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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第1章 ファンテイジ家の使用人たち

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09話 三階の悪魔

「ファウスタは何も聞かされてないのよね……」


 肉詰めパイが現れた時だけは笑顔だったが、その後また難しい顔に戻っていたアメリアは自分の考えを整理するかのように呻いていた。


「旦那様もアルカードさんも子供に危ない事をさせるような方ではないけれど……悪魔が居ないと証明されたわけではないから……」


(悪魔はいないってアルカードさんとティムさんは言ってたけど……)


 ファウスタは出がらしのお茶を飲みながら、隣の席に移動してきたアメリアの渋面を伺い見た。

 アメリアはファウスタに何か話があって隣に移動してきたのだろうと思ったが、一向にファウスタと話す気配はなく、独り言をぶつぶつ呟いている。


 主人たちの午後五時のお茶の準備のため、大人の使用人たちは全員仕事に戻って行った。

 今、使用人食堂サーバンツホールにはファウスタと、見習い女中(トゥイーニー)のアメリアとテス、従僕見習い(ホールボーイ)のドムとルーイしかいない。


 大人たちがいない気兼ねない空気だったので、ファウスタは出がらしでお茶のおかわりを煎れて貰い、大胆にも砂糖とミルクを使わせてもらった。

 高級品であるお茶は出がらしでも良い香りで、砂糖とミルクたっぷりの甘くてまろやかな味は気持ちを和ませてくれた。


 見習いの少年少女たちは使用人食堂サーバンツホールの後片付けの仕事を任されているが、実質は休憩時間なのだとテスが教えてくれた。

 五時半までに片付けが終わればいいので、余った時間はここで自由に休んでいて良いのだという。


 残り物も自由に食べていいらしく、ドムとルーイはパンやチーズや揚げ物の残りを自分の取り皿に山盛りにしていた。

 給仕をしていた彼らは、大人たちが退室した後のこの時間にようやく食べ物にありつけるようで、肉詰めパイをぺろりと平らげた後もパンや揚げ物をもりもり食べていた。


「何の話?」


 チーズをのせたパンを口に放り込んでいた煉瓦色の髪の少年ドムは、飲み込んだパンをお茶で流し込むと、ぶつぶつ呟いているアメリアに質問した。


「使用人としての使命と人間としての正義、その狭間で正解を探しているの」


 眉間に皺を寄せたアメリアがそう答えると、ドムは呆れたような、あるいは珍獣を見るような目でアメリアを見た。


「難しく考えすぎなんじゃないの?」

「アメリアはいつも難しいこと考えてるよねー」


 かたクリームとジャムをたっぷり乗せた固焼きパンを食べながら、テスは朗らかな笑顔でそう言うと、ファウスタの方を振り向いて気楽に質問した。


「ファウスタは悪魔って見た事ある?」

「悪魔……」


 ティムがアルカードを指して悪魔と言っていたことをファウスタは思い出した。


「見た事あるかもしれません」

「ほんと!」


 テスは興味津々に目を輝かせたが、反対側でお茶を口に運んでいたアメリアはむせ返っていた。


「ファ、ファウスタ……」

「アメリアさん、大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫。それより、あなた……」


 少し咳き込みながらアメリアは言った。


「悪魔が視えるの?!」

「悪魔がどんなものかよく知らないので、本当に悪魔かどうかは解らないですけど、人間とは違う感じで魔力を持っていたので……多分? 悪魔かも?」


 ファウスタがそう言うと、アメリアは再び難しい顔をして唸った。

 テスは少し怖気づいたように顔を強張らせたが、しかし好奇心があるようでファウスタに質問してきた。


「悪魔はカップを割ったり部屋をめちゃくちゃにしたりしてた?」

「いいえ、そういう事はしてなかったです」


