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龍巫女の調べ

 ナハトが魔族の砦を落とそうと考えたとき、真っ先に直面した問題はあのガイルザークをいかにして討つか、であった。

 奴はエルフたちの手にも、アイシャの手にも余る相手であることは間違いなかった。

 仮に、大将以外の全てを制圧したとして、あいつは一人で戦争を継続するだけの強さがある。

 つまり、エルフたちにとっての勝利条件はガイルザークを討つ以外に存在していないのだ。

 

 こちらの戦力であの大鬼に対抗できるのは、アイシャとシルフィーの二人だけだ。だからこそ、二人を無傷のまま敵の本陣に送り込む必要があった。

 

 まずは結界の無力化が大前提だ。

 ナハトが用意した通行証があれば結界を素通りできる。相手に気取られることなく侵入できるとなれば、それを利用しない手はない。

 

 アイシャとシルフィーを先頭に晒して、魔力を漲らせれば結界破壊をするつもりだと思わせることができるだろう。

 実際は、自軍を隠すための霧をアイシャが発生させただけだ。

 

 相手の目を奪ったところで、最も防御が薄いと思える西側にタマが率いる部隊を――敵軍の連携が間違いなく崩れるであろう簡易防壁の存在する東側にウルスの率いる部隊を侵入させる。

 敵が混乱している内にできることは全てやらせた。

 伏兵の排除、罠の破壊、指揮系統の混乱の誘発、伝令の妨害。ナハトの攻略本に記された指示に従い各小隊ごとに最適化された行動を取る。


 一方でアイシャとシルフィーは突入したように見せかけて、実は結界の後ろ側へと回りこんでいたのだ。

 後方も守りが薄いわけではなく、侵入すればまず感知されるだろう。

 だからこそ、ナハトの特質装備ユニークアイテム雲隠れの衣に身を包むことで戦場から完全に消える。


 二人は敵本陣に接近しつつ、音と視界を遮る結界の構築を行った。

 敵指揮官を結界の中に止めることができたら、そこから先は我慢比べだ。


 敵が大将の身を案じるのならば、中々動くことはない。だが、総大将は最重要人物であるとともに敵側の最高戦力でもある。

 

 最大戦力を護衛するために、最強の手駒を温存するというのは些かおかしな話である。二人の指揮官がそれぞれ行動したとしても、それは正常な判断だ。

 最もナハトの想定では動くのはジンのほうだけではないか、と思っていたのだが二人は共に戦場へと出てきた。


 だがそれも好都合ではあった。

 多少前線への負担が大きくなるが、関係はない。

 こうなった以上、どっち道勝負は残り五分で決まるのだ。


「まあ、それなりにうまくいったほうか――」


 最初から最後まで予定通りではないが、ナハトにとって想定内の状況である。 


「私ができるのはここまでだ――頑張れ、アイシャ」


 そうして戦場は、最終局面を迎える。

 





 ◇






 戦場全体を覆い隠していた霧が、突如として消えた。

 辺りに集う精霊は姿を移ろわせ、消えていく。

 

 光が差し込んだ戦場には様々な声が入り混じる。

 驚愕や悲鳴、さらには爆発音が後追いで人のちっぽけな声を容赦なく塗りつぶす。

 戦場に相応しい混沌とした響き。

 

 その全てを押し退けて――


「……歌声?」


 ――その声は、戦場を埋めた。

 

 気づけば辺りの音が止んでいた。

 剣を打ち合う音、魔法が放たれる音、負傷を叫ぶ悲鳴、相手を罵倒する兵の声、そんな周囲の雑音は消え失せて――誰もがその音色に聞き入った。


 高い少女の声だった。

 響きはあるが、歌詞はない。少なくとも響き渡る声はこの世に存在する言語ではなかった。


「――――、――――、――――」


 だが、その音が称えているものが自然と頭に浮かんでくる。

 深い夜。

 暗い夜。

 だが、輝かしい金の瞳。


 その歌い手が、何よりも、誰よりも、敬愛し、崇拝し、愛して止まない龍を謳ったものであった。


 その姿は物語のように力強く、


 その姿は幻想のように儚げで、


 遠く、遠い、その存在に――傅き、手を、伸ばし続ける。


(――――ナハト様の声が、聞こえた気がする)


