第31話 イビル・アイΛ(シグマ)
海、と言うのは神秘そのものだ。
人間がどれだけ技術を手に入れようと、大自然の真理を得ることはないだろう。
対して、人とはなんと小さく単純なものか。
感情を持ち、複雑な生き物に見えても、それは幻想だ。
この世の生物と言う道理に生きる限り、結局は大自然の一部に過ぎぬ。
故に、難しいことを考えようと無駄なのだ。
そんな奴とは"波長"が合わない。
もっと、もっと原始的に生きること。
それこそ、人間らしく生きることなのだ。
「だからこそ、俺は原始的衝動にウズウズしてんだよ」
ヴラドミール・ラインハルトは艦上のドックから青く昏い水平線を見つめ、呟く。
銀の混じる白髪。
粗雑に掻き上げられたウルフカットのオールバック。
そして老獪さを含んだ、胡散臭い目つき。
そんな見た目の『極北の狼』に、首輪を付けられた梟の様な亜人が報告に来た。
「ラインハルト中将、追加の人員2名が到着いたしました」
「あいよフクロウ、ご苦労さん。
じゃあーこれであのチンケな島をぶっ潰す面子は揃ったワケ、だ。
そいつらを入れな」
「ハッ。お入りください」
フクロウ、もといオールアイ・ヴィンヤーズはオドオドとドアの向こうへ話しかける。
ガチャ、とドックの扉が開く。
「エムル・V・ブラダガム、並びにメアリー・ブルーオード。
着任いたします」
「これはこれは皇太子様。
辺境の地への活路を拓いてくださったご本人様自らが、この部隊への配属とは……このラインハルト光栄の極みでございます」
慇懃無礼な態度で、ラインハルトは頭を下げる。
その態度がエムルにとっては鼻につくものだったらしい。
「心に思っていないことを言えたものだ、ラインハルト中将!
父上の命が無ければ、貴様のような男の下などに!」
「おっとぉ、いくらなんでも皇太子様々とは言えそれはいけねぇなぁ?」
頭をゆっくりとあげ、ぎらりと光る眼でエムルをじっと見る。
「皇太子様よぉ、何を勘違いしてるか分かんねえが。
ここの指揮権、トップは俺だぜ?
俺が上、お前らは等しく下だ。
勝手な行動も、理念もあっちゃあ困るんだよ。
波長が合わねえなら、お城に帰っておねんねしてな」
神経を逆撫でする言葉。
それをきっかけにエムルが現上司に噛み付く。
「き、貴様!俺は果たさなければならない使命がある!
それを果たすために、父上に貴様達を与えてもらっただけだ!!」
ドックに緊張が走る。
部隊員には、分かっているのだ。
『これだけの無礼を働かれ、ラインハルト中将がただで済ませるはずがない』
ということを。
しかし、当の本人は違った。
「ハハハハハハァ!!!
偉ぇ人でも所詮ガキだな、なーんも分かっちゃいねぇ!
絶望的になあ!
そこまで暗愚だと愉快だぜ。
聞いてるぜ、お前負けたんだってなぁ?なぁぁぁ??
どうせ、使命とか言って自分に泥塗った敵をよぉ、ぶちのめしたいとかそんなんなんだろ?
しかも専用機を与えられて。
無様で不幸で?
絶望的なシチュエーション。
最高の蜜が、俺んとこに来ちまったなぁーーーあ??」
ラインハルトは、更に感情の波を逆立てる。
「俺が無様で不幸だと?
馬鹿にするのも大概にしろ!
俺は栄誉ある騎士となり、父上に認められることこそ使命。
だから多くの戦功をあげなければならない!
それにヒヅルに負けたのではない、俺はまだ戦えた!」
握り拳をわなわなと震わせ、大声を出すエムル。
一人で勝手にキレ散らかす彼の姿は、傍目には滑稽に映るだろう。
「ダァーーーッハッハッハッア!!
尚のこと愉快だ!!
パパに見てもらえないから、当たり散らしで人殺し。
独りで突っ込んで?
その"ヒヅル"とか言うのに負けて?
