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山賊は悪党で  作者: 泰然自若
三章 双子姫
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 聖都教という宗教が存在する。

 多神信仰で世界最大宗教として大陸全土に教会があり、多くの聖職者と膨大な信者を抱えている。

 名前の由来は神々や天使が住まう理想郷を聖都とし、そこに住まう事を名誉だとされ、神々が自らを模倣して作られた人こそ、この大地を支配する権利を持った尤も優秀な種族であり、作っていただいた神に感謝し、勤勉かつ優秀な種族である誇りを持って日々を謳歌する。さすれば、必ずや神々は人の行いを知り、神々の住まう聖都へ死後、誘ってくださるだろう。というものだった。

「司教様。私はどうすれば良いのでしょうか」と男は言った。

 夜も更けてきているというのに、教会の聖堂には今だ、人が疎らながらも祈りに集中していた。

 人々は常に悩み、苦しむ。その悩みを神の使いであると位置づけられた聖都教の司祭や司教らは教会を作り、迷い悩む人々の話を聞いていくのである。

「人という事に誇りを持ちなさい。貴方は神を模した人です。貴方の弱気な姿は神が弱気な姿を見せているも同義。さぁ、貴方は笑い、前を向いて進むのです。そうすれば、必ず神は応え、聖都へ住まう事もできましょう」

 ニールの町にも教会は存在し、町の一角と領主城の中に聖堂が作られている。町の教会を統括するのは司教という位を持つ聖職者で、司教は教区と呼ばれる範囲を監督する立場と権限を持たされている。

 ニールの町は特異なもので、教区に町と呼べるのは一つだけ。残りは小さな農村だけだった。そのため、農村には無人の教会しか無く、礼拝や神事などにはこのニールの町に来る必要があった。

 ニールの町周辺を教区とし、監督するのは一人の司教。今、迷える男性を導いた小太りな男。聖職者の証である、聖服と呼ばれる黒い生地の服で、腰には紫色の布が巻かれている。黒い瞳に短く揃えられた白髪。何よりも突き出たお腹が特徴的な男だった。