 ファウスタはアルカードを思い浮かべて答えた。


 そしてテスの言うカップを割ったり部屋をめちゃくちゃにしたりという言葉から、孤児院にいた小さい子供たちを思い出した。

 礼儀正しいアルカードに比べたら孤児院の小さい子供たちのほうが、テスが言う悪魔により近い存在かもしれない。


「よし! 決めた!」


 急にアメリアが顔をあげてそう言った。

 アメリアは意を決したようにファウスタの方を向いた。


「ファウスタ、もし悪魔がいたら、逃げなさい」

「え……?」


 話がつかめずにファウスタは戸惑った。

 向かいの席で食べ物を口に運んでいたドムとルーイも、隣にいるテスも、みんながポカンとしてアメリアを見つめた。


「ファウスタは霊能力サイキック・マジックの使い手じゃないのよね? 悪魔と戦ったりできないのよね?」

「はい」

「何の力もない子供が悪魔と戦うのは無理よ。旦那様やアルカードさんがいても危ないと思ったら作法は気にせず逃げるのよ。作法より自分の命を優先しなさい」


(お嬢様の霊視のことかな)


 アメリアはファウスタがお嬢様の霊視をする予定があることを知っているので、それを心配してくれているのだろうと思った。


「えと、アルカードさんは悪魔はいないとおっしゃっていました」

「それよ。そこが問題なのよ」


 アメリアは腕組みをして渋い顔をした。


「上の三人は悪魔は居ないと断言していらっしゃるの。でもお嬢様は悪魔が居るとおっしゃっている。旦那様はどっちつかず、奥様は絶対居ない派、若様は居るかもしれない派。上の階の家女中ハウスメイドたちは全員が居る派、従僕フットマンたちは居ない派と居るかもしれない派で分かれてる」


 アメリアは喉をうるおすためかお茶に口をつけ、更に話を続けた。


「悪魔が居る派と居ない派で意見が割れてて、どっちが正しいのか解らないの。だからもしかしたら居るかもしれないの」

「アメリアの話は悪魔が存在するかどうかって話じゃないよ。この屋敷の三階に悪魔がいるかどうかの話」


 アメリアの話をドムが補足した。


「三階のお嬢様の部屋よ」


 テスが更に補足した。


「カップが割れたり部屋がめちゃくちゃになったりするの。屋敷精霊様と正反対のことするから、屋敷精霊様とは違う別の何かよ。一カ月前に来たのよ」


 テスが深刻な顔でそう語ったが、ファウスタの頭には子供が走り回っている光景が浮かんでいた。


「悪魔かどうかは解らないけど、何か悪いものは居ると思う」


 今まで無言でもくもくと食べていた金髪の少年ルーイが、食事の手を休めて口を開いた。


「三階の人形部屋で変な声を聞いたんだ。絶対何かいる」

「何その話、知らないわよ」

「うん、昨日の夜の話だからね。従僕フットマンたちは知ってるけど」

「僕はルーイから聞いた」


 テスがファウスタに「三階に人形がたくさん置かれている部屋があってね、みんな『人形部屋』って言ってるの」と小さな声で教えてくれた。


 ルーイはお茶を一口飲むと話し始めた。


「昨日は僕がランプ当番だったんだけど、三階の廊下の消灯してたときに人形部屋から変な声がするのを聞いたんだ。一緒にいたアルカードさんも聞いてるから空耳じゃないよ」


 アメリアとテスは真面目な顔でルーイの話に耳を傾けた。

 ファウスタは、明日は自分がそれを視る事になるかもしれないので、少しでも情報が得られるのはありがたかった。

 ドムはすでにルーイから一度聞いているからなのか少し気楽な姿勢だったが、それでも静かに聞いていた。


「女の人か子供みたいな高い声だった。誰かと喧嘩してるみたいで汚い言葉をしゃべってたんだ。泥棒かと思ってアルカードさんと一緒に人形部屋を調べたんだけど誰もいなかった。それで僕がバーグマンさんに知らせに行ったんだ」


 使用人食堂サーバンツホールにはルーイの声だけが響いていた。


「その後のことはダミアンさんから聞いた話なんだけど、従僕フットマンたちが手分けして屋敷の中と庭の見回りをして、侍女レディースメイドたちも奥様とお嬢様の部屋の見回りをしたんだって。でも誰もいなかった。異常無し。ところがさ……」


