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真土は結局、幾つかの言葉を呑みこんだ後、無難な返答を選ぶと共に頷きを返した。
「実験は続行するよ。ただし、警備体制を含め諸々の大幅な見直しを余儀なくされているから、しばらく再開のめどはたっていないけれどね」
少女はそれを聞いても「ふーん」と興味なさげにつぶやいただけだった。すでに三つ、焼き芋を平らげている。
新しい焼き芋に手を伸ばし、無心に食べ始めた少女に、真土は少し緊張しながら問いかけた。
「これからも僕に協力してくれるかい? 『セヴン』――風間七奈ちゃん」
「……まあ、べつにやってもいいけど」
以前とまったく同じ回答を得られたことで、真土は思わず苦笑した。
べつにやってもいいけど――どうなっても知らないよ?
その言葉の意味するところを散々に思い知った後では、苦笑いするしかなかったのだ。
だが今はそれでいい。少女をどこまでコントロールできるかがこれからの課題であり、その第一歩として少女自身に協力の意志があるないでは大違いだ。
「そういえば、美馬坂くんが何度もきみとの面会を希望しているんだが、何か心当たりはあるかい? D感染者が他の〝D〟の部屋に面会を申し出るなんて異例のことだから、国木田博士も判断を保留してまずはきみに尋ねるようにって僕に言ってきたんだけど」
美馬坂麗羽――彼について研究所が把握している情報は少ない。
特別医療棟のD感染者たちの中ではもっとも軽度の判定を受けた患者であり、精神的な安定感ゆえに扱いやすい存在だと真土は認識している。少女が規格外の威を示したのとは逆に、彼は〝D〟らしからぬ恭順を示したことで班長に選ばれたのである。
美馬坂があの日食堂で風間一郎と何を話していたのか、記録は残っていない。本人曰くただの世間話だそうだが、その言を疑う根拠たりえるものを真土だけでなく他の誰も持ち合わせていなかった。
しかし起こった事件が事件だけに、少し気になってはいたのだ。もしかすると少女ならば美馬坂について何かを知っているのでは、という期待があった。
だが少女は果たして、きょとんとした顔をして仔猫のように首をかしげた。
「ミマサカ? 誰だっけ?」
演技ではなく本当に忘れている様子の少女に、真土は続けて苦笑した。
「ねえ、それよりつっちーさ、最近おにいちゃんに逢わなかった? わたしのこと何か言ってなかったかな?」
やはり少女の心の中には、たった一人の相手しか存在しないのだろう。そしてそれは初めから今に至るまでずっと――そうだった。
真土は小さくかぶりを振りながら、己の過ちを痛感する。
彼はアダムになりたかったわけではない。初めからこの檻の中が失楽の園であったということに、ようやく気付いただけのことだった。
〝D〟は一つではなく、けして一つにはなれないという、ただそれだけの事実に。
楽園を構築するという使命に燃えていたことは事実だが、それは方法として誤りだったと今更にして思う。
そしてこの忌々しい楽園で、無垢なるイヴは蛇と共にアダムを待ち続ける……
「ねえ、隠さないで教えてよ。つっちー? ねぇってば!」
それにしても、と真土は何度目かの苦笑を浮かべた。
寄生性非同一型祟状症候群。
ディオニュソス症候群。
神の祟り。
――〝D〟。
様々な呼び名はあれど、この少女の場合はまるで……
まるで恋の病そのものだ――――
真土はそう結論づけた。
-了-
■■■あとがき■■■
以上で『ディオニュソスの楽園』は完結です。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
さて、どうも御無沙汰しておりました。作者です。
本編は一年ほど前に「なろう」に投稿させていただいた『ナイトメアリー・ディオニュソス』(ncode.syosetu.com/n4039bk/)の続編です。
もともと前作の投稿後にパッと思いついた小ネタみたいなお話なので、正式な続編というより外伝的短編のつもりで書きました。そのため薀蓄は抑え目でバトル展開や萌え(?)に重点が置かれていたりしますが、少しでもお楽しみいただけたなら幸いです。
作者的には書いてるうちにだんだん楽しくなってきて、当初考えていたよりもずいぶんと話が広がってしまった感があるので、これはまた続き物を書かねばならんな……と思っている次第です。
次作については改めて告知させていただきたいと思います。
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