九
「ディックの事、残ってんだろ」
ユーリやボーがいる焚き火に移動する途中で、ヴァルトは静かにヴォルフへと呟いた。
「――仲間の事を思ってか?」とヴォルフは言った。
その顔は嘲笑に近い笑みが張り付いていた。
「なんだよ」
ヴォルフの思わせぶりな言葉に訝しげに横を歩くヴォルフを見つめる。
「一度、じっくり考えてみろ」
「いつだって考えているぜ?」
ヴォルフはじっと前を見据えていた。焚き火の周りにはダンとボー、そしてユーリが居る。
「お前の事も考えてやれ」
ヴァルトのため息が一つ。
「爺臭い説教だな」
「年上の有り難い説法さ。心に刻んで置けよ」
そういって、ヴォルフはヴァルトの背中に手を回して軽く平手で打った。
「くそっ……!! ディックめ……」
ユーリが忌々しいとばかりに談笑を始めたヘレナとディックを見つめて呟いた。相変わらず芋虫状態のままであったが、その光景と言動にヴァルトは心底呆れながら
「ユーリはまだやってるのか」と呟いた。
「どうでした?」
ボーが取り合えず、新しく作った焚き火に枝をくべながら二人にに問い掛ける。その視線はやはり双子姫の方に向けられていた。だが、ヴァルトかヴォルフが喋り出す前に、ユーリが大声を挙げる。
「ヴァルト、なんであんなケダモノをお姫様に!!」
「今から纏めるさ……ったく、俺はお前のそういうところだけは本当に尊敬するぜ」
ヴァルトはため息を吐き出し、ボーの問い掛けに答えて、ユーリの言動に苦笑いを浮かべる。すると、焚き火の周りにダンが居ない事に気付くがヴォルフが代わりに声を出した。
「ダンは見回りか?」
「はい。芋虫を僕に押し付けて行きました」
「ご苦労さん」
ボーの言葉に、ヴォルフはそう告げると腰を落ち着けた。すると、ダンが居ない状態ではあったが、ヴァルトが話を進めるべく言葉を吐き出し始める。
「さて、今後について一応決まった」
「二人の娘はニールの町を治めるグーテンベルク家って貴族の娘だ」
「やっぱりな!! 良い匂いしたもんな! なんと香しく繊細な女の子なんだ……やっぱ、ボーが男だって事が良く判ったぜ。嗚呼、思い出すだけでゾクゾクと何かが全身を駆け巡る!」
そう言って、興奮したかのようにもぞもぞと蠢くユーリにヴァルトは無言で布と縄をボーに渡す。
「これ、咥えさせておいて」
「はい」
ヴァルトの言葉に、短くボーが答えると暴れるユーリの上に乗ると布を口に押し込み、顎から頭頂部に掛けて縄でぐるぐる巻きにしようとする。ユーリは暴れて抵抗するが、ヴォルフが顔を押さえつけると後は、ただただ巻かれていくだけだった。
その光景を見るわけでもなく、ヴァルトは話を続けていく。
「朝一番に情報を集めに町へ向かう。昼前に戻って報告会って具合だ。それぞれの判断で今回は動いてくれ。役割は与えるがな」
「危険の分散。加えて講じてを増やす事も出来るという事か」
ヴォルフが再度腰を落ち着けながら口を開いていた。
「おう。町で集まるのは得策じゃない。だが、情報は町にしかない」
ヴォルフの言う通り、集団で行動するには危険が高まっている状況だった。そして何よりも情報が不足しているのでここは単独行動をする事にしたのである。単独行動する事によって、一網打尽を防ぐ意味があった。
「内容は領主が捜索隊を編成しているかの確認ですか?」
ボーも元の位置に座ってヴァルトに問い掛ける。
「それもあるが、第一に言うと奴隷商人は何故、姫二人を攫ったのか。そして、その馬車を襲ったのは誰なのか」
「なるほど。攫えば利益が転がり込んでくる。そして、その相手を襲った相手もまた然り」
ボーは顎に手を置いて考えに耽り出す。ニールの町に居る権力者を今ある情報の中から導き出しているのだろう。そして、ユーリは判らないがここにいる全員が最も怪しいと思っている権力者が一人だけ居た。
「目下、最有力は教会。何せ、誘拐されたのが教会前だっていうからな」
「あからさまですね」
「あえて、と言う所か」
ヴァルトの言葉に、ボーとヴォルフも納得したように言葉を漏らす。
「俺はそうだろうと思ってる。元々、聖都教自体が裏で何してるか判ったもんじゃねぇからな」
嫌そうに、顔を顰めながらヴァルトはそう吐き出した。
山賊という職業柄どうにも宗教とは浅からぬ繋がりが出てきている。表では、善良な市民に道徳を説き、賊は悪党だから殺しても良いと言う。しかし、裏では汚い事に賊を用いて実行させているという実態を知っているのだ。
ヴァルトからすれば、教会や権力者のように二つの顔を持つ善人が一番嫌いだった。汚い事を知らせずに何かを行う事を悪いとは思わないが、汚い事を行わせておいて、簡単に切り捨てる扱いに虫唾が走る思いをしている。
