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12-1

 鎧神と七奈の他にも倒れている三人の男たちがいることに気付いてはいたが、その一人が床に坐りこんだ姿勢でこちらを楽しげに見つめていた。

「すごいね、正直、驚いたよ。あの状態の彼女をやりこめるなんてね」

 見た目は大学生くらいだろうか、歳は俺と同じか少し若いくらいに見える。やけに細い目が特徴的で、なぜか鼻の辺りが赤く腫れてあがっているのが少し滑稽(こっけい)だった。

「なんだ……おまえ?」

 いったいいつから起きていたのか定かではないが、異様な雰囲気を感じて俺は身を(こわ)ばらせた。

 殺気は感じないし、男が〝D〟を顕現させているわけでもないのに右手が(うず)くように警戒信号を発していた。ここにいることも含め、こいつがD感染者であることは間違いない。

「いいものを見せてもらったお返しに、僕からもおもしろいものを見せてあげるよ」

 男は俺の問いかけを無視し、立ち上がって服の埃を払う仕草をしてから壁の近くで倒れたままの鎧武者の元へと歩み寄った。

「鎧神――彼が死んでしまうと彼女の立場も危うくなるだろうし、それは僕にとっても本意ではないからね。こんな展開になってしまったのはまあ、僕たちが遊び過ぎたのも原因だ。きみの登場がもう少し遅ければ僕が止めに入るつもりだったんだよ。彼女を止めるのは骨が折れそうだと思ってたし、そういう意味じゃ助かったかな」

 助かったというわりにそれがなんでもないことのような口ぶりなのが気になったが、ひとまず男に害意があるわけではなさそうだったので、俺は呆然とその動きを見守った。

 男は士堂の前でしゃがみこむとその上に両手を差し出した。手の先がゆらりと舞のような動きを見せる。

 ゆらりゆらりと動く手……やがてそこに蒼白く発光する(もや)のようなものが現れた。

「マレ()来タリテ、フタ()()()イツ()()()()此処()戸ヲ()……。フルヘ、ユラユラト、フルへ……」

 男の口からまるで異国の言葉のような不思議な音が発され、続いて信じられないことが起こった。全身が(ひび)だらけで襤褸雑巾ぼろぞうきんのようになっていた鎧神の体が、光る靄に触れたところからみるみる修復されていったのだ。

 元の堅固な鎧の姿が現れると同時、本体である士堂拓真が完全に意識を失ったのか鎧は溶けるように消えてなくなり、後にはジャージ姿の少年だけが残された。

「す……すげーな! なんだよ今の? 回復魔法的なあれか?」

 思わず感嘆の声をあげると、立ち上がった男がニヤリと笑いながら答えた。

「〝布留ふる真言しんごん〟さ。死者すらも甦らせる絶対治癒の力――もっとも、失われた神器(じんぎ)なくしては簡単な怪我くらいしか治せないけれどね。〝D〟は元々が神であるがゆえに、真言による影響は人間よりもずっと大きいのさ」

 魔法とどう違うのかよくわからなかったが、とにかくすごいことに違いはなかった。

 これまで俺は〝D〟の化物じみた姿ばかり何度も目にしてきたが、男のそれは何かが違った。言い換えれば俺はこんな〝D〟を知らない――男に対する警戒心はむしろ高まっていた。

「もっと見せてあげようか? たとえば……そこに倒れてる『セヴン』の毒を消してみせるとか」

 瞬間、俺の体に電流のように緊張が(はし)った。その言葉に含まれるヤバさを直観的に理解したのだ。

 もしもそれがH〇四ですら無効化するほどの力であるならば、この特別医療棟における監禁治療の根本が揺るぎかねない。だが本当にそんなことが……可能なのか? 

「冗談だよ。あんなに気持ちよさそうに寝ているのを起こしちゃ悪いものね」

 男はひょいと肩を竦めると俺の方に向き直った。

 その時俺は初めて気づいた。男の目は、白目の部分までもが真っ黒だった。

 異常患部……男はすでに臨戦態勢に入っていたのだ。それが妹や俺の右手のようないかにもな武器ではないからと言って、危険がないとは限らない。

 警戒を露わにする俺を、深淵の闇を映したかのような黒瞳が興味深そうにじっと見つめていた。

「僕の見立てでは、彼女の〝D〟は〝夜刀ノ神(ヤトノカミ)〟――常陸国(ひたちのくに)の荒ぶる蛇神だ。なんとも凄まじいよね。強さも圧倒的だけれど、それ以上に彼女は人をきつける。とても魅力的で、チャーミングだと思うよ」

「妹はやらねーぞ……」

 兄妹を褒められるのは面映(おもは)ゆいのとはちょっと違って微妙な心もちになるものだが、相手が男だと別の警戒心が芽生える俺だった。

「あれ、きみたちって本当の兄妹なの? 彼女を見てる限りでは血の繋がりはなさそうっていうか、てっきり何か特別な事情があるものだと……」

 答える代わりにかぶりを振った。俺たちの間に特別な事情があるとすれば、それは〝D〟に関する部分だけである。どこぞのエロゲじゃあるまいし。

 男は納得いかないというふうではあったが、俺の右手を指差して続けた。

「まあいいや。最初はきみのそれも同じかと思ったんだけど、少し違うね。夜刀ノ神の角は神をも切り伏せる魔断(またち)の神剣と聞くが、そのものが毒蛇ではなかったはずだ。あるいはきみの場合、違うふうに進化したとか?」

「……教えたくねーな」

 すでに男に対して警戒心バリバリだった俺は思わず一歩後ずさった。男が攻撃してくればいつでも逃げられるように……だってもう闘いたくないし。

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