第一章7話『脱獄を阻むモノ』
「――何をしている」
「げ」
異世界での所信表明をキャンセルされた俺の気持ちを(本人は知る由もないだろうが)カレーヌが代弁してくれた。
物事が上手く行きそうな時に限って厄介事が舞い込む……そういったお約束は踏襲しているのか、この世界。
それなら初期装備に地球の品々を持たせることもできただろ。やっぱ嫌いだこの異世界。
「……別に、こいつの散歩してるだけだよ、団長」
「こいつ……? ――ふむ。カレーヌ、お前が奴隷を所有していると聞いた覚えはないが?」
「……チッ、逃げるぞ」
「逃がすと思うか?」
いや、そんなアニメでしか聞いた事のないセリフ生で聞けてありがとうございますなんて感謝するわけが無い。視界は依然としてボロ雑巾で埋め尽くされてて声でしか状況を判断できないが、これ、絶体絶命ってやつじゃないか?
「そ、そんなぁ……少しのおいたは許してよぉ」
「団長! メブキさんの言い分も聞いてあげてください! 訳も分からず投獄なんてあんまりです!」
「事実が決定的すぎた。もはや、弁明の余地もないだろう。――早くこちらに引き渡せ」
それについてはぐうの音も出ない。
「嫌っつったら「罷免並びに投獄だ。規律を破る者に、騎士を名乗る資格はない」」
「そ、それは重すぎるのでは!? 一度も失敗しない人間は「それが騎士というものだ。お前も重々承知しているものと思っていたが、ラミィ? 騎士に失敗は許されない。過ちを犯した時点で、お前達はただの犯罪者だ」」
「……せめて、最後まで聞いてよぉ、団長……」
「……あぁ、今聞いた。そしてワタシの結論は変わらない」
取り付く島もない様子の団長様は、三騎士の話を意に介さず、自分の主張を押し付けていた。
――我慢の限界だった。
「アレー、ファボル、逃げ道を塞「さっきから聞いてれば、規律規律って、そんなに大事ですか? 団長殿?」」
もう変装の必要もないだろうと、頭で着ていたシャツに首を通す。
ずっと目を瞑っていたからか、ちょっと、いやかなり眩しい。まだ目が慣れない。
それにしてもとてつもない開放感だ。絶体絶命の大ピンチだというのに、心が踊ってしまっている。
「……あぁ、大事だ。規律がなければ騎士は瓦解する。規律を遵守できない者は風土を乱すだけだ」
「はいはいなるほど一理あります。規律、大事ですよね」
「……何が言いたい」
よし。目論見通り、信念に付け込めば話は聞いてくれるようだな。
「まぁまぁそう先を急がずに。ゆっくり行きましょうよ。俺たち初対面じゃないですか。まずは互いの親睦を深めて、そこから話をしましょう」
努めて冷静に。余裕を偽造して。金髪の爽やかイケメン、いかにもエリート街道まっしぐらといった騎士団長様に、邪気のない笑顔を向ける。
五秒。そのまま押し黙る。騎士団長の眉が僅かに動いたのを見届けて――、
「趣味は!」「騎士だ」
「好きな物は!」「騎士だ」
「海と陸の境目は!」「岸だと思うが」
「名字は!」「名……? あぁ、家名のことか。ファープラディスだ」
「くっ――」
悲しいことに、これで騎士団長の名字が岸田である可能性が無くなってしまった。――だが、それは本題と関係ない。
「今の問答に何の意味が――はむ」
「よっしホールイン!」
問答に気を取られていた騎士団長目掛けて、脱獄前にポケットにしまったソレを全力投球。野球経験は皆無だから一抹の不安はあったが、見事なストライクが決まったので結果オーライ。
「あんたらが毎朝毎晩ご丁寧にお出ししてくれた特製のダークマターだ! しっかり味わえよー?」
「め、メブキお前……」
「さぁ今のうちにトンズラしようほら早く!」
包囲はされているが、同じ騎士であるこの三人なら何とかできるのだろう。何よりも一秒でも早くここから立ち去りたい。指名手配はされるだろうが、それでも束の間の休息はとれるだろう。
早く外の――宿場町ぐらいが丁度いいか。そこで、美味しいご飯とあったかいお風呂に入りたい。
そうして三人に働きかけるも、皆浮かない顔でこちらを見つめていた。
「メブキさん……」
おずおずと伸ばされたラミィの指に従い、恐る恐る後ろを振り返る。
「――――マオウ様の手料理か? 相変わらず美味しいな」
ジャリジャリと仏頂面でダークマターを堪能している騎士団長がいた。
「――は?」
真顔で――いや、少し口角上がってるな。あのダークマターを美味しそうに食べている。