 体の内側から立ち昇る夜色の魔力を声に乗せる。

 

 のどをこれでもかと震わせて、


 どうか届けと声を張る。


 アイシャの思いが、アイシャの感謝が、アイシャの全てが、貴方様に伝わりますように、と――


「――――弱きこの身に――我らが龍の御力を――」


 ――技能スキル、龍巫女の調べ。

 

 









「さあ、アイシャ張り切って特訓を始めよう」


 太陽の光を厭うような木陰で、ナハトはアイシャと共に座り込む。


「は、はい! が、頑張ります」


 張り切るのはいいが、アイシャはかなり緊張していた。


「はは、なに。そう難しいことをするわけではない。アイシャの中にある力を使う練習をするだけだ」


「ナハト様の力――」


 もっとも、既にそれはアイシャのものであるのだけれど。


「今まではアイシャの生存本能が警鐘を鳴らしたときに、無意識的に扱っていたが――これからは、アイシャの意思で制御し、扱えるようになるべきだ」


 今のアイシャのレベルで、何処まで技能スキルが扱えるかは分からないが、アイシャはその鋼の意思で、三次職の魔法――四大に当てはまらない雷の竜魔法ドラゴンマジックを見よう見真似で使っていた。

 ゲーム時代の常識でいえば、まずあり得ない事だ。

 だが、そんなナハトの常識さえもアイシャは容易く凌駕した。

 その才能の片鱗は既に開花しかけている。


「私の魔力は龍の力そのもと言っていい、多少は扱いにくいが私のアイシャならできる、間違いない」


「その……が、頑張ります!」


「いい気迫だ。じゃあアイシャ、もっと傍においで――」

 

「ふぇ――?」


 ナハトがアイシャを引き寄せる。

 どくん、と大きく脈動したアイシャの心臓の音が聞えた。


 花のような香りのするアイシャの柔らかな髪が頬に当たる。小さな顔がナハトの肩に持たれかかるように乗った。


「まだ、遠いな――」


 肩に寄りかかるアイシャの体を持ち上げる。


「――ふぇええええええええ?」


 そのままアイシャを膝の上に乗せ、体を預けさせるように抱き寄せる。


「あ、あの、ナハト、さま?」


「うむ、これで修行の準備が整ったな」


「いや、あの、え……修行、なんですよね……?」


 戸惑うアイシャの耳元で、囁くようにナハトは言う。


「勿論だ。ほら、アイシャ。力を抜け、全てを私に委ねるように、だ」


「ふぇええ…………」


 擽ったそうにアイシャが震える。

 そんなアイシャの手にナハトを手を重ねて優しく握る。


 そうしているうちに、徐々に体の力は抜けていった。

 ナハトは重ねていた手から、アイシャの内側に干渉する。


「油断していると、吞まれるぞ?」


「――んッ! ……あっ…………っ!」


 アイシャの内側で眠る魔力を引き出したのだ。

 と言っても、実際に引き出したのはアイシャの魔力の一%にも満たない程度なのだが、


「あっ! 駄目っ……! それはっ……」


 アイシャは慌てるように呻いた。

 

「大丈夫だ、アイシャ。それはもうアイシャの力だ。押さえつけよとせず、同調して、身体に巡らせるんだ」


「で、でも……その、中で……は、激しく……動いて……駄目っ……!」


「はい、一旦休憩」


 ナハトは引き出したアイシャの魔力をそっと収める。


「……はぁ……はぁ……」

 肩で息をするアイシャの汗を、ナハトはドレスの袖でさりげなく拭う。


「まあ、慣れるまではちゃんとフォローをするから安心するといい。慣れてきたら、今度は私が色々とアイシャの集中を乱しにかかるからな」


「……そ、それって……何をするんですか、いったい」


「それはもう、色々だよ、アイシャ――」


 その後の訓練において、アイシャの悲鳴が止むことはなかったという。











(ナハト様には、その、色々されましたけど……)


 そのおかげで、少しだけ自分の力を扱えるようになった。

 

