暴露 (4)
カイルとタロスが簡単に場を片付けて去った後、訓練場にはノックスとアリアンの二人だけが残された。
ノックスは場外に置いていた上着を取りに向かい、汗で少し湿った袖を払うと、それを羽織ろうとした。しかし、その時──背後から気配を感じた。
「ねぇねぇ、ちょっと失礼!」
気づけばアリアンがすぐ後ろに立っており、好奇心に満ちた表情でノックスのシャツの裾をめくり上げていた。
「……おい。」
ノックスが反応するよりも早く、冷たい空気が背中に触れる。アリアンは目を丸くして観察していた。
「やっぱり!ずっと気になってたの、あの悪魔の翼ってどこから出てくるのか!」
彼女は興奮気味に言いながら、指で彼の背中をなぞり始めた。「普段服を着てると全然わかんないんだよね……」
「触るな。」
ノックスは苦々しげにため息をつき、手で彼女の手を払おうとしたが、アリアンは引かずにさらに腰のあたりを見つめた。
「ここ……」
彼女の指が腰にある微細な紋様に触れる。そこは、ちょうど翼が収納されている部位だった。
ノックスは観念したように、小さく魔力を注ぐ。淡い光が腰背を包み、やがて腰椎の両側から暗紅色の悪魔の翼が展開された。半透明の膜に浮かぶ紋様が、微かな光を受けて神秘的に輝く。
「わあ……本当に生えてきた!」
アリアンの目が輝く。彼女は翼に手を伸ばし、躊躇なく触れた。
指先はまず、腰の骨に近い部分に触れ、次に翼の膜へと滑る。しっとりとした皮革のような感触に彼女は感動し、思わず撫でるように手を動かした。
「へぇ……思ったより丈夫そう。これ、筋肉? それとも骨?」
「……やめろ。」
ノックスの体がビクリと震える。擽られるような感覚に思わず顔をしかめる。
「そこは……触るな。」
アリアンは気づかず、さらに触ろうとしたその時──彼女の指が敏感な部位に触れてしまった。
「っ……!」
ノックスが鋭く息を吸い、妙な声を漏らしそうになったその瞬間、慌てて翼を引っ込め、アリアンから距離を取る。腰に手を当てながら睨むように彼女を見る。
「何してんだよ。」
その声には、かすかな動揺が滲んでいた。
アリアンは全く悪びれた様子もなく、むしろ面白がって笑みを浮かべる。
「まさか、くすぐったかったの?」
「……」
ノックスは返す言葉もなく、シャツを乱暴に引っ張って背中を隠し、きつめに言い放った。
「勝手に触るな。次は許さない。」
翼をしまった後も、彼の背中にはさっきの感触がうっすら残っていて、不快というより、むず痒く落ち着かない。
だがアリアンはおかまいなしで笑い、手を背中に回して首を傾げる。
「わかった、わかった~。でも、あの翼、カッコよすぎでしょ? 触らずにはいられないって!」
「……」
ノックスはこめかみを押さえて深いため息をつく。これから先、アリアンの好奇心といたずら心には苦労しそうだ──
ノックスは何も言わずに上着を羽織り、袖を整えながらアリアンに視線を向けた。その目線は、彼女の手に握られた銃へと移る。
「その銃、どうだった?」
アリアンは手元の銃を見つめ、少しだけ戸惑いの笑みを浮かべる。
「これ……本当に失敗作じゃないの? めっちゃ強かったけど。まさかノックスが作ったなんて……」
「……ああ。」
ノックスはそっけなく頷き、続けて尋ねた。
「使いにくい部分はなかったか?」
「全然!完璧だった!」
アリアンの目が輝く。そう言って銃を丁寧にしまうと、名残惜しそうに彼へ差し出した。
「ほら、返すね。」
ノックスはその手を見て、軽く眉をひそめた。だがすぐに、平然とした声で言う。
「……返さなくていい。お前が使え。」
「え?」
アリアンが驚いたように顔を上げる。「これ、やっぱり……私のために作ったんでしょ?」
ノックスは一瞬黙ったが、否定はせず、ただ視線をそらして淡々と返した。
「そう思いたいなら、勝手にすればいい。」
アリアンは視線を落とし、手に残されたその銃を見つめる。そして、ふと微笑み、指先に力を込めた。
その微笑みには、どこか特別な意味が込められていた。
「ありがとう。」
小さく、でも確かに届く声で言った。
ノックスは何も返さなかった。ただ一言、「ああ」とだけ応じ、くるりと背を向けて歩き出す。
その背を、アリアンは嬉しそうに追いかけていく。足取りは軽く、頬には未だ消えぬ笑みが浮かんでいた。
◆ ◆ ◆
食堂の中は、学生たちの賑やかな話し声と、食器が触れ合う音が交じり合い、活気に満ちていた。窓から差し込む柔らかな陽光の下、ノックスは黙々とサンドイッチをかじり、周囲の喧騒などまるで関心がないように見えた。
向かい側に座るアリアンはフォークを手に、食堂の単調なメニューに不満げな顔でぼやいていた。
「ねえ、ノックス。」
彼女はフォークの先でノックスの手元のサンドイッチを指しながら、少し身を乗り出す。
「またそれ? 毎日そればっかで飽きないの?」
ノックスは顔を上げ、淡々と答えた。
「手間がかからない。それだけで十分だ。」
「……はあ、またそれ。」
アリアンは呆れたようにため息をつき、ノックスの隣に座っているカスパの方へ視線を移す。
「ちょっと、カスパ。あんたからも何か言ってやってよ。」
カスパは符紋関係の本を読んでいた。メガネの奥の目が反射して、一瞬彼の表情が見えなくなる。
「ノックスのやり方は理にかなってる。シンプルで効率的、時間の節約にもなる。」
「……二人とも救いようがないわね。」
アリアンは肩をすくめ、フォークを皿の上に置いた。
その時、食堂の入り口が開き、入口付近にいた学生たちがわずかに身を引き、入口の方を振り返った。
現れたのは、カイルとタロスだった。
カイルの金色の髪が光を受けて輝き、背中に折り畳まれた金属の翼が照明に反射して微かな光を放つ。その翼は完全には広がっていないものの、存在感は十分だった。
タロスはその後ろを歩き、その圧倒的な体格と牛の角が天井の照明に届きそうな勢いだった。一歩ごとに床がかすかに震えた。
彼らの登場により、食堂の空気が変わる。学生たちは自然と彼らを避け、何人かはトレイを持って席を立ち去るほどだった。
カイルの視線が食堂内を一周し、すぐに窓際に座るノックスを見つけた。
「見つけた。」
彼はそう言うと、タロスに目配せし、まっすぐノックスのテーブルに向かって歩いてきた。
カイルは椅子を引いて座り、金属の翼がうっかり後ろのテーブルにぶつかって、「ガンッ」と鈍い音を立てた。
「わりぃ、わりぃ。」
カイルは手を挙げて謝りながらも、笑顔のまま。誠意は感じるが、本気で悪いと思っているかは微妙だった。
テーブルにぶつけられた学生は黙ってカイルとタロスを一瞥し、そのままトレイを持って立ち去った。
「お前の翼、普通に凶器だな。」
カスパが本から目を離し、淡々とした口調で言う。
「まあ、慣れろって。」
カイルは肩をすくめた後、ノックスに向き直る。
「ここにいたのか。にぎやかでいいじゃん。今日のランチはどうだ? 口に合うか?」