カレーヌに目で訴える。蜜柑色の視線を逸らし、ブロンドの長髪を気まずそうに掻きながら、
「――あー、その、なんだ。味覚音痴なんだよ、団長」
「…………。…………いや、納得できるかぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
渾身の絶叫が、爆発する。
「残念ですが……メブキさんの納得するしないに関わらず……」
「あぁ……分かってる。分かってるが、叫ばずにはいられなかったんだ」
何せ俺が朝昼晩一週間口に含んでようやく耐性がついた毒物を、意識を失わないまでなら理解できるものの、まるでオシャレなカフェでスイーツを堪能している女子高生のように――ちょっと大袈裟か。ポテチを食べてる時の俺みたいな顔をしてジャリジャリしているのだ。魂を込めた異議申し立ても仕方あるまい。
ともあれ、切り札はこうして美味しく頂かれた。となれば、残す道は一つ。
「えーっと、アレーさんでしたっけ? ほら、剣貸してくださいよ」
「あ? お前何言ってるんだ……?」
「あーそういのいいから。ほらほら、早く早く」
「お、おう……」
伸ばした手を上下に揺らして催促し、困惑に囚われた兵士アレーから剣を受け取る。
意外と重かったが、なんとか片手で持てそうだ。
こういうのは堂々としていれば割と通るものだ。コツは相手の理性が働くよりも先に要求を通す。これに限る。
相手の無理解を誘い、そこに付け込む。言質さえ取ってしまえばこちらのもの。バ先で学んだ休暇奪取戦法の応用だ。――なお、実戦で使用したのはこれで三回目だ。
「さ、始めます? 騎士団長殿」
受け取った剣をそのまま騎士団長へ向け、余裕の表情を偽って挑発する。
「メブメブ、剣扱えるのぉ?」
「ノーコメントで……さぁ、どうします? 俺は別にどっちでもいいですけど。任せますよ」
アカネの当然の疑念に小声で応じつつ、あくまで自然に、恐怖を隠して余裕をアピールする。
言うまでもなく、俺は剣を握ったことがない。だが、それを悟られた瞬間に俺の再投獄及び死は確定する。
とりあえず堂々としていれば強者感は出るからな。小手先のテクニックだが、生真面目で警戒心の強そうな男と見た。いきなり突っ込んでくるようなことにはな「そうか」らな――――「――ぁ?」
「メブキっ!!」「メブキさん!?」「メブメブぅ!!」
軽い衝撃、束の間、地面にぶつかる。三人の声がいやに必死だ。
――下半身が、無かった。
「ぁ? あ、あ、あがぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!??」
なにこれ痛い熱分からないい痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い死痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い感覚が痛い痛い痛い痛い痛い痛い熱い死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死……ぬ……?
「――ぁ?」
いつまで経っても意識の遠のきを感じない。むしろ痛みも引いていき、思考にも冷静さが戻り始めている。
「チッ、よりにもよって魔剣か……」
「ま、けん…………って…………」
「切られても死なねぇ、痛みもすぐに引く。代わりにその無くなっていた分の痛みが一定間隔で一気に押し寄せてきやがる。でも死ねねぇ。それが団長――ハイゼ・ファープラディスの魔剣『アブドエトーゼ』だ」
「断っておくが、抗戦を選んだのはそちらだ。ワタシとて、穏便に済むならそうしたかったさ」
そう付言する騎士団長――ハイゼの声は後ろから聞こえた。
「メブキさんっ! 大丈アッハハハハハッ!!!」
「おいラミィ早くその発作鎮めろッ! ――チッ、ったく、世話が焼けるッッ!」
「ふん」
体が癒えていく優しい感覚が切断部分を包み込む傍らで、背後から鋼と鋼が何度も打ち合う音が聞こえてくる。
「はん、人類最強だなんだと言われちゃいるが、忘れたか? 純粋な剣の腕でボクに勝てた試しがねぇってなぁッッ!」
「試合には必ず勝ったがな。そも、その戯言は民衆が勝手に呼び始めたことだ。ワタシが自称したことは一度たりともない」
「――ッッ!」
うつ伏せの上半身を何とか動かし、背後に目を動かす。アニメで何度も見た戦闘シーンが、ハイクオリティな作画でヌルヌルと上映されていた。
