下戸の家系の、計画外の四月
第1回 JR西日本×BS12トゥエルビ じゆうに文庫小説大賞 応募作。
広島県東広島市西条を舞台にした、二十歳の蓮と二十二歳の七緒の、四月から十月までの七ヶ月の物語です。全7章・約11万字を、16話に分けて投稿していきます。
どうぞ、最後までお付き合いください。
二十歳になった日に、僕は人生で初めて日本酒というものを口にして、そして即座にむせた。
場所は東広島市西条町、酒蔵通りのど真ん中、賀茂泉酒造の運営する酒泉館の二階である。
思えばここから、僕の二十歳が始まり、二十一歳の半分くらいが終わった。
そもそも、僕の家系には酒を飲む人間が一人もいなかった。
両親は二人とも、ビールの一口でほうれん草みたいに顔を赤くする系統の下戸である。三歳下の弟も、検査するまでもなく顔を見ただけで分かる類の下戸であった。一族郎党、揃いも揃って肝臓に酒を分解する係の酵素を発注し忘れて生まれてきている。家庭の食卓に酒瓶が並んだ記憶は、二十歳になるまで、ただの一度もない。
そういう家で育った人間が二十歳になったからといって、急に酒に目覚めるわけがない。普通に考えれば、僕は二十歳の誕生日に、コンビニでケーキを買ってきて、家族とLINEで電話をして、適当に「ありがとう」とか言って、それで終わるはずだったのである。それが僕の人生に予定されていた、ささやかで穏便な二十歳の迎え方であった。
ところが、そうはならなかった。
三月の終わりごろ、新学期が始まる直前のことである。広島大学の構内を、講義棟から生協の方へ歩いていると、いきなり背後から声がかかった。
「君、君! ちょっとちょっと」
振り返ると、見知らぬ先輩二人組が、満面の笑みでこちらに手を振っていた。背の高いほうは色黒で、もう一人は眼鏡をかけている。二人ともペラペラのチラシの束を抱えていた。新歓の勧誘である。広島大学の三月末は、サークルの新歓勧誘が校内のあちこちで地雷のように敷設される季節で、僕はそれまで運よく避けてきた。今回は不運にも踏んだらしい。
「君、二十歳? もうすぐ?」
と、背の高いほうが聞いてくる。
「あ、はい、四月で二十歳ですけど」
と、僕は反射的に答えた。後から考えれば、ここで「まだ十九です」と嘘をつくべきだったのである。あるいは「すみません、用事があって」と無視して走り去るべきだったのである。しかし、二十歳目前の真面目な大学生は、見知らぬ先輩からの問いに、つい正直に答えてしまうものらしい。律儀さも程度問題である。
「お、四月かあ! ぴったりじゃん!」
ぴったり、と言われても、こちらとしては、ぴったりだから何だと思うわけである。誕生日と新歓のスケジュールが合致したからといって、それは天文学的な偶然でも何でもない、ただの曜日の問題である。地球の公転と週七日という人間の都合が、たまたま噛み合っただけの話である。
と、そういうことを心の中で饒舌に反論している間にも、相手はチラシを僕の手に押しつけていた。
『広島大学 日本酒研究会 新入生・新二十歳ともに大歓迎! 西条の酒を最初の一杯から学ぼう!』
……日本酒研究会。
こんなサークルが存在することを、僕はこの時初めて知った。研究会というからには、何かを真面目に研究するのだろうか。それとも研究という名目でただひたすら飲んでいるだけのサークルなのだろうか。後者であろう、というのが僕の直感であったし、結論から言えば、その直感は概ね正解であった。
「四月十三日の土曜日、酒泉館で新歓やるけえ、絶対来てな。誕生日が四月って言うとったやろ、最初の一杯、一緒に飲もうや」
「あ、いや、僕、家系がみんな下戸で」
「だからこそじゃん」
だからこそ、の意味が分からなかった。下戸の家系の人間に、なぜわざわざ酒を勧めるのか。むしろ普通は、こちらの体質を心配して新歓の勧誘を引っ込めるのが常識的な判断ではないのか。
「あー、でもまあ、無理にとは言わんけど、二十歳の最初の一杯くらい、誰かと飲んだほうが楽しいよ。一人で飲んでもしょうがないじゃん」
これに関しては、何故だか少しだけ、納得してしまった。
「気が向いたら、ね。あ、俺、宮原。日研の会長やっとるけえ、何かあったらLINEして」
そう言って、宮原さんはチラシの裏に書いてあるQRコードを指で叩いた。「日研グループ」と書かれた小さな四角。
「気が向いたらでいいんで」
