第44話 歯車
自分の仕事が認められること、それは誰しも嬉しいことだ。
成果が目に見えて上がる。
誰かに感謝される。
世の中の助けになる。
それが小さいことでも、大きなことでも社会的役割を果たせたことそれそのものが自己肯定感に繋がるからだろう。
だが、自分が社会に対して果たせる歯車と、自分のやりたいことが一致する人間というのは、ほんの一握りである。
クニトモはその点
・ヒアリングを元に、メカ整備で自軍を支える役割
・メカニックとして技術を高め働きたいという想い
という両者が極めて高いレベルで一致した、稀有な例だ。
「うーん、飛べると言えば飛べるんだが燃費効率がなぁーあ……」
そんなクニトモは、マドゥ=クシャの前で頭を悩ませている。
「私の機体に何か御用ですか?」
「おぉ!お嬢ちゃん!いいところに来たねぇ。
ちょいと相談あるんだ」
背後から現れたフィリスに、クニトモが溌剌とした声を返す。
「構いませんよ。
私としても、愛機の相談をしたかったところです」
高貴な猫のような雰囲気を纏うフィリスの様子は、冷たい鉄の並ぶ格納庫には不釣り合いだ。
「ほう、それはヒヅル君のため、かね?
それとも、あの蛇腹剣の機体に負けたから?」
「……少しばかり口を慎むことを覚えてください、クニさん」
「へへへ……これはごめんなすって」
仮面の下で静かに感情を露わにするフィリスに対して、クニトモは形だけでも謝ろうとした。
「んで、相談ってのがだねぇ。
お嬢ちゃんの機体は『飛べなくはない』機体だ。
ただし武装が多い分、量産機のキャーシャより燃費は悪い。
加えてあんだけのエネルギー消費だ。
海の真ん中でエネルギー切れで〜す、海へ真っ逆さま〜、ってされても困るもんで。
不安から海上戦ではホバーに限定していた。
そこでなんだが……お嬢ちゃんは飛べる方が嬉しいかい?」
それはフィリスも課題に感じていた点だ。
「……私は。私はヒヅルの……いえ、みんなの助け、役割を果たせるなら飛びたいです」
「ふむ…本当にそれだけ、かな?」
クニトモの目が真っ直ぐにフィリスの心中も視る。
「君はあの専用機、イゾルディアとやらに2度押し負けている。
それが気がかりなのではないかい?
なんでもいい、お兄さんに言ってみなされ」
いつになく鋭い言葉が、突き刺さる。
その通りなのだ、フィリスの中では形は得ずとも何かもやもやしたものがあった。
それを的確に言葉で形にされたのだ。
「洗脳……なんです。
あの機体には、ヒヅルの妹さんがいて。
あの人がいると私、ヒヅルの心が乱されないか不安で。
だから私があれをおさえなきゃいけないくてそれで……でも」
私はどうしたのだろう。
「でも、感じてしまいました。
あの子、メアリーにも勝てないのに……私は自分の任務を全うできるのか?
そんなことばかり思っています」
ふむ、とクニトモは顎に手を当てる。
「知らないよ、メアリー。
でもね、ありがとう。
ヒヅルくんの心の安寧のためにも、彼女を制さねばならない。
けれどその子に勝てないことで、力になれていないと感じた上に、ひいては自分に自信が無くなってしまった、そんなとこかな」
クニトモは一呼吸づつ整理して語りかける。
彼の開くモニターに少女の乗機が鈍い光と共に映し出される。
「結論から言うとだね。
君の敗因は簡単だ、間合いや機体出力だねぇ。
あとは乗機への理解。
これらが悪い噛み合いをしている。
データから見る反応速度や、運動性能はまぁ〜見積もってお嬢ちゃんの方が10%ほど優っている。
一方、マドゥ=クシャは量産型のカスタム機。
パワーでは専用機には劣るし、なにより相手は中距離かつ軌道の読みにくい蛇腹剣。
『素早く敵の懐に飛び込み、そして切り裂く』がコンセプトのキャーシャシリーズでは、敵の性質上潜り込めない。
海上という平面的な空間ではなおさら、ね。
潜り込んでも、パワーで押し切られる。
だから、仕方のないことなのさ」
フィリスはクニトモの言葉に耳を傾け、頷きながら悩みをゆっくりと、正直に打ち明けた。
「クニさんの言う通りです。
あの機体の特性には、私の愛機は対処しにくい。
でも、私はそれを超えたい。
超えていかなければならないんです」
少し熱が入ってしまったことに、彼女自身ハッとしたようだ。
クニトモは頷きながら、真剣な目をして答えた。
「君のその焦り、果たして自分自身の限界を感じているからかもしれないねぇ。
しかし、その限界は本当に君の限界なのかい?」
「……分かりません」
フィリスは考え込んだ表情を浮かべてしまった。
「だから、僕は提案したんだよ。
『飛びたいか?』ってね。
僕もどーなるか正直それはわからない。
けれどもね、空間的な戦い方が出来るようになるその選択肢自体は君の可能性を広げるよ?」
クニトモの目がきらりと光る。
悪い提案ではない、のかもしれない。
ただ、フィリスは聞いていないことがあった。
「飛べることによる、デメリットを私は聞かされていません。」
「はぁーあ、そこを聞かれるとは」
やっぱり。食えないあんちゃんだ。
「風力エンジンと推進剤を追加で積む関係上、運動性の有利が少なくなる。
つまり、己の機体を知り尽くした方が勝つことになる。
その覚悟が必要だねえ」
狙わずして2人は同時にマドゥ=クシャの方を見上げる。
鉄面皮の彼女は、遥か足元のクニトモを見返さずに佇む。
「心配ご無用。
私は、この子をもっと知り尽くして見せますわ。
猫一匹飼い慣らすぐらい、うちのお屋敷では当然のこと。
やってみせます。
そして」
フィリスは前を向く。
「あなたの腕を、信じています」
クニトモはニヤリとしてしまう。
「それが聞きたかったねぇ。
僕も君の戦果と成長を信じてるよ」
既に互いの信頼は、よく噛み合っていた。
自分の腕が、仕事が、認められること。
それは誰しも嬉しいことなのだ。
ライナーノーツ】
1 タイトル元ネタ:「歯車」 芥川龍之介の最後の小説。作家人生の不安がありありと書かれた名作。
ですが彼らに不安は、無縁かもしれませんね。




