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山賊は悪党で  作者: 泰然自若
三章 双子姫
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「きゃぁぁ!!」

 目を覚ました、双子姫の一人が悲鳴を挙げる。すると、もう一人も起きて辺りを見回す。後者は落ち着いている。というよりも、感情の篭っていない表情と視線をヴァルト達に向けるだけで、後は先に起きたお姫様に抱擁されているだけであった。

 その悲鳴に、興を殺がれたというよりか、救われたのかもしれない。ヴァルトは視線を外して、双子姫を見つめると

「――起きたか」と小さく漏らした。

 ヴォルフも、先ほどの会話などなかったかのように、新たな枝を焚き火にくべながらも、双子姫を一瞥する。

 その風体に怯えつつも、先に起きたお姫様――青いドレスを着込む少女は気丈にも、柳眉を逆立ててながら

「こ、ここは何処ですか。貴方達は――」と口を開いた。

 その表情と態度にヴァルトもヴォルフも感心する。二人とも、見てくれに関しては怖い印象を持たせるものだと認識しているので、少女が怖がるのも無理は無いと感じていたが、まさか目覚めてからこんなにも早く自分達から情報を聞き出そうと考えるとは思わなかった。

 ヴァルトはこの時、貴族の子供でもぬくぬくと親の権力という箱庭で育っていないのかもしれないと感じていた。とにかく、そんな考えを面に出さずに会話を始める。

「ここは、俺達山賊のねぐら」

 ひとまず、聞かれた事に素直な返答する。すると、少女は口を噤む。どうやら、予想以上に怖がっていたようだったが、ヴァルトは返ってその反応にほっと胸を撫で下ろしてしまった。ともかく、ヴァルトは話を進めるために会話を試みる。

「安心しな。何もしない。だが、聞きたい事がある」

「わ、私達をどうする気ですか。い、妹に手出しはさせません!」

 互いに抱きしめあいながらも青いドレスを着込む少女が震える声でヴァルトにそう言い放つ。

「気丈なこった。だが、落ち着けよ。俺らはこれ以上、お嬢ちゃんに近づかない」

 ヴァルトはその様子を見ると、腰を浮かせる事もせず、胡坐を掻いたままの状態で言葉を続けた。その様子に、少女は戸惑いと恐怖に顔を顰めながらも

「な、何を」とだけ呟いた。

 対して、ヴァルトは身に付けていた短剣を抜き去ると、少女の足元に投げつけると地面に勢い良く突き刺さった。少女はその光景と行動に悲鳴を小さく挙げるも、ヴァルトはそれ以上、何かをしようとはしなかった。

「護身用でも自殺用でも良いから持ってな。で、聞いてくれるかい?」

 ヴァルトは焚き火を見つめながらそう少女に向けて喋る。少女は少々呆けているが、投げつけられ、刺さっている短剣を見つめた。果たして、賊の言っている事は本当なのだろうかと考えているはずだが、短剣に手を付けようとはしなかった。その様子に、ヴォルフは静かに言葉を続けて行く。

「それによって、二人の命も、俺達の命も救われるかもしれない。安心してほしい。お前さんがたを殺すのは俺達自身の首を絞めかねないからな」

 そう言って、ヴォルフは少女を見つめると柔和な笑みを浮かべてみせる。年上の笑顔には何か、若者を落ち着ける効果がある。ヴァルトは漠然としながらもそんな事を思ったのは、少女達が確かに落ち着きを取り戻しているからだった。

「……わ、判りました」

 少女は息を飲み込むと手を繋ぎ合って、ヴァルト達を正面に見据えるように身体を向けるとそう呟いた。その行動に、ヴァルトは視線を向けて話し始める。

「まずは自己紹介と行こうか。俺はヴァルト。こっちがヴォルフだ。山賊をやってる」

 ヴァルトの紹介にヴォルフは軽く会釈して見せ、少女もそれに軽く応え

「私は、ヘレナ。ヘレナ・グーテンベルク。ニールの町を治めるグーテンベルク家の長女です。こちらはクレア……クレアは喋れないのです」と自己紹介を返した。

「そうか。判った」

 予感は当たる。面倒な事になりそうだともヴァルトは思っていた。何せ、ニールの町を治める領主が病に伏せっている状況で、双子姫と呼ばれる息女が誘拐されている。そして、誘拐した馬車を第三の勢力とでも言うべき襲撃者によって襲われていたところを、第四の勢力となる自分達が参戦してしまったようなものだった。