絶望に打ちひしがれ?
ザマァねぇな。
馬鹿の一人相撲に付き合わされるヒヅル君は可哀想でちゅねぇ?
理解できまちゅかー?」
「!!!!!!!」
とうとうエムルが手を出した。
震える拳を一直線にラインハルトにぶつけに行く。
しかし、ラインハルトは動きもせず、腕を掴みそのまま地面へ取り押さえた。
「ここが戦場のど真ん中なら、お前は頭吹き飛んでんぜ?
弱え、絶望的に弱過ぎる。
てめえの"りねん"も"ちから"も。
もっと周りと仲良〜く、プリミティブに戦場を楽しむことを覚えな」
腕を離すと、転がるエムルの脇腹に蹴りを入れる。
しかし、エムルは頑なだった。
ぐっ、と小さな声をあげるエムルは再び飛びかかろうとする。
「ラインハルト中将、失礼しました」
が、その様子をメアリーが制した。
「おぉ?物分かりのいい嬢ちゃんじゃねえな。
ガキのうちから可愛い恋愛をしておいでですな?皇太子サマ?」
(ん?コイツはどっかで見たような顔だな……?気のせいか?)
心に波紋のように広がるこの感覚は、一体なんだろう。
ラインハルトには少し気掛かりであったが、気のせいと思うことにした。
「我々は与えられた部屋で、出撃まで待機いたします。
案内していただければ幸いです」
「ハァン、素直な女はいいねえ。オジサン惚れちゃうね。
フクロウさんよ、こいつらの愛の巣を案内してやりな。
巣作りなんて楽勝だろう」
「は、ハッ!」
ラインハルトとエムルの取っ組み合いに、ただオドオドとしていたオールアイが2人をドックから連れ出した。
「ふぅ、全くとんだホビーが増えたな。
さて、ついでに全員に通達しておくか」
全艦に通達されるチャンネルを淡々と開き、マイクに向かう。
「えー、我が艦隊全員に告ぐ!
時は来た!
我々はブラダガム帝国がもっとも、攻めあぐねていた拠点の一つへ赴く!
それは諸君も知っての伊忌島。
我々は明日本格的に侵攻・制圧する。
んでよお、お前らが戦う理由はなんだ?
理想か、使命か、平和のためか?
ケッ、馬鹿馬鹿しい。
戦争や人殺しなんざ、原始的な生物の生存競争そのものよ。
意味を考えるくらいなら、殺しを楽しんでから死にな!
感情なんてもんはねぇ。
ただ作戦立てて効率よく、プリミティブに狩りをしろ。
これが俺の1番の命令よ。
だからこそ、この艦隊に上下はあれど差別はねぇ。
人も亜人も関係なくみんな平等。
平等ってのはどういうことか?
平等に価値なんてねえってことよ。
価値って言葉もなあ、人が作った感情的な概念。
殺しには必要ねぇ!捨てな!!
同じく敵の命も平等に価値はねえ!
だから殺しに戸惑う必要もねえ!
っちゅう訳で、明日からみんな楽しめ!
絶望的で愉快な狩りをしようぜ!
以上だ!」
オォーッ!と艦隊のあちらこちらで士気があがる。
「ま、殺る気をあげる波立ては必要だがな」
ニヤリと大きく笑い、小さい声でラインハルトが呟く。
時を同じく、格納庫でラインハルトの演説を聞くパイロットがいた。
少女だろうか。
見た目は人だが、耳と尻尾がついた猫のような亜人だ。
「にゃはん!ワクワクするね、この戦争…!」
真っ赤な猫目が月明かりを反射してギラリと光った。
伊忌島の戦いが開戦する前日の夜であった。
【ライナーノーツ】
1 タイトル元ネタ:東方旧作キャラクター「イビルアイΣ」より。
イビル(悪)、いびる(いじめる)の掛け言葉
Λ→「波長」を表す記号。アルファベットの「L」
ラインハルトの「L」
2 キャラクターについて
・オールアイ・ヴィンヤーズ→ホークアイ・ヴァインヤード。お酒。
鷹からフクロウにチェンジ。




