第30話 紅色ディファレンス
ヒヅルが身体検査を受ける前日のこと。
艦長室のデスクには、父母と愛犬と共に映るミランダの写真がある。
こざっぱりした、無機質な部屋だ。
その灰色の無機質さの中で、ミランダとジェイは相対している。
「これが、ヒヅルとアマテラスの戦闘データだそうだ。
艦長の目には……どう見えるかね」
タブレットには、ヒヅルの戦当時の呼吸からアマテラスの反応速度まで事細かに記載がされている。
その数値が、ミランダの紅瞳に反射する。
端正で真剣な面持ちのまま、ミランダは低く言葉を発する。
「尋常ではない、と言うのが私の第一印象だ」
フム、とジェイが小さく唸る。
「ある瞬間を境に、機体の反応速度が跳ね上がっている。
通常、『機械操作』というのは "思考→判断→操作→挙動" のようにプロセスを幾つも踏む。
考えてから機械が動くまで絶対に時間差が生まれるはず。
それが、まるでヒヅル君の考えたままにタイムラグも無く、アマテラスが動いている。
こんなことって…あり得ない」
「だが、艦長。
あり得ないことが起こっておりますぞ。
その上で、彼の思考速度自体も、常人ならざる域……火事場の馬鹿力と言ってしまえばそれまでですがな」
ジェイはソファにゆっくりと座りながら、膝をつく。
「更に言えば、アマテラスの出せる最高速度の理論値を5km/h超える瞬間速度も計測されておる。
ワシの長い経験でも、こんな挙動は初めてだ」
ジェイが何を示唆したいのか、彼女は即座に理解ができた。
「……彼には『特別な力』があると?」
「もしくは機体に……いや、あるいは両方。
機体側の履歴を確認してください」
即座にタブレットのページをめくる。
「パイロット適合率 118%……ジェネテックコード『Fragments “AL-VANA”』?
一体これは……?」
動揺を隠せず、タブレットを持つ手が微細に振動する。
「結論から言うと不明、ですな。
もしかすると、開発者……シキ・ヤサカがオリジナルの太極図システムに遺したブラックボックスかもしれませぬな。
事実、量産型の太極図システムは、一部機能を簡略化して漸く万人が扱えたと聞きます。
ま、我々にはまだ情報が少なすぎる」
彼女達が真相を解明するのには、あまりにも情報がない。
オリジナルの太極図システムとは?
ヒヅルが適合した理由とは?
"フラグメンツ アルヴァーナ"とは?
わからないことが多すぎるのだ。
「すぐに、ヒヅル君の身体検査を実施します。
脳波やDNAを中心に検査して。
次に、太極図システムは開発者のシキ・ヤサカにコンタクトをお願い」
情報収集。
やると決めたら、ミランダの判断早い。
「フッ、ワシの見立て通りの女傑ですな。即座に手配します。
併せてこの件のカンナギ隊への周知は?」
一瞬顎に手を当て、彼女は考えた。
「今は、伏せておいて。
彼に依存にした戦いに甘えてしまう……そんな気がするわ」
「了解です。では、ワシはこれで。
あぁ……それと」
部屋を出る前に、ジェイが立ち止まりミランダの紅瞳を振り返る。
「?どうしたのかしら??」
「最後の質問だけ、ワシと艦長で意見に差が出た、と思いましてな。
その優しさ、見習いたいものです」
_______。
数日後、ミランダの元にはジェーンの解析結果が届くこととなった。
「はぁい、これがデータの一覧よぉ艦長さん」
ジェーンは妖艶な足取りでデスクに近づきファイルを静かに置く。
「ふむ、ありがとう。結論は?」
「あら、そんなに知りたいの?せっかちさんね」
にやにやとしながら焦らしている。
「人で遊ぶでない。『報告は結論ありき』だ」
キリッとした目元が、ジト目のしらけた顔になる。
「その幼い可愛い表情、いいわねぇ。
特別に教えてあげるわ。
一言で表すと……『分からなかった』わ」
「わ、わからない……?」
ズコッ、と肘を滑らせながら、ミランダの帽子がズレる。
小さな、ぷにとした手のひらでミランダが帽子を直す。
「だってぇ、今私が持ってる比較サンプルはカンナギ隊の幾数人……比較対象が少なすぎて難しいわ。
なんなら、伊忌島の軍人さん達のデータも採取してみるかしらね」
「待て、と言うことは一目見て分かる違いは存在しないということ?」
その一言にジェーンの目が眼鏡の奥からキラリと光る。
ミランダの顔を覗き込み、
「あらぁ、そこに気づくとは流石ミラね。
その通り、ぱっと見は普通の"人間"よ」
と満足げに語る。
艦長の眼前には眩しい立派な双丘が広がる。
実は、ミランダからすると報告内容は、少々アテが外れた気分だった。
人によってシステムへの適合率に差がある、つまり個人差があると言うことだ。
個人差を生み出す要因、と言えば遺伝子やDNAだ。
例えばジェーンとミランダ自身の"体の凹凸の差"は遺伝的要因による差だ。
…………分かっていても悔しいが。
とにかく、遺伝子的要因こそヒヅルを特殊たらしめる回答だ、と思考していたのだ。
「そうか、そうなのか。
彼が特異な可能性はまだ不明瞭、か。
そうなると残るはシキの回答に賭ける形になるな」
ミランダは腕を組み椅子に深々と座り直した。
額には皺を寄せている。
「そんなに皺を寄せるとあどけない可愛さのある顔が台無しよ?
私は私で比較対象増やすわ、結構時間かかるからよろしくねぇ〜、それじゃあ」
艶かしい腰つきでドアに向かうと、パタンという音を立ててジェーンは部屋を出ていった。
ミランダの中には2つの謎が残った。
1つは、ヒヅルの能力に関する謎。
そしてもう1つは。
なぜ自分が、年下のジェーンに大人の色気で圧倒的に負けているのかだ。
『ライナーノーツ】
1 タイトル元ネタ:ディファレンス→コナカが提供するオーダースーツプラン。
「difference」=違い、差。
紅色は語感だ、気にすんな。
「指先チョコレイト」みたいな語感にしたかった。
ミランダの瞳に映る違いそれそのもの。




