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パンゲア王国の異端児譚  作者: 霧ヶ原 悠
第一章  意味を持たないことに、意義は見出せない
1/21

 パンゲア。

 それは、この世界唯一の大陸の名にして、唯一つの国の名である。

 四百年の昔、英雄王シオン・イルミナによって統一された。それには、『アヴァターラ』の存在が大きかったと伝えられている。

 アヴァターラとは、己の分身体のことである。英雄王は、歴史上初めて召喚に成功した人物なのだ。以来、人類はアヴァターラを人生のよきパートナーとするため、必ず召喚するようになった。

 そして研究は進み、男性は必ず〈アニマ〉と名付けられた女性形のアヴァターラを、女性は必ず〈アニムス〉と名付けられた男性形のアヴァターラを召喚するとされてきた。


 ところがここに、男の身にして〈アニムス〉を召喚した少年が登場する。

 彼は〝ホモデメンス〟と呼称され、王都の研究機関の監視対象となった。


  ……溶ける。

  深く、深く、深い。

  ゆっくり、ゆっくり、自分の体が沈んでいっているのが分かる。

  音も光も全くない。

  ゆったり、ゆったりとした波動だけが、自分の体を包んでいる。

  そこはまるで、生けるものを拒む深海のようだった。

  自我を持ちながらも、それが徐々に薄れていく感覚。

  どこまでも、どこまでも、たったひとりで落ちて、沈んで、やがては溶けて。

  そして自分で分からぬうちに、自我は消える。

  これが——


 「起きたまえよ、アッシュ・ディーストンくん」

 耳元で少々大きすぎる声を出されて、青年と呼ぶにはまだ若いが少年と呼ぶには成長しすぎた、微妙な年頃の男がハッと目をあけた。

 彼の前には、白衣を着て髪を後ろになで上げた壮年の男が一人。横には、それより幾分若めの男が一人座っていた。

 ここは、パンゲアの真ん中に位置する王都へ向かう列車の中だった。

 「ふむ。長旅で疲れてしまったかな? 君の家を出てから駅まで送迎車で五十七分三十三秒、列車に乗るまでは五分二秒、列車に乗ってから八十七分十九秒後に就……「うるせえよ。そんなもん、いちいち声に出さなくったって書けるだろ」

 吊り気味の灰色の目をさらに細めて、アッシュと呼ばれた男は目の前でノートを広げる壮年の男を睨んだ。

 「おや、気に障ったかな? それは失敬。ただ、これもこちらの仕事だからね。我慢してもらえると助かるよ」

 気持ちなど欠片もこめず、口先だけで謝った壮年の男は、ノートの続きを書き始めた。

 (……チッ)

 アッシュは不快げに心の中で舌打ちをすると、耳からの情報をシャットアウトして、列車の窓から外を眺めた。

 太陽の光を反射して、薄紫の光を放つ独特な形状をした建造物が見えていた。灰色の無骨な街壁よりも上に飛び出た建造物は、この国の全ての中心だった。

 (あれが眠らぬ街と謳われているこの国の首都、通称メトロポリスか……。そして国王サマが住んでいるシナル宮殿、ね。くっだんねえ)

 アッシュはもう一度、今度は音に出して舌打ちをするとまた目をつぶった。眠るためではなく、不快なものを除去するために。

 まもなく列車を降りると、ホームは人でいっぱいだった。利用者がそう多くはない地域でずっと過ごしてきたアッシュは、その人の多さに目眩を覚えた。

 (なんだこれは……)

 「さあ、ぼんやりしてると踏まれるぞ。我々の迎えはあっちだ」

 一緒に列車に乗っていた若い方の男がアッシュの手を取ろうとする。アッシュはその手を振り払った。

 「ふざけんな。ガキじゃないんだからついていける」

 「そうかね」

 男は多少気を悪くしたようだが、先に歩き出していた壮年の男を追って歩き始めた。アッシュも自分の荷物を抱えて続いた。

 駅の外に待っていた迎えは、四人乗りの車だった。この国で車といえば、大都市の金持ちのおもちゃのようなものだった。大多数の地方都市では馬車が主流だ。

 今朝も駅まで車に乗ったが、慣れない乗り物に気疲れしていたのだ。それにまた乗らねばならないとなると、アッシュはげんなりする思いだった。だが、それを男たちに気づかれるのもしゃくというもので、アッシュは後ろのトランクに荷物を載せると後部座席に座った。

 「じゃあ朝も教えたけど、ちゃんとシートベルトを締めてもらえるかな?」

 「分かっている」

 車は静かに発進した。この街のどの建物よりも高い、シナル宮殿に向けて。



 メトロポリス。それは通称でしかないが、わざわざ長くて覚えにくい正式名称を呼ぶ者はいない。メトロポリス、または王都で十分に通じるからだ。なぜなら、世界にはこの国しかなく、王都と呼ばれる場所もここ以外にはないからだ。

 スモークガラス越しに街を眺める。木造家屋と赤煉瓦の家が混在していたアッシュの故郷に比べて、この街には整然さを感じた。灰色の石材が積み上げられた建物が、まっすぐな道に沿ってずらりと並んでいる。アッシュは、以前見た王都の案内パンフレットを頭の中に広げた。

 (外門を通ってまず広がっているのが……商工街だったな)

 外門とはそのまま駅舎を指し、この街に入るためには列車に乗って三つある門のどこかを通らなくてはならない。そして円形のこの街の外側から順番に、商工街、住宅街、飲食店街と続く。飲食店街の内側には、シナル宮殿があるだけだ。ちなみに商工街、住宅街などと言っても、明確に分かれているわけではなく、だいたいこんな感じの工場や家や店が集まってますよ、ということらしい。