「カスパル司教様」

「ふむ。何用かな?」

 聖堂で助司祭が声をかけて来るとカスパルは朗らかに答える。

 すると、助司祭は身を少し寄せて

「火急のようで、酷く焦っているようです」と呟いた。

 その言葉に、カスパルの表情が多少歪むがすぐに先ほどのような優しさに満ちた表情を浮かべると少し大きな声で、あたかも仕事が出来たように喋る。

「判りました。私の部屋で会いましょう。すぐにお通しを」

 そうすると、聖堂を後にしながら、聖堂の奥にある教会関係者が住まう居館へ向かう。暗い石造りの廊下には蝋燭が壁に取り付けられ怪しくも優しい暖かさを周囲に与えている。

「まさか。いや、ありえない」

 その道中、カスパルは小声で呟き続ける。先ほどの表情は何処へ行ったのか。顔は強張り、瞳が大きく開かれている。

「私は神に仕える人なのだから、間違いなど起こるはずもない」

 ブツブツと呟き続けながらも、自室へ戻ると既にその室内には人影が一つ。

「このような、時間に何用か」

 不安そうな声を隠す事もせずに、カスパルはその人影に問い掛ける。すると、人影は扉に立っているカスパルの方向へ向き直るとゆっくりと膝を折って平伏し

「計画は失敗に終わりました」とだけ静かに男の声で告げた。

 その言葉に、暫く呆けていたカスパルだったが、改めて膝を折っている男に

「何を言っている?」と聞き返す。

 すると、男も詳細を話し始める。

「双子姫を乗せた馬車が襲われた模様です」

 その言葉を聞くと途端に、カスパルの顔から血の気が引いて行く。思わず、後ずさり扉に背中を押し付けた。

「し、しくじった……?」

 その姿に対して反応せず、男は小さく頷き淡々と言葉を続けていく。

「はい。どうやら、山賊に襲われた様子で、生き延びてきた者も、先ほど」

「そ、そうか……ふむ。ま、まぁ計画とは万事順調に行かぬものよ」

 上ずった声が気丈さを装い、カスパルから零れ落ちていくがどうにも滑稽すぎる光景だった。

 男は黙ってその言葉を聞き終えると

「司教様。これは、山賊の討伐隊を編成しましょう」とだけ進言した。

 すると、カスパルも名案とばかりに立ち直り出し、表情も生気が戻っていく。

「……お、おぉ。そうだな。表向きな賊退治ならば、お前達も怪しまれずに動けるというもの」

「はい」

 その小さな肯定で、カスパルは聖堂で見せたような司教ではなく、ギラギラと何かを付け狙っている獣を思わせる空気を持ち始め、口端を釣り上げて笑って見せた。

「仕方が無い。誘拐された事を公表し、私が臨時に指揮統制を取ろう。領主は生憎と床に伏せっているのだからな」

「では、そちらの方はお願い致します」

「うむ。すぐに教会で行おうか」

 すぐに行動しようとするカスパルであったが

「いえ、領主城が良いかと」と男に進言されて動き出した身体を止める。

 理由を聞こうかと視線を男に向けるとまるでそれに合わせたかのように、男は喋り出す。

「領主様を見舞った折、頼まれたとすればより民も信じましょう」

「おぉ、それは名案だな。そうしよう」

 その言葉に、納得すると二度大きく頷いて、万遍の笑みを浮かべた。先ほど、急いで行動しようとしていたが、「見舞うならば朝一番が良いな」と呟くと自室にある椅子に腰を落ち着けた。

「ならば、演説後、すぐに動けるようにしておくのだ!」

「御意」

 男は、小さくそう告げると静かに退室する。廊下には相変わらず蝋燭が揺れているが、カスパルが来た聖堂方向には向かわずに居館の奥へと向かい、外へと出て行く。

 外は既に暗闇に支配されており、何処からか食欲をそそる香りが流れてくる。男はそれを敏感に感じつつも納屋近くに縄で繋いでおいた馬まで寄ると

「ふん。豚が」と呟き、縄を外すと馬に跨る。

 馬首を裏口に向けると、男は暗闇に向けて喋り出した。

「お前達、失敗した場合は粛清が我が団の掟だ。だが、特例を出す」

「はっ」

 暗闇からは男の声で反応があった。隠れているのだろうが、闇に紛れているので姿を確認する事は出来ない。

「直ぐに、討伐隊を編成する。二十名全員を動かすぞ。計画に修正はあったが変更はない、衛兵も総動員だ。行け!!」

 語尾は強く荒々しいが、その言葉に闇に紛れていた者達が動き出し、月明かりにその影を映し出していた。皆、黒に似た生地のローブを纏っていたが、小さく金属のこすれあう音が響いていた。

