼らが名乗らない理由と明日の手順を説明した。


「入学式の最後に名を呼ぶ。そうしたら壇上にあがって宣誓し、誓約の書に魔力をそそぐんだ。かなりの量の魔力が吸われるから、今夜は夜更かしせずにしっかり寝ておくこと、いいね」


 明日の入学式やその後の準備で忙しいのか、教師と思われる面々は必要な説明だけを済ませると、マユが返事をする前に去って行った。


「こ……断わりたかったのに」


 どうも否と言わせないために全員で押しかけ、マユが狼狽えている間に伝達して断れないように逃げ去ったようだ。


「ひどい」


 肩を落としたマユは、事務室に退室を告げた後、図書室を目指した。どんな言葉で何を宣誓するのか、こっそりと調べようと思ったのだ。


「学校史にたぶん、記録されているはず」


 はじまりの日にまで図書室で勉強している生徒はいないはず。そう思っていたのに、先客がいた。しかも三人も。

 マユは薄く開けた扉の隙間から、学校史の棚で熱心に何かを探している彼らを観察する。

 一人はあのセリーナだ。いつもは取り巻きに本を運ばせたり、探させたりする彼女が、今はたった一人で調べ物とは珍しい。

 その向こうにいるのは魔道具科のグルグンドだ。話したことはないが、歩きながら本を読んでいるのを見かけたことはあった。とにかく勉強熱心な男子生徒だという印象がある。

 もう一人は確か錬金術科のデズモンド。直接話したことはないが、彼は貴族だ。魔術学校では身分による特別待遇は一切ないとされているが、食堂で見聞きした彼の言動は貴族そのものだった。危険回避を徹底したいマユは、彼を避けている。

 個性的な三人が何故、マユが目的とする学校史の棚の前にいるのか。様子をうかがっていると、彼らの声が聞こえてきた。


「宣誓の言葉は、毎年同じのようですわ」

「過去の宣誓は入試一位には限っていないんだ、これで誰が指名されるか分からなくなったね」


 これ以上調べる必要はないと、セリーナは学校史をバタリと閉じ、デズモンドが困り顔で息をつく。


「あら、わたくしたちの中から選ばれるのは間違いなくてよ。これまで必ず特待生の中から選ばれていましたもの」

「……いや、たぶん俺たちではない」


 自分が選ばれるに違いない、そんな自信に満ちた表情のセリーナとデズモンドとは裏腹に、グルグンドは小さく首を振った。


「式典の最後を務める役割を、事前に知らせもしないなんてありえないだろう。俺たちの誰も言われていないのだから、他の誰かだ」

「入試上位三人の特待生以外に、誰が相応しいって言うんだよ?」

「さぁな?」


 無駄な時間を過ごしたとばかりにグルグンドは立ち上がった。待て、と呼び止める二人を無視して扉に向かってくる。

 マユは慌てて扉から離れ、階段を駆け下りた。


「私、引き受けるなんて言ってないのにー」


 どうしてやる気のあるあの三人の中から選んでくれなかったのか。


「絶対に、面倒くさいことになる……」


 国内薬魔術師の、おそらく頂点である副学長と、明日からの専科担任となるヘイルスに向かって、心の中で激しく抗議しながら、マユは寮の部屋に逃げ帰った。


   +


 昨夜の夕食で、一年のはじまりと入学を祝う砂糖菓子が全員に振る舞われたのだが、マユはその味を覚えていなかった。

 動揺したまま部屋にこもり、手持ちの乾燥薬草を眺めて気持ちを落ち着け、十の鐘の鳴る前にベッドに潜り込んで嫌なことは忘れた。

 そして三月一日の朝がくる。


 


【マユのお財布】


前日の手持ち残高 10250ダル


本日の収支

  口座預け入れ  9000ダル


現在の手持ち現金  1250ダル



-------------------------------

第2章完結しました。


第3章は魔術学校一年目です。

連載開始まで少しお時間をいただきます。

準備ができましたら活動報告かSNSでお知らせいたします。

【第2章の人物まとめ】


最終話時点の年齢です。

※この世界では、誕生日とは別に、公的にははじまりの日に全員が歳を取ります。



マユ 女性

人族12歳(6月14日生まれ)/王都シェラストラル出身。冒険者。薬魔術師見習い。師匠なし(シェラストラルのカーラを破門?)。



◆学校関係/学生


エリカ 女性

人族15歳/サガストの貧民出身。栗毛の三つ編み。攻撃魔術師見習い。師匠なし。水の属性。水の槍、水の刃が得意。村の周辺は魔物も多く、冒険者に頼りきりで貧しいため、自分が攻撃魔術師となって討伐するぞと燃えている。


