弐四
町と町を結ぶ街道には様々な種類がある。平原を真っ直ぐ通る街道もあれば、曲がりくねった丘陵地を駆け抜ける街道。その中には勿論、山道だって存在する。山間にある大きな炭鉱の町を繋ぐ山道に、山脈を抜けるための山道と、色々だ。
「よぅ、ちょっと止まってくれ。死にたくなかったらな」
「はいはい。止まりますよ」
ニールの町は他の町から遠く、山道と平原を貫く街道を往来する必要があった。その道中は、出発する町付近には賊の脅威が今だ消えておらず、平原や山道に入れば腹を空かせた獣が襲い掛かってくる心配もあった。
「聞き分けの良い奴は大好きだぜ? まぁ、安心しろよ殺しはしない」
そうした街道は、町々を治める領主である貴族や国を治める王が管理しているもので、町から近ければ騎士団や衛兵が巡回し、警備をしている。
商人は町に金と物をもたらし、国や領主に利益を与える。その商人は街道を通って町を行き来する大事なお客様だった。そんな商人達を護るために、領主や国も手を回している。
それでも、長い長い街道全てを護りきれるわけでもなければ、町によっては街道に手を回せるほどの兵員すらままならない。そういう事態に陥っている領主の方が圧倒的に多い。
「商人様よ。貴方様は、何処まで行くのでしょうかね?」
だからこそ、賊徒と呼ばれる無法者がのさばり、いくら国や領主が討伐隊を出して討伐しようと消える事は無く、居るところには居て、居ないところには居なかった。
「キリバスの町ですよ。あそこは交易が盛んでしてね、何でも西から良質な毛織物が入って来ているそうで。一度本拠に戻ってから妻と従者でも連れて向かおうかと思いまして、こうして馬車に揺られているわけです」
その言葉は、目の前で陽気に笑みを浮かべて、肩に手を乗せてくる一人の男に向けられていた。
商人は鹿のなめした皮の衣服を纏い、その上から麻のローブを纏っていた。それなのに、ゴツゴツとした手の感触が伝わってくる。掴み握る指先に至るまで、堅くまるで自分の身に付けているなめし皮か、それ以上の物に万力で肩を抑えられているように感じられたほどだ。
「前々から思っていましたけど、ヴァルトさんの手は堅いですよね。なめし皮よりよほど堅いと思います」
ザックスはそう言って笑った。
「おいおい。もう少し、雰囲気作れないのかねぇ?」
ヴァルトは呆れた声を挙げた。
「頭の負けだよ」
ユーリが可笑しそうに笑い声を挙げて言った。
「そうですよ。乗せていってもらえないとこっちだって困るんですから」
ボーが苦笑いを浮かべている。
ダンはいつも通り無言で馬車の横で馬に乗っている。
「それで、その熊がディックさんですか? 本当に熊なんですね」
ザックスは興味深そうに眺める。
「初めまして? それとも久しぶり?」
ディックは顔を傾けながらそう言って、ザックスはその仕草と声に笑顔を作り出した。
「獣人は本当だったんですね。お久しぶりですよ。ディックさん」
ザックスは浅く頭を下げた。ディックも大きく頭を下げた。
「それで、どうするんですか?」
ザックスは陽気に笑みを浮かべながらそう言った。
「なぁに。いっちょ俺達がお前さんの道中を護衛してあげようかと思ってね」
逞しい。
ザックスは素直にそんな想いを持った。
目の前に居る五人の山賊は確かに賊徒で悪党だった。だが、それでも彼らは悪党の矜持を持って、ニールの町を救った。その事実は変わらない。双子姫はディックを抜かす四人を自警団として召抱えようともしたほどだった。
「俺らは五人でお前さんを護衛する。無事町近くまでついたら報酬を払う。問題は何もないぜ? 勿論、払らわねぇと死ぬしかないがな」
ヴァルトの陽気な笑顔を見ていると、ザックスは胸が痛む。
ニールの町を救った英雄。しかし、彼らは悪党だった。ニールの町に、悪党の英雄は要らなかった。それだけだ。
「はいはい。判りました。今度もよろしくお願いします」
ザックスは笑いながら素っ気無く返す。
山賊にとって、自分が投げ掛ける同情なんてものに価値を見出す人ではない。それを思うからこそ、ザックスは何食わぬ顔で彼らに接した。彼らには彼らの生き方がある。それも、殺されようと文句の言えない道を歩いているのだから尚の事。
