第1話 影の目覚め
深い夜――村に鬼が近づいていた。
「この村か。人間の気配を感じる。恐怖と絶望の匂いが奴らをさらけ出している。楽な狩りになりそうだ。」
夜中、私は叫び声で目を覚ました。
外の様子をうかがった瞬間、私はその場で凍りついた。
辺り一面が炎に包まれていた。
人々は恐怖に駆られ、必死に逃げ惑っている。地面には血だまりが広がり、鬼たちは容赦なく村人たちを殺していた。
冷や汗が一気に噴き出した。
鬼を見るのは四十五年ぶりだった。
そして今、その鬼たちが再び私の目の前に現れた。
老いた心臓が激しく鼓動する。
呼吸は乱れ、恐怖で全身が痺れた。
指一本すら動かせなかった。
家の中へ戻っても、外からは悲鳴が絶えず聞こえてくる。
老人たちは命乞いをし、男も女も叫び、子どもたちは泣き続けていた。
私は必死に頭を働かせた。
この村の者たちを救える人間は、もう私しかいない。
侍は、もう存在しないのだから。
私は覚悟を決め、隠し場所へ向かった。
長い年月、一度も手にしていなかった刀を取り出す。
「……久しぶりだな、相棒。」
私は人々を助けることを決めた。
だが、一つだけ絶対に守らなければならない条件があった。
誰にも私の姿を見られてはならない。
この村の誰一人として、私が侍であることを知ってはならないのだ。
私は気配を消し、密かに村の中心へ向かった。
戦いが始まる。
行く手を阻む鬼を、一体残らず斬り伏せていく。
七十歳になった今でも、剣の腕は衰えていなかった。
身体は自然に刀を振るい、一太刀ごとに鬼を確実に仕留める。
そして、再び闇へと姿を消す。
やがて最後の一体を斬り伏せた頃、地平線には朝日が差し始めていた。
鬼はすべて消え去り、悪夢のような夜も終わりを迎える。
村人たちに見つかる前に、私は急いで家へ戻った。
家へ着くと、大きく息を吐く。
――誰にも見られていない。
そう思い、胸をなで下ろした。
翌朝。
私はいつも通り村へ出た。
生き残った村人たちはあちこちで集まり、昨夜の出来事を興奮気味に語り合っていた。
誰もが衝撃を受けていた。
「侍だった! 俺はあの人影を見たんだ!」
「でも侍は何十年も前に全員滅ぼされたはずだ! 一体どこから現れたんだ!?」
村人たちは思い思いの推測を口にし、議論を続けていた。
その中を、一人の質素な七十歳の老人が静かに歩いている。
誰一人、その老人こそが昨夜の救い主だとは思いもしなかった。
私は静かに家へ戻ろうとした。
しかし家の前まで来たその時、背後から慌ただしい足音が聞こえてきた。
振り返ると、一人の少年が息を切らしながら駆け寄ってくる。
年は十二歳ほどだろうか。
服は土埃にまみれ、目には涙が浮かんでいた。
「どうした?」
少年は私の袖を強くつかんだ。
その顔には、隠しきれない恐怖が浮かんでいる。
「お願いします! 姉を助けてください! 昨夜、鬼にさらわれてしまったんです!」
その言葉に、私は一瞬言葉を失った。
心臓が再び激しく脈打つ。
だが、正体を明かすわけにはいかない。
「すまない。私はただの老人だ。手は震え、足も満足に動かん。私には何もできない。若い者を頼るんだ。」
そう言って背を向け、歩き出した。
だが、少年は諦めなかった。
「知っています……!
昨日、村を救って鬼を倒したのは、あなたなんでしょう!
僕は見たんです!」
四十五年間守り続けてきた私の秘密は――
たった一人の子どもによって、打ち砕かれた。




