第26.3話 変わらなかった日常に
毎日が変わらなかったウォルノ少年の前に、ヒト型アンドロイド「プルメリア」が編入してきた。
彼はそれでも気にも留めなかった。
だが、プルメリアは彼に対して声をかける。
プルメリア、と名付けられたアンドロイドが来て1ヶ月が経過した。
天然にも映る、自然なコミュニケーションのその様子。
それを機械とも分からないので、クラスメイトとしては受け入れられていた。
周りからしたら、何も変わらない日常がだらだらと続いているのだろう。
「ケッ、合成が、ヒトに迎合される時代かよ」
だが、ウォルノは違った。
受け入れることと、浮いてはいないことは話が違う。
それを微細に感じ取っていた。
受け入れられてはいても、馴染んではいねェ。
授業に出ても、機械ゆえの頭脳。
俺達と全く同じにはなれねェよ。
……”俺達”ってなんだ?
曇り空の下、華散る桜の木の上で、少年は独り考え込む。
それは人か、亜人か。それとも両方か?
人間の姿に、心はレプリカのプルメリア。
人間らしからぬ姿に、心は本物の俺。
周りと同じになれねェのは果たして?
いつから俺はそうだったろうか、周りからしたら俺のほうが……。
「そこで何をされているのですか?」
急に、細くも通る声をかけられて、木から落ちそうになる。
下を見ると、プルメリアがウォルノの方をまっすぐ見ながら立っていた。
「貴方が授業に出ていた回数は、私が来てから10回未満です。
学校生活の基礎的な規範に反しています」
「うるせェな……俺はあいつらと一緒にいたくねえんだよ。
勿論あんたともな」
プルメリアは首を傾げている。
「私が貴方と会話をしたのは今日が初めてです。
貴方が不快になるには要素が足りません」
「だあああァァァ!これだから作りモンはよォ!」
木から飛び降りてプルメリアに吠えかかる。
「俺はなああァァ!単純にアンタが嫌いなんだよ!
機械のくせにまるで人間みてェな喜怒哀楽で、血の通ったような!
気持ちの悪ィ!」
堰を切ったように、腹の底にあった感情が罵り言葉として口から出てくる。
それでもその様子を見たプルメリアは微笑むのだった。
「ウォルノさんは素直だったり、ちょっと嘘ついてみたり、表情豊かだったり、とても人間らしいのですね」
人間?
こいつ、俺を人間と思ってくれたのか?
何気ない、純粋な言葉ことばにウォルノの心は揺れゆれ動く。
「ハァン、そうかい。
そりゃあ、ありがとよ。
ってかいつ俺が嘘ついたってンだ」
ツンケンするウォルノにまっすぐに微笑んだまま、プルメリアはウォルノに問いを投げかける。
「ある飼料をNaOHとともに加熱したらNH3が発生しました。
この実験により検出される成分元素はなんでしょうか?」
化学とさっきまでの話が繋がらねェ、何言ってんだこの女。
「そんなン簡単じゃあねェか。
酸化還元反応でNH3が出てんならN、窒素だろ」
いとも容易く即答をしてしまう。
だが、それこそプルメリアの罠であった。
「有機化学化合物の指導内容はまだまだ先の授業です。
あなたがクラスに顔を出さないのは、確かに相容れないからでしょう。
ですが、本当は授業が簡単すぎて暇なのも理由。
それを隠してた、というところで嘘をついてたと表現しました」
か、可愛くねェ〜〜ッ!
この女、一丁前に俺にカマかけやがった!!
同時に自分の心を見透かされたような気分になり、ウォルノは急に恥ずかしくなってきた。
それでも目の前の君は問い続ける。
「私は人に近づくため、人を理解するため作られたアンドロイドです。
私の思考、私の発言、それらは確かに作られた中の限られたものかもしれません。
それでもあなたは私の心を、私のことばに価値は感じ得ないのでしょうか?」
凝っとしながらウォルノは考える。
なんなんだよ、俺の上っ面しか見ねェ奴らよりコイツの方が俺のことを、俺の心を理解してるじゃあねェか。
校舎のクラスを親指で指差す。
「面白れーじゃあねェか。
アンタは、あんな箱の中の天然モノより、本物らしい心だと思うぜ、俺は」
金色の瞳を見つめながら、その少女にウォルノは格好つけたように語る。
「ふふっ、光栄です。
ウォルノさん」
眩しい笑顔でプルメリアは応答を返す。
「あとな」
ウォルノが続ける。
「さん付けも敬語もナシだ。
俺たちは一応クラスメイト……だろ?」
「いいえ、友人です」
プルメリアの思わぬ返答に、ウォルノは少しだけ。
ほんの少しだけ忘れていた温かい気持ちを思い出した。
先ほどまでの曇り空は、少し晴れ間が見え始めていた。
【ライナーノーツ】
1 タイトル元ネタ:汎用合成クラスメイト:宇佐見05号
歌詞の「何もかも変わらぬ日常に 全て曖昧な認識に」
から拝借。