 (これが都会か……。あのど田舎に比べれば、華やかさも活気も段違いだな)

 そして改めて窓の外へピントを合わせる。そこを行き交うのは人、人、人、時々馬車や車。そして、黄緑色の肌を持つ人型のヒトならざるアヴァターラ。

 アヴァターラとは人の無意識を具現化した己の分身と呼べる存在のものだ。アヴァターラは人と意思疎通を図り、人の常識を理解し、法を守って行動するだけの自律意思はあるが、人間(つまり本体オリジナル)に背いたり自分の欲を出したりする自立意思はない。

 それだけを聞くと、なんとも便利な存在に聞こえる。だから、アッシュはこの説明が大嫌いだった。

 アヴァターラは奴隷、もしくは自分の召使いや部下のように扱うべきでなく、親友……いや、それ以上。家族をも超えた深く強い絆で結ばれた存在であるべきだし、そうなれるよう働きかけるべきだと、アッシュは信じていた。もっとも、自分が自分のアヴァターラとそんな関係を築けているかと言うと、果てしなく微妙なところなのではあるが。

 アヴァターラを召喚することは義務だ。というより、アヴァターラはいて当たり前というのが常識となっているので、息をするように疑いなく、誰もが一度は必ず召喚する。だが、誰もが必ずアヴァターラを持っているとは限らない。忘れられがちだが、アヴァターラは不死ではないからだ。本体が死ぬ前に不慮の事故で死ぬこともある。二十歳までならかろうじて再召喚も可能だという話だ。

 このアヴァターラは〈アニマ〉と〈アニムス〉の二つに大別される。通常、男性は女性形の〈アニマ〉を召喚し、女性は男性形の〈アニムス〉を召喚する。誰もがそうだと信じていた。空に太陽と星が輝いていることを疑わないのと同じように、信じていた。

 (そうじゃなかったから、俺は今ここにいる)

 いつの間にか車は飲食店街を過ぎ、合金製の柵をくぐっていた。

 「さあ、着いたぞ。アッシュ・ディーストン君」

 助手席に座っていた壮年の男が言った。そこには歓迎の気持ちが込められていたが、それは自分が知的好奇心という名の強欲を満たすための研究対象であるからだと、アッシュは気がついていた。

 ドアを開けて外へ出る。見上げる先には、薄紫色の硝子石で外壁を造ったシナル宮殿がそびえ立っていた。車が着いた右手には長い階段があり、そこを通る人々が珍しそうにこちらを眺めては去っていった。

 「ようこそ。世界初、史上初めて男の身でアニムスを召喚した人間よ」

 長い白髪を後ろで一つに束ねた男が、にこやかに両手を広げ、こちらへ歩み寄ってきた。

 「我々は君を歓迎しよう、アッシュ・ディーストン君。私は王立研究所所長サヴァータ・グリーンだ」

 サヴァータは握手を求めてきたが、アッシュはそれを無視した。

 「モルモットに尻尾を振ってどうするんだ? 俺が安心してあんたらに懐くとでも思ったか?」

 サヴァータのこめかみがひくりと動いたが、笑顔はたやさないまま、伸ばしていた手を引いた。

 「モルモットなんてとんでもない。アヴァターラの研究は人類を幸せにすると信じているからこそ、我々は君がなぜアニムスを召喚したのか知りたいのだよ。自由にアヴァターラを選べるなら、それはよいことじゃないかね? 人道的な研究を約束するよ。ご両親にもそう言ってあるしね」

 (うそつけっ!)

 アッシュはそう怒鳴ってやりたい気分だったが、どうにかこらえる。心の中では舌打ちを百回ぐらいしていたが。

 「とはいえ、君も疲れているだろうし、荷物も整理したいだろう。今日は部屋へ行ってもらって構わない。詳しいことはまた後日にしよう」

 そう言ってサヴァータは半身をひねった。彼の後ろに立っていた若い眼鏡をかけた男が一歩こちらへよった。

 「紹介しよう。これから君が通う王立研究所附属学院の学院長をしていらっしゃる、ユキア・ジャンティル氏だ」

 「はじめまして、アッシュ・ディーストンくん。君の入学を心から歓迎しますよ」

 アッシュは片眉をあげた。意外にも若い。学院長とはもっと年配の、それこそサヴァータのような年嵩の人間かと思っていたのだ。

 「……どーも」

 アッシュはそれだけ言って、やっぱりユキアの握手を拒んだ。ユキアは困ったように両眉をハの字にしたが、すぐに空咳を一つした。

 「では、学生寮の君の部屋へ案内しましょう。他の荷物はもう届いていると思いますよ」

 アッシュは自分の荷物を持つと、無言でユキアを追いかけた。その間も自分に縫い付けられる視線にいらだちを感じながら。

 「君の部屋は相部屋です」

 「相部屋?」

 一瞬不思議に思ったが、すぐに納得がいった。おおかた、そのルームメイトもアッシュの監視役なのだろう。職員の目が外れた今も、何らかの手段でアッシュの全てを監視しているはずだ。

 「三年間、共に過ごす人と部屋ですからね。仲よくするといいですよ」

 「三年でそいつと部屋に別れを告げて、故郷へ帰れたらいいんですけどね」

 アッシュの嫌味に気づいたユキアは苦笑するしかなかった。




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