 とにかく、憂鬱を吹き飛ばすようにヴァルトは話を続ける

「まず、アンタはどうして奴隷商人なんかに捕まってたんだ?」

「ど、奴隷商人に捕まっていたのですか……」

「つまり、判らぬ内にって事か?」

「は、はい……司教様に、教会へ来るように言われて向かいました。そしたら教会に入る前に――」

 双子姫――ヘレナが喋っていくが、どうやら本当に何も知らされず誘拐されたようだとヴァルトもヴォルフも感じている。ヘレナは、とにかく感情が面に出やすい印象を持たせて、考えている時は考えている顔をするし、驚く時は本当に驚かせ甲斐があるようにはっきりと顔に出ていたからだ。ヴァルトは素直な子供で助かったと胸を撫で下ろしたい気分だった。

 変に利己的な子供はヴァルトにとって苦手だった。出会った当初のユーリのような餓鬼は勘弁したい。と密かに思っている。

「そうか、他には何か覚えている事ある?」

「いえ……」

 そう言って、視線を焚き火に向けて伏せる。手は相変わらず喋れないクレアと固く結ばれているようにも思われた。

「じゃあ、まず俺達からの提案だ。領主様にお前さん達を返す。だが、俺達は山賊だ金が欲しい」

 本当ならば、ヴァルトの言う通りに行動できれば良かったとヴォルフはしみじみと感じていた。今では、無理な話となってしまっているし、ヴァルトもそれを理解し双子姫に知ってもらおうと喋り続ける。

「だが、奴隷商人は既に、別の賊に襲われていたってぇ事でそれも難しくなった」

「え、な、何故ですか」

 当然のように、ヘレナが疑問と驚きを乗せて問い掛ける。脳裏に、やはり賊徒の言う事だから信用できない。自分達は売られてしまうかもしれないという考えが過ぎるも、ヴァルトは平静かつ、ヘレナの考えている事を見透かしているように

「奴隷商人を襲った襲撃者は一体誰だ? それが判らないとアンタらは無駄死にするかもしれねぇぞ?」と逆に問い掛けた。

 その言葉に、思わず息を呑んだのはヘレナだった。ヴァルト達山賊の話を全面的に信じるとしても、どうして馬車が襲われていたかという事は確かに説明がつかなかった。それこそ、山賊達の自作自演としか思えない。

「ど、どうして」

 それでも、ヘレナは声を挙げ、ヘレナは気づいてしまう。襲われた原因よりも攫われた原因の方がよっぽど簡単に察しがついてしまったのだ。

「領主が君らを殺そうとしたのか。はたまた誰かが君らを殺そうとしたのか」

 ヴォルフの呟きにヘレナは眉間に皺を寄せて怒気を滲ませた。

「お父様がそんな事をするはずがありません!!」

 その大声に、ヴォルフとヴァルトは肩を竦めて見せる。誰だって、親を悪く言われれば心象は宜しくは無い。だが、ヴォルフからすれば赤の他人であるヘレナの親など知りもしなければ、可能性の一つを並べただけだった。それに、山賊はこういった話には慣れている。子の知らぬ所で親は悪行を行うのは日常的だ。最たるものは浮気や盗み、強請り。善良だと思っていた民衆も、蓋を開ければ肥溜めの山賊様と同じような事を平気で出来る連中ばかりだという事を知らないのだ。だからこそ、子供は無垢で純粋だといわれているとヴォルフは思っている。だからこそ、ヘレナの怒気は彼ら山賊には何の効果も無い。ヘレナの喜怒哀楽全てに無反応で居られるのだ。それでも、話を続けなければならない。ヴァルトは口を開く。

「だったら、可能性は絞られるだろ? ニールの町で領主様の娘が死ぬと利益を得るのは誰ですかって話よ?」

 その言葉に、今度はヘレナが萎縮してしまう。

「領主を疎んでいる者。お前さん方を妬んでいる者。邪魔だと思っている者。尤も、権力と金を持っている奴らの犯行になるな」

 ヴォルフがまるで追い討ちをかけるかのように、言葉を続けヘレナは小さくも

「……そんな」と呟く事しか出来なかった。

 察してはいたが、他人からそのことを突きつけられると苦しかった。ヘレナにとって父は偉大な人で顔も知らない王よりもよっぽど偉いと思っているほどに尊敬していた。その父を疎んじている者が、父とヘレナ自身が何よりも愛するニールの町に居るという事実を認めたくは無かった。