その幻想的な光景に場違いな感動を覚えている間に、
「――何とか身体はくっつきましたが、無理に動くとズルって行きますからね」
「メブメブ、大丈夫ぅ!?」
「あぁ…………ありがとう」
ラミィの治癒魔法により五体満足、サエジマ・メブキ完全体がここに再臨した。
ラミィに支えられて何とか体を起こし、未だ乱舞しているハイゼに向けて剣を構える。
治癒魔法、異世界ファンタジー様々だな。
「団長ぉ、手加減はしないからねぇ!」
「――厄介だな」
「え、いや、えええええっ!?」
刹那、ゴゴゴゴと地響き――いや違う。大気が、震えている。
背後、ケモ耳をピンと立てて両腕を天に掲げるアカネの頭上、十や二十じゃ下らないおびただしい数、尋常でない大きさの石礫が宙を浮いていた。
「よそ見は厳禁だろーがッ、よッ!」
「くっ……」
その傍ら、カレーヌが騎士団長の土手っ腹に鋭い蹴りを入れていた。
そうしてハイゼは王城側に吹っ飛び――、
「最強っつー傲りが裏目に出たなぁッ! ――やっちまえ、アカネェッ!」
「えーーーーいっ!!」
気の抜けた声に反比例する威力の弾丸が、橋の根元で悠々と立つハイゼ目掛けて突き刺さる。
「――っし、でかしたアカネッ! おら、行くぞッ」
「うおっ」
いつの間にか隣に立っていたカレーヌに担がれ、崩れゆく橋から遠ざかってゆく。
ラミィとアカネもそれに続き、アカネは疾走中も魔法を打つ手をやめなかった。
橋が、崩れていく。王城と王都とを繋ぐ橋の一本が、大きな音を立てて崩壊していき、王城をぐるりと囲う大きな池が台風が来た時のように荒れに荒れ狂っていた。
――如何に強者とて、あれだけの猛攻を凌ぎきった後に池ポチャしてはそれなりのタイムロスは免れまい。
「はぁ…………」
遠ざかってゆく王城を見据え、大きな溜め息を吐く。
「にしても、強いとは思っていたが、まさかあんなに三人が実力者だったとはな」
「ボクも驚いたぜ。メブキお前、案外やるじゃねぇか」
「カッコよかったですよ、メブキさん!」
「メブメブのおかげで助かったよぉ……あのまま続けてたらわたしたちでも危なかったからぁ」
実際、こうして逃げおおせられているのも全員が全員最善を尽くした末に細い綱渡りを渡り切った結果だった。同じことを二度やれと言われても、俺たちの誰にもできないだろう。
「ともあれ、助かった! ありがとな、何の益もないのに……」
「――言ったろ? てめぇを助けることで何かいい事がボクらにある予感がしたんだ。気にすんじゃねぇ」
「だが……仕事の方は、大丈夫なのか?」
「それについては、元々そろそろ退職しようかなと皆で話し合っていたんですよ。なので、むしろ好都合でした!」
「そ、そうか……なら、良いんだが……」
「そんなことよりメブメブはぁ、自分の心配をしないとだよぉ?」
「自分?」
身体はすっかり元通り。憂慮は指名手配くらいしかないが。
「ラミィの治癒魔法でも魔剣の呪いは解けないんだよぉ。だから専用のア「――歓談中失礼する」
――耳元で、はっきりとそう聞こえた。
「――ッッ!」
「メブキさんっ!」
カキーン、と甲高い音が耳元で響き、俺の体は宙に放り投げられ――、ラミィにキャッチされた。
「……はは、相変わらず、人間離れしてやがんな……団長」
「お前も――いや、貴様も反逆者の分際でよくやるな。投獄するのが惜しい」
「はん、なら、しなきゃいーんじゃねぇのか?」
「いや。規律は絶対だ。私情を挟んではならない」
そう冷酷に宣言するハイゼの鎧には傷一つ水滴一つ無かった。
――こうしてガルジニス王城脱獄戦、第二幕が俺の望まない形で幕を開けた。
……そっこー閉じて欲しい。
いつもお読みいただきありがとうございますっ!
毎週金曜日に更新している俺おかですが、申し訳ありません。次回以降しばらく不定期更新とさせてください。
というのも、四月から色々と立て込み、執筆の時間が十分に取れないことが予測されまして。
クオリティの担保のためにもと決断した次第です。
ただでさえ更新頻度が遅い中で大変恐縮なのですが、何卒ご理解いただけますと幸いです。
(以下は、最新話更新後に消します)
本日もお読みいただきありがとうございます!
3/27最後の更新です。
次話は不定期更新となります。(基本書けたら更新という形を考えています)
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