と僕がもう一度言うと、宮原さんは「ええよええよ、ぴったりじゃけえ大丈夫」と、何が大丈夫なのか分からないことを言って、二人組はもう次の獲物を探しに歩き出していた。あっさり退いたわりに、勧誘の言葉だけはちゃっかり耳に残っている。プロである。
気がついたら、僕の手にはチラシが残っていた。
気がついたら、僕のスマホには「日研グループ」のLINEが追加されていた。
こういう風に、自分の人生がいつの間にか勝手に決まっていく現象を、何と呼ぶのが正しいのだろうか。流されている、とも違う気がする。流されるためには流れがあるはずだが、僕の場合、流れの存在自体が確認できないまま、なぜか下流に到着している。気がつくと現地にいる、という方が近い。テレポートに近い。テレポートの方がまだ自分の意思があるぶん、ましかもしれない。
まあ、二十歳の最初の一杯くらい、誰かと飲んでもよいか、と思ってしまったのである。
思ってしまったのが運の尽きである。
四月十三日の土曜日、夕方五時、僕はJR西条駅前の広場で日本酒研究会の先輩たちと合流した。先輩は男女混ざって五人ほどいて、皆すでに少し顔が赤い。
「あ、来た来た! 君が新二十歳の柏木くんね!」
と、宮原さんがこちらに手を振った。よく見れば、駅前のベンチに缶ビールの空き缶が三本ほど転がっている。
「……もう飲んでるんですか」
「いや、これは前菜じゃけ、前菜」
「前菜にビール三本飲む人います?」
「ええ質問じゃのう。日本酒研究会では普通じゃ」
そうだろうな、と思った。普通でないと困るような集団に、僕はうっかり足を踏み入れたらしい。
一行はぞろぞろと酒蔵通りを歩いていく。
春先の西条の空は、薄い水色をしていた。酒蔵通りの両側には、なまこ壁の蔵と赤レンガの煙突が並んでいる。煙突は背が高くて細長くて、四月のまだ少し冷たい空気の中で、ぼうっと突っ立っている。湯気は出ていない。
「煙突から煙、出てないですね」
と、僕は隣を歩いていた女性の先輩に話しかけてみた。とりあえず話題を作らないと、知らない人に囲まれて歩く時間というものは妙に長く感じられるものである。
「あー、酒造りの仕込みは冬の仕事じゃけ、四月はもう終わっとるんよ。煙突から湯気が出るのは、十月の終わりから三月くらいまで」
「へえ。じゃあ今は煙突、休憩中ですね」
「休憩中? 君、面白いこと言うね」
先輩が笑った。煙突の休憩中、というのは別に面白いことを言ったつもりはなかったのだが、笑いの沸点は人によって違うらしい。
酒泉館は、酒蔵通りを駅から少し奥に入った場所にあった。古い蔵を改装したらしい二階建ての建物で、入口の看板には『酒泉館』とだけ書いてある。先輩たちはもう何度も来ているらしく、慣れた様子で扉を開けた。
中は思っていたよりずっと広くて、明るかった。一階のフロアは普通に営業中で、左手のカフェスペースで観光客らしき人々が仕込み水のコーヒーを飲んでいた。右手には物販コーナーがあって、賀茂泉のTシャツや酒器、化粧品の類いが陳列されている。日本酒の蔵というよりは、ちょっとした美術館のミュージアムショップに近い空気だった。新歓の集団がこんな静かな空間を貸し切るのは無理だろう、と僕はぼんやり思った。
「二階な、二階。新歓は二階借りとるけえ、貸し切りで」
宮原さんが、僕の背中を押した。
階段は思いのほか急だった。
僕はそこで初めて、自分が酒を飲む側の人間として、この建物の二階に上がろうとしているのだということを認識した。認識したが、引き返す気力はもうなかった。律儀さは引き続き、僕の足を一段ずつ動かしている。
酒泉館の二階は、想像していたより落ち着いた空間であった。
普段はイベントスペースとして貸し出されているらしく、今日は日本酒研究会が貸し切りで借りていると、宮原さんがさっき廊下で説明してくれた。木の床、木のテーブル、木の椅子、木の梁、見渡す限り木である。元は本物の蔵だったらしく、天井が高くて、太い柱が何本も剥き出しになっていた。窓は小さくて少し高い位置にあり、夕方の日差しが斜めに差し込んでいる。普段はもっとちゃんとしたパーティーや展示会に使われる場所なのだろうが、今日は日本酒の試飲セットが各テーブルに並んで、二十人ほどの大学生がガヤガヤと飲んでいる。観光地の格式と、サークル飲み会の雑な熱気が、不思議に同居していた。