 ヴァルトとヴォルフもその気持ちを汲み取る事は出来る。子供は皆、大人の汚い所を知らない。その毛ほども小さい先っぽでも知ってしまえば世界は一変してしまうのだ。

 それでも、言葉を辞める気も、慰める気にもヴァルトとヴォルフはなる事は無い。

「可能性の問題さ。だが、俺らも命が掛かってるんだ。そう簡単に切り札を送り返せない」

「俺達は奴隷商人と襲撃者を撃退した。これは、両者から睨まれる事になるだろう?」

 完全な部外者だったヴァルト達だったが、ヘレナとクレアという双子姫を保護してしまったからには渦中にいきなり飛び込んだも同然の状況。奴隷商人と連絡が取れなくなった誘拐の黒幕は行動を起こし、襲撃者はヴァルト達を即座に探し出す事になる。

 どちらかの勢力に接触できれば事態を好転させる事は可能だとヴォルフは思っているが、ヴァルトの性格からして悪手を用いることはありえないと悟っている。

 ヴァルトには殺す技術や奪う手段を教え込んだが、何よりも叩き込んだのがヴォルフ自身の精神論だったからだ。ふと、その事を思い出すとヴォルフの表情が感傷に浸っているようにも見え始めた。だが、ヴァルトもヘレナもそんな表情には気付きはしなかった。

「つまり、誰かが行動を起こすのさ。領主様か誰かがな」

「その時、交渉に必要なのは、君らって事になる」

 山賊二人の言葉に、ヘレナは思い知らされた。

「私達の命を引き換えに、貴方達は逃げるつもりなのですね!」

 目の前にいる男達はやはり山賊だと。やはり、悪党だと思い知らされた。

「あぁ、そうさ」

 ヴァルトは笑みを浮かべながらそう答えると、ヘレナの顔が真っ赤に染まる。

「この、人でなし! なら、どうして助けたりしたのですか!!」

 いっそ、奴隷商人捕まったままでよかった。と思ってつい言葉に出してしまったが、すぐに、ヘレナは後悔する。捕まっていたのなら奴隷として男達の慰めものになっていたかもしれない。それを考えると悪党でも今のところ何もしてこない山賊に助けられた事は僥倖だったはずなのだ。それでも、一度出てしまった言葉を取り消す事は出来ないし、訂正するのも億劫であった。

「金になりそうだったと判断しからだ。他意はねぇよ」

 そんなヘレナの苦悩など気にもせず、淡々とヴァルトはそう告げる。すると、ヘレナも悩んだのが馬鹿らしくなった。悪党に変わりは無いのだから、僥倖でも何でもなかった。ただ、これから起こる惨状を迎える期日が無駄に延びただけだと思い知らされた気分になって、唇を噛み締める。

「まぁ、明日の朝に町へ行く。その時、情報を集めてそれから決める」

 ヴァルトはそう言って、頭を掻いた。横目でヘレナとクレアを見つめると、ヘレナは泣きそうな感情を必死に押さえつけるように唇を噛み締め、クレアは喋れない代わりに、ヘレナにぎゅっと抱きついてこちらを見つめていた。

 クレアと視線がぶつかり合って、思わずヴァルトは視線を外してしまう。吸い込まれてしまいそうな濃い青がそこにあった。一度だけ見た海のような何処か底知れぬものを見せられたような錯覚に陥るヴァルトは、「あぁ――」と小さく声を出してため息を吐き出すと

「助かるかもしれねぇな。祈っていてくれよ」とだけ呟いた。

 その言葉に、驚いたのは双子姫ではなく、ヴォルフだった。だが、その驚きも直ぐに消える。

「ヒィ!!」

 ヘレナの悲鳴と共に、ヴァルトの頭に重い何かが乗せられる。その光景にヴォルフは声を出して笑った。

「ん?」

 ヴァルトは後ろを向くと

「ダメ」とディックが右手をヴァルトの頭に乗せてそう言った。

 あまりに突然の出現と行動。何より、不可解な言葉にヴァルトは意味が判らないとディックを見つめる。するとディックはヴァルトの頭を優しく叩いた。

「おいおい。ディックどうした?」

 ディックの行動に、ヴァルトが問い掛けると

「イジメちゃ、ダメ」とディックは怒った声を挙げる。それは、まるで子供を優しく叱り付ける親のように見えていたヴォルフは益々声を挙げて笑った後に

「お前の負けだヴァルト!! お嬢ちゃん達、安心しろ、助けてやる。ただ危ない橋を渡ると思うから覚悟だけはしてくれ」と未だに怯えているヘレナに向けて喋る。

「それと、この熊はディック。珍しいだろ」

 ヴァルトは、頭を掻きながらもディックを紹介する。ヘレナは悪魔を見るように怯えきっているが、クレアはどういうわけか興味を示すかのように、ディックへと近寄ろうと身体を動かすもヘレナに抱きかかえられてしまっていた。