「権力に溺れるっていうのは在り来たりすぎますけど、同じ道を辿る人が多いですからね」
ボーはそう言って、眉間に皺を寄せる。ボーは元々浮浪者だったので、教会から慈悲という名目から矯正院に入れられていた時期があるので、教会には思い入れもあった。
ヴァルトはボーの方を一瞥して――私の居たところは、奴隷商人の見世物市みたいなところでしたからね――と言っていた事を思い出していた。
もしかすると、ニールの町も同じような状態なのかもしれない。ヴァルトは密かに激情を胸の内に押さえ込むと話題を変える。
「それと、襲撃者は恐らく賊じゃない。ダンが言っていただろう」
その言葉に、一同がダンの言葉を思い出していた。
「鍛錬された動き。でしたね。という事は、傭兵関連の組合関係者?」
ボーが目星を口にすると、ヴァルトは
「町に組合はあったが、中身は調べてないから、ボー頼む」と指示を飛ばす。
「判りました。狩人という事で見てきますね」
ボーも了承するとヴァルトは頷いて、今度は芋虫のユーリを見て言葉を続ける。
「ユーリは馬車の出所を探る。停留所から売り場までな。後は適当に情報かき集めてくれ。教会付近だ」
その言葉に、ユーリは這いながら、ヴァルトのほうに頭を向けると頷いた。ヴォルフはそのユーリを見て、縄を解き始める。
「頭は?」とユーリを解きながらヴォルフは言った。
すると、ヴァルトは暫く思案してから
「俺は、ちょっくらまたザックス探すわ。なんだかんだで良い情報屋になっているからな」と答えた。
「人脈は財産とか言っていましたけど、あの情報量の多さは凄いですよね」
ボーが感心しつつもそう述べる。ヴァルトもその言葉には全面的に賛成だった。とにかく、商人としての能力は知らないが人の噂を集める事だけは、そこらの賊よりよっぽどマシ。ヴァルトは、ザックスが情報屋を営めば儲かりそうだと思っていた。
その会話に自由の身となったユーリが参加する。
「ニールの町に着てから俺らと大差ないのにな。やっぱ豪商だぜ?」
「もう少し、せびれば良かったかぁ」
「今更だ。それより、俺はどうする?」
ヴァルトが自由になったユーリの言葉に、軽く残念そうな声を出すので、ヴォルフが苦笑いを浮かべてそう問い掛ける。
「ヴォルフは居残り頼む。ダンはいつも通り周辺を見て回ってもらう。ダンは察しが良いから、問題ないな」
ヴァルトは気を取り直すとヴォルフに指示を飛ばした。ダンについてはえらく信頼しているようである。
だが、ボーも
「さしずめ、遊撃ですか。頼もしいですね」と言って頷いた。
「俺は、アイツを元暗殺者だと思ってる」
ユーリがえらく真剣に、一同を見回してから呟くと、ヴァルト達も真剣な表情で思案顔になる。どうやら、皆思っていた事のようだったが、ボーがその中で喋り出す。
「強ち間違っていないと思いますよ……優しいんですけど、何処か近づきがたい雰囲気ありますもんね。時折、こちらを睨みつけていますし。僕は嫌われているのでしょうか?」
ユーリのため息が零れ、ヴァルトとヴォルフが苦笑いを浮かべるという奇妙な光景にボーが首を傾げる。すると、ヴァルトが
「逆だよ。大切に思われているから視界に入れておきたいって奴よ」とボーに言った。
ボーは「なるほど」と小さく呟いてみせるも、ヴォルフは呆れてしまった。
「ヴァルト……流石にダンの気持ちも考えやれ。そんな他人から言う問題じゃないだろう」
「そうだったっけ? まぁ、今の忘れてくれよ」
慌てて、ヴァルトはそう言うも対するボーはきょとんとした顔をしながら
「え、でも。弟みたいに思われるって、なんか嬉しいです。僕、家族とか知らないし」と言い放つ。
ヴォルフが難しい顔つきになって唸り、ヴァルトが笑い声を挙げる。そんな光景にますます意味が判らなくなっていくボーにユーリが傍へよって肩を叩いた。
「これで、良い。二人にとって、このすれ違いが何より幸運なんだよ。きっと」
その姿に、ヴォルフはヴァルトに小さく呟くと
「かもしれないな」ヴァルトもそんな言葉を漏らした。
「何ですか?」
ヴァルト達のおかしな行動に不審がるボーだが、ヴァルトが言い繕うように言葉を並べ始める。
「ん、あぁ。ダンが兄ならヴォルフは本当に爺だなって話だよ」
「そうですね、僕にとっては、ヴォルフはお爺ちゃんで歳の行ったお父さんです!」
その言葉にボーも納得したように元気良く答え、ヴァルトとユーリが笑い出し、ヴォルフが肩を落として
「落ち込むわ……」と呟いた。
方や、双子のお姫様が一頭の熊と談笑し、方やむさ苦しい男どもが火を囲み笑い転げる。
なんとも奇妙な光景が深い深い森の中で見られるも、夜は変わらずに更けていく。