 その影達を一瞥する事も無く、町へ繰り出す。男は町の奥を目指しながら

「神は司教よりもこの俺を選んだようだな」と口にしていた。



「外の様子は……?」

 ヴァルトが、ユーリに問い掛ける。一先ず、山賊はねぐらを移動して、別の地点にあるねぐらで火を起こし、双子姫を草のベッドに寝かせていた。

「ディックが見張ってる。なまじ人じゃないから大丈夫だ」

 ユーリがそう呟く。

「ボー。お姫様は?」

 ヴァルトはその報告に頷きながらボーに安否の確認を聞いた。ボーは難しい顔をしつつも喋りだす。

「薬とか飲まされていたら、ちょっと判りませんけど、命に別状はないですよ」

 ボーは医師ではないので、詳しい事は判らないが、目立つ症状も無い事からそう結論付けていた。

「十分だ。ボー、ユーリも休んでおけ」

「はい」

 ボーが短く答えるも、ユーリは眠り姫となっている双子を見て、ご執心だと判る粘っこいため息を漏らし

「はぁ……可愛いな」と呟いた。

 その言葉に、ヴァルトは露骨に嫌な顔をすると

「おい、手を出すなよ」とだけ忠告する。

 しかし、ユーリの言葉は続いていく。

「いや、でも可愛いよ。俺、初めてだよ。こんなにも息子が――」

 ユーリの言葉にヴァルトはため息を吐き出した。元々、ディックを抜かせば一番若いのがユーリで女に興味がある年頃ではあるが、手を出されると困るので

「ダン。許可する。縛れ」とダンに指示を飛ばした。

「ちょ、ちょっと辞めて!!」

 ダンは無言で立ち上がるとユーリに迫るが、ユーリも逃げようとする。しかし、簡単に捕まると腕を後ろに持っていかれ地に伏せられ、そのまま腕を縛られる。そして、終いにはぐるぐると身体を縄で縛られ芋虫になっていた。

 ダンは芋虫にしたユーリを担ぐとベッドで寝る双子姫から離れ、遠くでまた火を起こし始めた。すると、ボーもそれに続いてダンの元へ行くと刀剣の手入れを始めていた。

 その光景を眺めつつも、目の前にある火に視線を戻し、ヴァルトは苦笑いを浮かべて

「手を出されれば切り札も意味を成さないっての」とだけ漏らした。

 その言葉に、ヴォルフも同じように笑うと

「まぁ、そう怒るな。アイツはまだ十六だ。若いのよ」と付け加えた。

「俺だってまだ二十九だぜ?」

「そうだったな」

 それきり、二人の会話は途切れる。双子姫は相変わらず、寝たままだった。月が綺麗に見えるものの、木々に覆われた森の中で腰を降ろすヴァルト達には月明りは一向に差し込まず、火の光だけが暖かく周りを照らしている。

 火を囲み、向かい合う形の二人。彼らは長い間こうして来ていた。

「……もう二十三年か。早いものだな」

 ヴォルフがそんな言葉を漏らす。手で火にくべる枝を弄びながらも、視線はずっと火の揺らめきを見続けている。

「止せよ。昔の話は」

「何、俺ももう歳だからな」

 歳という言葉に、ヴァルトは鼻で笑うと

「引退ってか。笑える冗談だ」とだけ言って見せた。

 だが、ヴォルフは軽口を返さずに火に枝をくべた。その行動にヴァルトはヴォルフを見つめるために視線を挙げた。すると、ヴォルフはゆっくりと言葉を吐き出した。

「十二年前から始まったんだ。感慨深くもなる」

 その言葉に、ヴァルトは一瞬言葉に詰まるも右口の端を小さく挙げて笑ってみせる。

「名案だったろ? まさか悪党が護衛させろなんて言う訳ないっていう新鮮さ」

「今でも初仕事を覚えている。結局、強奪しただけだった」

 十二年前、初めて商人に護衛を要求した。道中は平和そのもので、何一つ問題は起こらなかったが、逆にそれが問題だった。

「あのクソ野郎が金支払うのを拒むからよ」

 商人は金を払う事を拒んだ。襲い掛かる事もできない賊は怖くないとでも思ったのだろうか。それとも、四人同行していた商人が居たから二人相手なら倒せるとでも思ったのか。どうであれ、反抗した商人に、ヴァルトとヴォルフは容赦しなかった。

「俺達もまだ慣れていなかったからな。奪って、殺して。それだけをしてきたんだ」

 ヴォルフは自分で吐き出した言葉の後に笑みを浮かべた。力の無いその笑みは自嘲に見える。その言葉に、ヴァルトは自分の言葉で付け足していく。

「だが、俺には必要な事だった。何一つ無駄だと思った事はねぇし。後悔もしてない」

 ヴァルトの思いに

「それで良いんだよ」と、ヴォルフは呟いた。

 その言葉。今、火を囲んで向かい合っているヴォルフの丸くなった姿にヴァルトは一抹の不安を抱え込んだ。

 あの時も、ヴォルフはそう言って、力無く笑みを浮かべていた。きっと山賊という悪党家業に嫌気が差していた。だから、ヴォルフもヴァルトが言った商人を護衛しようなどという酔狂な提案を呑んだ。

