第45話 フォーリナーズ・リンク
「さぁて、もう治ったね坊や。
若い子は回復が早いわね」
「ありがとうございます。ジェーンさん」
ヒヅルの怪我もまだ本来であれば学生の齢。
彼の治りも驚異的であった。
「そうそう、あなたが気絶してる間の話だけどね。
あの中華ちゃんがよく来てたわよ。
モテモテねぇ、女からも男からも」
「男からも?」
「あっ、いやなんでもないわ……ふふ」
しかし、チョウが。
いつも美味しい料理を振る舞ってくれるし、マメな子なんだな。
「なら僕決まりました。最初が」
チョウを探すとしよう。
ジェーンに挨拶をし、基地内へ出て探し回る。
「しかし、どこにいるんだろうか」
そう思った矢先、地下壕迷路内で人の声が聞こえる。
「そうネ。心配しないでデ。
私いる、その限り安心しテ。
そっちは大丈夫?万事問題なく…?それなら良かったネ!
大丈夫、必ず帰るヨ!そうしたらもう」
「チョウ?」
ヒヅルが声をかけると、とっさに彼女は電話を切った。
「ひ、ひひはひひヒヅル?!
回復しタのね、嬉しい!」
……?なにをそんなに焦っているのだろう。
「どうしたの、誰と話してたの?」
「……えへへ、家族と話してたヨ。聞かれちゃったかナ」
わたわたとした様子で、心臓のどくどくとした音がここまで聞こえてきそうな程だ。
そんなに恥ずかしかったのだろうか。
しかし、そうか。家族に連絡入れてたのか。
ヒヅルには確かにもう連絡を入れるべき人達はいない。
けど、クルーの多くにはいるのだ。
皆いつ死ぬかわからないのだ。
こうして戦争の最前線にいる者の安否は、当然家族達からしたら不安だろう。
その気持ちを慮り、気遣って一報を入れるのは確かに大事なことだ。
「そっか、チョウは家族と仲良くて、そして優しいんだね」
「優しい…?」
そんな言葉を言われるとは思わなかったのだろう、ヒヅルの言葉にキョトンとする。
直後に目を伏せて呟く。
「私優しくないヨ。酷い女ネ……みんな買い被り過ぎ」
「そんなことないさ。
チョウがオペレーターとして、やってくれているからみんな連携が取れるんだ。
それにさ、ジェーンさんから聞いたよ。
よく僕の見舞いに来てくれたって。だから、さ」
照れているのか、はたまた居心地が悪いのか。
褒められ慣れてないような素振りをずっとしている。
「ヒ、ヒヅルは真っ直ぐ過ぎるネ……もう!
ところでヒヅルは何故連絡入れない?
そういうの見たことない」
ズキッ、と心のどこかが痛む。
彼女に悪気もないことは重々承知だ。
「僕の父母はね、戦争で亡くなっちゃったんだ」
「ご、ごめんなさい!無神経した」
咄嗟にチョウが謝る。当然の反応といえば反応か。
「いや、いいんだ。
それに最近、亡くなったと思った妹が生きてた。
それだけでも僕は希望なんだ」
安堵の表情へ変わる。
壁へ寄りかかってた手を、前で組む様子が可愛らしく映る。
「それは良かったネ!妹さんどうしたの?」
「……あの蛇腹剣のパイロット。それだった」
「!!!
違う、あれば妹さんじゃないヨ!」
即座にチョウは前のめりにヒヅルに詰め寄って言い返した。
黒黒とした髪が、目と鼻の先で香る。
「あ、だって。だって……本当に妹さんならヒヅルをあんな苛烈に殺そうとしない!
だから妹さんであって違う状態ヨ!」
確かにフィリスも言っていた。
『妹さんを、取り戻そう』と。
「ふふっ、ありがとう。チョウ。
やっぱり君は優しいよ。
ところでチョウの両親はどんな人なの?」
地下壕には外から入る冷たい空気が流れ込む。
足元がひやりと冷える感覚がした。
「私の両親はネ、母は台湾連邦の普通の主婦ヨ。
お父さんは……ほとんど記憶にナイ。
家のために、世界各国に行って一生懸命働いてる。
時には危険なこと、時には重過ぎる責任背負ってたこと、沢山あるネ。
でも寂しくなかった!
沢山の姉や弟に囲まれて支え合って、笑い合って暮らしてたヨ!
でもある日、敵が攻めてきて私のお家が無くなっタヨ……。
誰も死ななかったけど悲しかった、逃げるしか無かった。
もうそんな想いしないため、必死で勉強して。
そして今ここにいるネ!」
ヒヅルは大きなショックを受けた。
いつも明るくにこやかで、みんなの元気のために振る舞う彼女がそんな想いをしてたなんて。
近くにいながら背負っているものを知らずに戦っていた自分を恥じた。
「ごめん、気づいてあげられなくて」
「いいヨ!そんなこと、言わないと分からないネ!
私の方こそ辛いこと聞いた!ごめんなの!」
「いいんだ。君は、僕のことを気にして花を添えてくれた。それで十分なんだ。
それに」
ヒヅルが吹く風の寒さを吹き飛ばす、太陽のような笑顔でチョウを見る。
「互いのことを知れて、また少し歩み寄れた気がしたからさ」
その言葉にチョウは口角に笑みを浮かべる。
「歩み寄り……ネ。ヒヅルの言う通りかもしれないネ」
ん?今……微笑みの意味合いが違ったような。
気のせいか。
互いのことを知るのはとても大事だ。
人と人、その関わり合いは理解から始まる。
その日ヒヅルはチョウを少し理解した気がして、そして理解できないところを何故か心のどこかに覚えた気がした。
【ライナーノーツ】
1 タイトル元ネタ:「モンスターズ・インク」相互理解をテーマにした映画。




