第82話 サイレント・コード
カンナギ、ブリッジ。
いくら修理のため本国へ停泊状態にあるとしても、特務隊である以上彼らのみにむけた通信が入るかはチェックしなければならない。
何より敵も攻めてこないとは限らない。
日の本地区南部では未だに軍事侵略と交戦中との報せも入ったばかりだ。
よって、ブリッジを空にすることは許されることではない。
「よう、チョウのお嬢ちゃん。
今回は僕が変わろうかねぇ〜、って居眠りはしてなかったかい?」
クニトモが気楽な声でチョウに交代の声をかける。
「んーーっ、お疲れ様ヨ!居眠りなんて!ちょっと、ボーッとしてたくらいしか」
目線を逸らし、モゴモゴとチョウが答える。
こら、と一言小突きたいところだがお説教は後ほど。
「おいおい、俺の弟と同じ言い訳たぁねぇ。
まぁ次気をつけてくれりゃいいさね」
「弟さんいるネ?私もお姉ちゃんがいるヨ」
クニトモはふと疑問に感じたことに気を取られた。
考えてみりゃあクルーの家族関係とかよーく知らないもんな、そりゃあそうかそうか。
顎をさすり、空を見つめる。
互いの自己紹介などせぬまま、ここまで来たのだ。
そんな時間はない極限状態から解き放たれると、ふと当たり前のことも情報交換していないことに気付かされる。
「はぇ、そうなんかい。意外だねぇ」
「いるヨ!えへ、実はネ……直接血は繋がってないけど、それでも大事な大事な家族ネ!
すごく近くて、1番遠い人ヨ!」
心の中のしこりが目覚め、つい押し黙る。
誇らしげに語るその様子は、兄弟不仲だったクニトモには少し羨ましいものだった。
空の青さを弟と眺めたことがあっただろうか。
両親の適切な距離、愛情は理解はできるのだが、それ以上のものをどうしても家族の中で持つことはできなかった。
「……そりゃあ大切にしないとな。
さて、交代するよ、と……ん?秘匿回線へ不正な通信だと!?」
「そんナ、こんなの知らないヨ……」
クニトモとチョウに緊張が走る。
秘匿回線は複数種類、共和国内に存在するがわざわざカンナギに向けたものというのは不審だ。
「発信元は不明、か。
通信内容は複雑に暗号化されてんねぇ〜面倒なこって!
解読やっとくから、チョウはすぐに艦長へ連絡してくれ!」
「アイヨー!」
元気にチョウが髪を揺らしながらブリッジを飛び出して行った。
高度な暗号化、ということはバレたらまずい通信か。
わざわざこのカンナギへと、一体誰が?
それを読み解こうにもここまで高度だと……。
クニトモの額に汗が滲む。
程なくして艦長はじめカンナギクルーが駆けつけた。
伊忌島の時とは違った緊張の色が見える。
無理もない。
この艦へのアクセスが可能というのはセキュリティの問題が考えられるし、こちらの情報が筒抜けになっている可能性もある。
「保存された暗号通信は多少解析できたんだけどねえ、、こりゃあねえ難しいよ君たち?
僕にもさーっぱり読み取れないときたよコレ」
「クニトモ、場所だけは探知できたとのことだが」
「おぉ~い艦長ぅ。送り主は相当に頭いいよ?
いくつも地点を経由して、どこからどこへ繋いでるのか分かんなくしてる
馬鹿に厳重じゃないの」
調べるほど謎の多い通信に、誰もが手をこまねいている。
暫しの沈黙ののち、ジェイが口を開く。
「知識レベル的には中産階級、いや上流以上。
そしてカンナギの秘匿回線にアクセスする必要のある人間。
短期的な通信ではなく繰り返しであること。
以上を鑑みるに伝えたいことがあると見える。
いずれにせよ、読むことができればいいのだが……」
「キャッフェ」
ぼそりとウォルノがその甘ったるい名前を口にした。
自分でも何故思いついたかわからないのだろう、口にしながらちょっとだけびっくりした様子だ。
「いやァな。思いつきの勢いで語るぜ?
隠密やってたってんなら、読めるんじゃあねェか?
なんなら貢献してくれたら、捕虜扱いもやめてやるって言えばよォ〜」
……。沈黙が流れる。
時の流れが止まったかの如く、誰1人としてぴくりともしない。
ただただ皆一様にウォルノを見つめている。
「な、なんだよ。俺まずい事いっちまったか?」
「明暗がくっきり分かれる名案かもしれん。それで行こう」
……。再び沈黙が流れるのであった。




