第38話 道化師が笑う頃に 前編
壁にずらりと並んだ古書の数々。
デスクには地球儀と山のように積まれた書類。
赤色にゆらゆらと点灯するランプ。
シードルの執務室には、古典的な書物が落ち着いた雰囲気を漂わせていた。
世界地図には勢力図と軍の配置がされている。
新たに届く情報の波をより分けながら、シードルは目を瞑って考えに耽っている。
「シードル様、アプフェルです。
ラインハルト中将の戦局についてご報告です。
交戦より一ヶ月、少数部隊にて定期的に侵攻をし、少しづつ戦力を削っている模様。
ですが、未だ落とすに至らずといったところです」
メガネを外し、アプフェルの方へ目をやる。
グラスチェーンに揺られて細く冷たいメガネが胸元へぶら下がる。
シードルの表情は凛としたもので、状況を静かに受け止めている。
「ラインハルトは順調のようですね。
ある一点を除いては」
「順調、とは……ひと月の時間を使って互いの戦力を少しづつ削っただけでは」
静かに微笑み、立ち上がる。
動きに合わせてランプの火が揺らめく。
「彼は相手の戦力差を探っているに過ぎません。
その上、九重軍は離島の伊忌島には多い回数の補給は不可能。
敵の疲弊は時間の問題です」
「そ、そういうことでしたか……思慮浅く申し訳ございません」
アプフェルが頭を下げ、軍服の勲章飾りが揺れる。
「敵もFSの開発速度を上げてる今、あなたの時のような力押しは通用しないのですよ。
力で押せばその力、私達に手痛く返ってくることになります。
その一端が、既に敵の空戦機に現れ出でてます」
勢力図で伊忌島上の赤い駒の横に、クィーンをひとつ足す。
「アマテラス、パイロットのヒヅル・オオミカ。
彼の幾度かの戦闘データは明らかに特異的です。
例の太極図システムが彼を補強しているのか、はたまた彼の素養が優れているのかは分かりません。
ですが、土壇場での彼らの反射速度や判断能力は1年ちょいの軍人ではありません」
アプフェルが目を見開き、顔を上げる。
「つ、つまりシステムの完全適合者というわけですか?」
「可能性は高い、ですね」
シードルが背を向ける。
「ですが、幽閉・管理下においた亜人……管理ネームはなんでしったっけ」
「"ゼロワン"ですか」
「そうでした、そうでした。
ゼロワンも回収されたシステムとの適合は100%でしたが、シミュレーション結果はヒヅル・オオミカの足元にも及ばない。
どこに差があるのか、が不明ですね」
そう呟くシードルの目には、ずらりとならぶ古書が映り込む。
「その答えは」
その瞬間、執務室の扉が開き1人の男が入ってきた。
「その答えは、私の中にありますよ。
ジュゼ=フ・シードル最高司令官補佐」
シードルが振り返ると、そこには。
ランプの火を眼鏡に煌々と反射させた、シキの姿があった。