「しまらねぇな。本当」
ヴァルトは苦笑いを浮かべながらも、動き出す馬車に付き添うように馬を動かしていった。
山賊という賊徒が存在している。
賊徒の中でも主に山を根城にして、山道や山沿いの街道を歩く旅人や商人を襲い、物資や金銭を強奪する。時に、身代金目的に人を攫う事もあり、人も容赦無く殺す。
強請り集りに窃盗強盗――人殺し。何でもやる悪党。それが世間からの認識で、それは何も間違っていなかった。
ニールの町へ続く街道の隅にひっそりと佇む一つの石碑がある。まるで、往来する人々を見守るように作られたその石碑には、何かの指標なのか。はたまた何かの記念碑なのか。ただ、この石碑には何一つ刻まれてはいない。
白を基調した石質で出来たその縦長い石碑は、ひっそりと雑木に隠れるようにしていながらも、その白さゆえに、太陽の光を良く輝かせる。その姿がまるで自己主張をしっかりしているように見え、街道を往来する人々の視線を集めた。
建てられた意味を知らない旅人や商人は、街道に立てられた旅の安全を願う石碑だと勝手に解釈して花を手向けたり、お供え物をしたりする。
珍しい石ですな。
商人からそんな言葉が聞かれる。直に、あの白い石も少しずつ市場に出回る事になっていく。ニールの町の特産物として。
塩と同じく産出量は低い石材らしく、これだけ綺麗な色を持つ物は滅多には市場に出ない。そのため、わざわざ遠出をして、このニールの町まで仕入れに来るほど、石を求めて酔狂な商人が来る事もあった。
そんな商人達は、街道の石碑の意味を知る事になるだろう。
ニールの町で、あの石碑はなんだと問い掛ければ、誰でも答えてくれる。気兼ねなく答えてくれる人もいれば、眉間に皺を寄せて迷惑そうにしながらも答えてくれるだろう。
そうして、問い掛けた側があの白い石碑の意味を知らされたら、どうなるだろうか。
恐らく、そんな事のためにあんな珍しい石を使ったのか。
そう怒るかもしれないし、呆れるかもしれない。
たった一人の山賊のために、何故あんな石碑を建てた。
ニールの町に住まう多くの民衆もその事には大方同意するだろう。酒屋などでその話をすれば、多くの人が共感するはずだ。
「山賊は悪党だぜ? なんだってあんなものを」と旅人が赤い顔をしながら呟いた。
「確かに悪党だったんだよ」
石碑の意味を教えた町人が苦笑いを浮かべる。
「そうそう」
隣で飲んでいた若い男が、如何にも酔っている顔でテーブルに顎を乗せながら相槌を打った。
「だけどよ。やっぱ、悪党にも種類があるんだって思い知ってんだよな」
「そりゃ、アンタ。山賊、盗賊、馬賊に、夜盗、スリ。一杯居るわな」
「違う、違う。それは言わば職種ってもんよ?」
町人は、勢い良くコップをテーブルに打ちつけた。若い男は気持ち悪そうにしている。
「俺らが言っているのはその職種に就いている人自身の事さ」
「悪党にそこまで肩入れするのも気味悪いもんだぜ」
旅人は訝しがりながらビールを飲み込む。
「肩入れしている、かもしれねぇが。まぁ、悪党にも色んな悪党が居るって知ったんだよ」
その言葉と、語った町人の顔はどこか、苦しそうにも見えた。
「何かあったのか?」
興味を惹かれたのか。旅人は問い掛けた。
「馬鹿な山賊の話だぜ?」
「面白そうだな」
旅人が肘をテーブルにおいて、町人を見る。その顔を眺めながら、きっとこの話は町人とって辛いけれど語り継ぐものなんだという、妙な責務みたいな重さを感じていた。
「山賊が、この町を救って俺達が追い出した――そんなお話さ」
今日も、「バッカスの欠伸」は繁盛しているようで、旅人や商人も店に繰り出し、町人と一緒になって酒を飲みあい、噂話から降って沸いた英雄話に花を咲かせる。
悪党だった山賊が、領主のお姫様と町を救った。そんなお話。
山賊は悪党で(了)
悩みに悩んで十万字程度での完成を目指し、この小説を仕上げると決めていたのでこのような終わりになりました。
ブログの方で、初期のキャラ設定と、原案プロットがあります。興味があればご賢覧ください。
お読み頂きありがとうございました。
お疲れ様でした。