「初めまして、ディックです。獣人の熊です。判る? 獣人って」

 そんな二人にディックは丁寧に自己紹介をして双子姫の近くに寄ると腰を落ち着けた。ディックなりに危害を加えるつもりはないという行動だったのだろうが、ヘレナは声無き声を挙げた。それでも、ディックはゆっくりと右手を突き出した。軽く後ろに下がるヘレナだったが、クレアが抱擁から抜け出るとおもむろにディックの目の前にちょこんと座った。

「クレア!」

 慌てて、ヘレナがクレアの肩に手を掛けるも、クレアは差し出された手を触った。最初は白く堅い爪を撫で、それから毛を手の全体に触り、最後に肉球に触れた。慎重さも無い大胆な触れ合い方に、ヘレナは戦々恐々だったがディックは何もせず、ヴァルトとヴォルフも興味深そうに二人の声無き交流を眺めていた。

「堅いでしょ。僕の毛」

 掌を上に向けた状態で触れ続けるディックは優しくそう呟き、クレアも小さくも頷いて見せた。これにはヘレナも驚いてしまった。

 それでも、クレアの横まで前に出ると恐る恐るながらクレアと同じようにディックの手に触れる。一瞬触れて慌てて手を離し、また触って――何度も繰り返してようやく慣れていく。ヘレナもディックに敵意が無い事をようやく落ち着いて受け止めたようだった。理解していたのはクレアが触れてすぐだったが、どうにも身体が言う事を利かなかったのである。

 暫し、二人と一頭は無言で手を触り、肉球を押したりしていたが

「でも、暖かい……知っています。獣人」とヘレナは小さく呟いた。

 それを見て、ヴァルトは苦笑いを浮かべながらも

「危険は無いから安心しな。ディックは十一歳だからな。まぁ、歳近いだろうし話し相手になってやってや」と喋って焚き火から腰を浮かせる。

 ヴォルフも同じように笑みを浮かべながらもヴァルトに続いて立ち上がる。

「ったく……ウチの息子は最近、反抗期か?」

「大人の階段昇ってるんだよ」

「熊が人の階段昇ってどうするんだよ……せめて、人に変身できるようにしないとな」と嫌なそうながらも嬉しそうな、なんともどっちつかずの表情に顔を歪ませながらヴァルトは答えた。

「ヘレナとクレア。ゆっくり休め。それとドレスを切れ。ディック。ホレ、(さはみ)

 ヴァルトはそう言って、鋏をディックに渡すとヘレナが

「あ、あの……」と困惑しながらも声を出した。

「何かあったとき、走りやすいだろ?」

 ヴァルトにとってはドレスで居られるのは非常に困っていたので、この機に切らせる気が初めからあったようだ。

 ディックが、それを聞き終えると双子姫に手渡そうとすると、クレアが当たり前のように手にとって、ドレスを引き裂き始める。

「ク、クレア」

 その行動に、ヘレナが思わず声を挙げてしまうが、ヴァルトはその光景に笑い声を挙げて

「クレア嬢ちゃんは中々に行動力があるな。顔は人形みたいに無表情なのに」と呟いた。

 だが、その言葉にクレアではなく、ヘレナが過剰に反応して鋭い視線をヴァルトに突き刺す。ヴォルフはヴァルトの肩に手を置いて「何やってるんだ」とばかりに呆れた顔をすると、ヴァルトも失言だったと思い知り

「……あぁ、悪かった。悪口じゃなかったんだ。綺麗って意味でね?」と弁明する。

 ヘレナは不満そうではあったが、一先ずクレアのドレスを切る手伝いを始めた。

「お前も、娘には弱いんだな」

 ヴォルフのニヤ付いた声に

「うるせぇよ!!」とヴァルトは大声を挙げた。

 ヴァルトは口を尖らせる。

「とにかく、腹とか減ったらディックに言え、図体に似合わず食べ物に関しては紳士的だからな」と言い放つ。

 その言葉に、ヘレナとクレアはディックを見つめる。

「食べ物がないと生きていけない。だから、大切なの」

 すると、ディックは至極真っ当な事を喋るので、ヘレナが面食らってしまったが、その言葉に、思わず笑みを零した。その顔に、ヴァルトとヴォルフはようやく安堵のため息を吐き出し、背中を向ける。

「ディック。今日はここでお相手よろしくね。それと、嬢ちゃん」

 言い忘れていたかのように、ヴァルトは頭を掻きながら振り返ってヘレナとクレアを見据える。

「逃げたいなら構わない。だが、夜は動くなよ。ここら辺は、ディックの匂いと毒肉や罠なんかで獣を無理やり近づけないようにしているからな」

 その言葉に、ヘレナの顔が強張るも、ヴァルトは一言添えてダンの元へ歩いていく。

「安易に動くと死ぬぜ?」

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