テーブルにはあらかじめ、各人ぶんの試飲セットが並べてあった。新歓のイベント費用に試飲代も含まれていたらしく、五つの小さなお猪口がトレーにのって、一人ずつのテーブル席に置いてあった。先輩たちは慣れた手つきで自分の席に着き、僕の分の席も「こっちこっち」と指さして教えてくれた。
「はい、新二十歳のお祝い。会長から」
と、宮原さんが僕の分のお猪口セットの脇に、追加でもう一つ、別の銘柄を置いた。
「あ、すみません」
「気にせんでええ。最初の一杯くらい、先輩が出すもんじゃけ」
そう言って宮原さんは、自分の席に試飲を開始しに、もう僕の隣からいなくなっていた。日本酒研究会の先輩というものは、後輩を勧誘するときは熱心だが、現地に着くともう勧誘の役目は終わったとばかりに自由行動に移行するものらしい。狩猟と漁労の役割分担が明確である。
僕は手元のトレーと、五つのお猪口を眺めた。
一番手前のお猪口に注がれていたのは、薄い黄色というか、ほのかな金色というか、要するに山吹色の液体であった。後で調べたら、山吹色というのは平安時代から使われている色名で、晩春に咲く山吹の花の色らしい。意識が一瞬だけ平安時代に飛んで戻ってきた。戻ってきたが、目の前のお猪口の中身が日本酒であることに変わりはない。
横にメニューが置いてあった。
『賀茂泉 純米吟醸』
これが、人生で最初に口に入れる日本酒、ということになる。
思えば、二十年も生きていて、酒というものをただの一度も飲んだことがないというのは、それはそれで一つの達成ではある。下戸の家系というハンデを差し引いても、現代日本の二十歳手前で完全な未経験者というのはなかなか珍しい。準絶滅危惧種である。その絶滅危惧種が、いままさに普通種に進化しようとしているのだから、これは生物学的に重要な瞬間と言えなくもない。
そんなことを考えていたら、いつまで経ってもお猪口に手が伸びない。
隣のテーブルの先輩がもう三杯目くらいを試飲しているのが視界の端に映っていた。僕一人だけ、最初の一杯を前に固まっている。これは流石にみっともない。意を決して、お猪口を持ち上げた。
山吹色の液体は、想像していたよりずっと軽い香りがした。果物のような、花のような、しかし果物でも花でもない、初めて嗅ぐ種類の匂い。匂いだけで、僕は少しだけ「あ、これは美味しいやつかもしれない」と思った。思って、油断した。
一口、含んだ。
結論から言うと、僕は咳き込んだ。
山吹色の液体は、口に入った瞬間まではまだ穏やかであった。穏やかに見せかけて、喉の途中で正体を現すタイプであった。喉の真ん中あたりで、急に何かがカッと熱くなって、何かがぐっと膨らんで、何かが鼻の奥まで駆け上がってきた。これがアルコールというものか、と僕は呑気に分析している場合ではなく、気がついたら咳き込んでいた。
「げほっ、げほっ」
二つに折れる勢いで咳をした。お猪口の中身が少しこぼれて、テーブルに山吹色の小さな池ができた。隣の席の客が驚いたようにこちらを見る。先輩たちはこちらを見ていない。狩猟と漁労に夢中らしい。
喉がまだひりひりしている。鼻の奥に酒の香りが居座っている。涙が一筋、勝手に出てきた。生理現象である。生理現象であるが、初めての日本酒で泣いている二十歳というのは、構図としてあまり格好がよくない。
そのとき、目の前のテーブルに、コップが一つ、すっと差し出された。
透明な水の入った、普通のコップである。
……コップ?
一拍遅れて、それが僕に差し出されているということに気がついた。さらに半拍遅れて、それを差し出している人がいるということに気がついた。
顔を上げた。
隣の席に、女の人が座っていた。
さっきまで誰もいなかったはずである。少なくとも僕は、隣に人がいたことを認識していなかった。咳に意識を全部持っていかれていたあいだに、いつのまにか隣が埋まっていたらしい。あるいは最初から座っていて、僕が気づいていなかっただけかもしれない。後者の確率が高そうだ、と冷静に思い直した。
少し茶色がかった、長い髪の女性であった。見たところ僕より少し年上、たぶん大学三年か四年くらい。手元には文庫本が一冊と、自分用らしい試飲のお猪口が一つ。彼女はお猪口を口に運ぶ手を止めて、じっとこちらを見ていた。微笑んでいる、というほどではない。表情は穏やかで、慣れた感じで、こちらを観察している。