 ヴァルトは幼い頃からずっとそう思ってきたが、歳を重ねるごとにその思いは違和感に変わっていった。

「よしてくれ。どうした?」

 それを必死に否定したいかのように、軽い口調で問い掛ける。

「腰を落ち着けようと思った事はあるさ」

 対して、ヴォルフは妙に真剣な顔つきになってそう答えた。ヴァルトはその思いを長年持ち続けていた事を知っていたので、今までは特に興味を持たなかった。

「へぇ」

 今日だけは違う。どこか真剣さが感じられた言葉だった。だからこそ、ヴァルトはあえて適当に相槌を打ってしまった。

「それが、ここだったって事か?」

「良い場所じゃないか」

耄碌(もうろく)したな。俺達は山賊。いつ、討伐隊を編成されて、その場で殺される。もしくは処刑場で首が飛ぶか、汚物を撒き散らして宙ぶらりんだぜ?」

 山賊だけでなく、徒党を組み犯罪を行う者達の多くは捕まった場合は見せしめのために処刑される。ギルドに依頼が舞い込むほどの懸賞金を賭けられた賊徒も現れ、彼らは人から追われる生活を強いられる。生死を問わず。依頼の絶対条件は本人確認できる証拠ないし頭を持ち帰る事。

 そのような世界に身を置くようになったヴァルトには、ヴォルフの言葉が妙に堪えてしまっていた。。

「悪党には悪党の矜持がある。ならば、その矜持のままに動く。アンタが教えてくれた事じゃないか」

 初めて出会った時――ヴァルトはヴォルフを英雄だと見間違えた。絶望の淵でただ死を迎えるだけの存在に堕ちた自分を救い出してくれた。それがたとえ、ヴォルフ自身の贖罪だとしても、ヴァルトにはどうでも良かった。ただ、命を救ってくれた恩人に変わりは無い。

「アンタが、そう言ってくれたから。賊にも、悪にも種類があるんだって思えたんだぞ」

 そして、ヴォルフが元賊だと知り、愕然としながらもヴァルトはヴォルフに縋るしか道は無く、共に行動して行き、人にも種類が居るという事を知って行った。

「アンタのお陰で、俺は過去を乗り越えられたんだ」

 だからこそ、ヴァルトは思い知った。悪党は悪党でしかない。なら、悪党の中で自分が行う悪行に矜持を持つと決めた。それこそ、自分が踏み込んだ道に対する礼儀であり、ヴォルフへの恩返しになるとも考えていた。だが、ヴォルフの言葉にヴァルトの思いは揺らぐ。

 ヴォルフは、自分の事を本当は、賊なんかにしたくなかったと思い知らされた。そのことが無性に心に突き刺さって――

「そんな、アンタが悲しい事、言うなよ」

 だが、ヴァルトの搾り出した言葉にヴォルフは力無く笑みを浮かべて一言だけ漏らす。

「乗り越えたのか?」

「あぁ!?」

 その言葉に、思わずヴァルトは声を荒げた。まるで見透かされているようなヴォルフの視線とヴァルトの揺らぐ視線がぶつかり合った。

 焚き火は変わらず揺らめき続け、木々の枝を燃やし尽くす勢いで音を挙げる。その焚き火を会して向かい合う二人の山賊の胸中はどのようなものなのだろうか。方や哀れみすら滲ませる瞳に、方や激情を必死に押さえつける子供のような弱々しく揺れる瞳。

 だが、その睨み合いは第三者の介入によって中断される事ととなる。

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