セオドア 男性

人族15歳/ナモルタタル街出身。金髪。攻撃魔術師見習い。師匠なし。いいところのお坊ちゃんだが、実家の束縛から逃れ冒険者として独り立ちしたい。火の属性。火の矢を得意とする。


フランチェスカ 女性 

人族12歳/リアグレン街出身。赤毛。魔道具師見習い。師匠あり(黄級魔道具師/祖父)代々魔道具師を輩出する家系の出身。両親の代に魔力保有者が生まれず、孫の代で唯一魔力を持って生まれたフランチェスカにかかる期待は重い。実家の魔道具店を継ぐことを当然と受け止めている。成績は優秀。入学試験は五位だった。


グルグンド 男性

人族14歳/特待生一人目。ナモルタタル出身の平民。ガリ勉系。魔道具師を目指す。師匠あり(白級魔道具師、高齢)。


デズモンド 男性

人族12歳/錬金魔術師見習い。特待生二人目。アレ・テタル子爵家三男。師匠あり(灰級錬金魔術師)。スペア以下の三男に与えられる余分な爵位はなく、騎士となって貴族に残るか、平民になるかしかない。彼は男爵のミシェルの出世を手本にして成り上がろうと、錬金魔術師を目指して入学した。


セリーナ 女性

人族12歳/薬魔術師見習い。特待生三人目。リアグレン商家のお嬢様。特待生は成績上位であるわかりやすい称号なので、金銭に不自由はないが辞退しなかった。良い良縁を得るため、薬魔術師を目指している。師匠あり(黄級薬魔術師)。



◆学校関係/寮監

バーサ 女性 

人族30代半ば/魔術学校寮監の1人。少しふくよか。


ケイシー 男性

人族30代後半/魔術学校の寮監の一人。神経質。


◆学校関係/教師


ジョルジュ 男性

人族76歳/青級薬魔術師。副学長。実質的な魔術学校の責任者。授業は持たないが、生徒の成績会議には参加している。


ヘイルス 男性

人族42歳/黄級治療魔術師(白級薬魔術師) 治療魔術・薬魔術を担当。黒髪、緑の瞳。


ダーグル 男性

人族38歳/赤級攻撃魔術師 攻撃魔術を担当。赤毛、茶の瞳。


スティアナ 女性

人族50歳/黄級錬金魔術師 錬金魔術を担当。栗毛、緑の瞳。銀縁眼鏡。


エラリー 女性

人族54歳/橙級魔武具師 魔道具・魔武具を担当。黒銀髪サラサラ、青い瞳。




◆学校関係/助手

アーシェ 女性

人族20代前半/魔法使いギルド職員/黒級薬魔術師/ギルト受け付け。実習の助手も務める。


ムルド 男性

人族20代後半/魔法使いギルド職員/灰級攻撃魔術師/ギルド受け付け。実習の助手も務める。


レット 男性

人族20代後半/魔法使いギルド事務員/灰級魔道具師/入学受け付け。実習の助手も務める。


ゴード 男性

人族10代後半/魔法使いギルド事務員/黒級魔道具師/入学受け付け。実習の助手も務める。


ニコラ 女性

人族39歳/魔法使いギルド職員/白級錬金魔術師




◆冒険者ギルド/他


ブレナン 男性 54歳/細マッチョの冒険者ギルド職員。副ギルド長。魔法使いギルドへの苦情窓口的な役割を担っている。


ジェイムズ 男性 73歳/細身。サットン男爵家の家令。お嬢様至上主義。ブレナンの依頼により、マユの保証人の書類を受け取り手配する。


チェルシー 女性

人族12歳 金髪。冒険者志望。ソバカス。


ジミー 男性

人族12歳 黒髪 冒険者志望


アービン 男性

人族11歳 茶髪 冒険者志望

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