 技能スキル――竜巫女の調べはアイシャが扱えるようになった数少ない技能スキルの一つだ。


 アイシャがナハトから授けられた職業――龍の巫女は、ナハトと同じ魔法職であるが、その習得できる技能スキルは攻撃よりも補助に向けられたものが多いのだ。直接的な戦闘力は龍騎士に劣るものの、その分色々と応用が利く戦い方ができる。

 特に、共に戦う仲間がいればなおさら強力になるのが、補助技能を多く持つ龍の巫女の力なのだ。


 魔法職の職業だけあって、魔力を代償に発動する技能スキルが多く、代償に捧げる魔力量が多いほどその技能スキルは強力になる。


(どうせまだ、魔力全部は制御なんてできないですし――それならもう、全部使い切ってしまうくらい、この歌に――技能スキルに乗せる)


 戦場の全てを、


 自軍の全てを、


 ――夜色の衣が覆って、力を与える。


 歌を使った。

 魔力の質が違う以上、精霊魔法とナハトの力を同時に使うことはできない。霧は晴れ、音は伝い、アイシャはその姿を晒している。

 もうじきこの場所も特定される。

 

(ウルスさんとタマが、エルフの皆が時間を稼いでくれてる。シルフィーさんがあんな大きくて怖い人相手に一歩も引かず全力で戦ってる)

 

 アイシャはただの一度も戦線に立っていない。

 でも、魔法職は卑怯なくらいでちょうどいい。


「アイシャはアイシャにできることを全力でやるだけです」





「――行くぞ」


 アイシャの加護を受けたシルフィーが地面すれすれを滑空するかのように走りこんだ。

 右手に掲げる剣を振りぬく。卓越した速度で反応する巨大な斧がすぐさま眼前に現れる。だが、シルフィーは構わず剣を振り抜いた。


「ぬっ――」


 ナハトから貰った白銀の短剣、精霊王の加護、アイシャの補助――そして鍛え上げた技量、その全てを一つにした今、微かな手ごたえを感じる。防御を抜いて、ほんの僅かだが衝撃が突き抜けた感触があった。その感触を合図に、シルフィーは全力でラッシュを開始した。

 

 流れるような動作で左の剣を繋ぐ。左の剣で斬り上げ。右の剣で斬り下げ。右、左。シルフィーの連撃は終わることなく続く。

 一度大振りを放つ間を与えれば、致命の一撃を放たれる。

 だからこそ、シルフィーは喰らいついて、放さない。


「――――らぁあああああああああっ!!」


 剣と斧が交差して、衝撃が風を呼んで荒れ狂う。

 互いに微かな傷を負い、度々血が滴り落ちる。互いの武器が体の横を霞めただけで、身に纏う装備さえも貫く衝撃があった。

 だが、それでもシルフィーは前へ。

 そこにしか勝機はない。


「――――精霊王の剣乱舞シルフィードダンス


 それは蒼い風の嵐だった。

 剣を通しての剣撃と蒼き風の刃が同時に襲う。それは攻撃であると同時に、精霊とシルフィーが踊る舞のようにも思えた。


 どれ程卓越に防御に回ろうと手数が違う。圧倒的刃の渦がガイルザークを押しつぶす。斧に阻まれようと、筋肉に押し戻されようと、構わずシルフィーは攻撃を続ける。


「鬼の一撃――鮮血斧っ!」


 台風を圧縮したかのようなシルフィーの剣に、HPを代償に著しく攻撃力を上昇させたガイルザークの斧が、衝突した。

 攻撃力は間違いなくガイルザークの方が上。だが、シルフィーの連撃の中で無理やり大技を繰り出したガイルザークには溜めが足りない。


 拮抗は一瞬。

 共に打ち抜いた衝撃が、ほぼ相殺のような形となってお互いの体が吹き飛んだ。


「かふっ――」


「ぐっ――」

 

 これだけ有利な状況を作り、様々な人の支援を受け、それでもなお良くて相打ちだった。

 だが、それでもシルフィーは笑う。


「――はぁ、はぁ…………時間稼ぎは十分か、アイシャ――」


 答えたのは鳴り響く雷音だった。

 吹き抜ける蒼き風はやがて空へと昇り――雷の竜が、遥か天より降る。


「――竜魔法ドラゴンマジック――天より降る雷竜フォールンライトニング


 天より地に落ちた竜が、ガイルザークを飲み込んだ。


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