 ルーイはカップに手を伸ばしお茶を一口飲んだ。

 カップと皿が触れ合う鈴のような音が静寂の中に響いた。


「お嬢様の部屋の見回りをしたミラーカさんが、やっぱり人形部屋で誰かがしゃべってる声を聞いて、人形部屋に入ったんだって」

「……ミラーカさん一人で?」


 アメリアは両手でエプロンを握りしめながら深刻な顔でルーイに質問した。

 テスは両手で顔を覆い、指の隙間からルーイを見ていた。


「一人かどうかは知らない。でもやっぱり誰もいなかったんだってさ」


 ルーイは肩をすぼめた。

 全員が口を閉ざし、沈黙が流れた。


 そのとき、あらぬ方向から、コンコン、と音がした。


「ひゃっ!」

「……っ!」


 見習いの少年少女たちは吃驚して音がした方向を振り返った。

 ファウスタもびくっとして振り返った。


 使用人食堂サーバンツホールの扉がガチャリと開き、ユースティスがワゴンを押して入って来た。

 ユースティスが扉をノックした音にみんな吃驚してしまったらしい。


「どうしたの?」


 少年少女たちが表情を凍り付かせているのを見て、ユースティスは訝し気に眉をひそめた。


「驚かすなよー」


 ドムが頭をかかえてユースティスを恨めしそうに見た。


「あなたねー……急に来ないで」

「びっくりしたー」


 みんなが口々に非難すると、ユースティスは困り顔を作ってみせて笑った。


「みんなひどいな。せっかく肉や焼き菓子の残りを持ってきたのに」

「肉?!」

「でかした!」


 ドムとルーイが歓喜の声をあげ、身軽な動きでユースティスのワゴンに走り寄った。


「お、腸詰肉か。いいね、いいね」

「さすがだな、親友!」


 灰金髪に青白い顔をした人形のようなユースティスは、一人だけ造り物めいていて、ドムやルーイとは明らかに異質だった。

 だが少年少女たちは、彼の見た目が一人だけ浮いていることなど気にしていないようだった。


(ユースティスさんは吸血鬼ヴァンパイアなのに人間とも仲良しなのね)


 ドムとルーイがユースティスと和気藹々している様子を見て、アルカードが言っていたようにこの屋敷では魔物モンスターも人間と同じく平和的に暮らしているのだとファウスタは実感した。







「ああ、昨日の人形部屋の件ね。知ってるよ。それで僕もオズワルド様の部屋の見回りを言いつけられたんだ」


 ユースティスは自分のお茶を煎れると、見習いたちの話の輪に加わった。

 ドムとルーイは一本の腸詰肉を二人分に慎重に公平に切り分けていた。

 少女たちは腸詰肉は少年たちに譲り、その代わりドライ・フルーツ入りの焼き菓子を取った。

 焼き菓子は二切れしかなかったが、アメリアが三人分に切り分けてくれた。

 

 ファウスタのお腹はかなり満たされていたが、魅力的な焼き色の菓子を前にしたら存在しない第二の胃袋が食欲を訴えはじめるという不思議が発生したのだった。


「そしたら廊下にミラーカさんが居て、人形部屋がおかしいって言うから見に行ったんだ」

「じゃあミラーカさんは一人で人形部屋に入ったわけじゃなかったのね」


 アメリアがほっとしたようにユースティスに言った。


「見落としがあるかもしれないから確認して欲しいって言われたから、あの人は最初は一人で人形部屋を調べたんだと思う」

「なんてこと……」


 アメリアは何か恐ろしいものでも見るように目を見開いた。

 テスは再び両手で顔を覆った。


「でも誰もいなかった。おかしなものも特になかった」


吸血鬼ヴァンパイアの目で見ても何もなかったんだ)


 ファウスタは思考を巡らせた。

 アルカードもユースティスもティムのことが視えていたのだから、普通の人間よりは見えざるものが見えているはずだ。

 しかし人形部屋では何も見つからなかったという。

 だが不審な声は、人間のルーイも、吸血鬼ヴァンパイアのアルカードも聞いたという。


 そしてファウスタの今までの経験では、幽霊はしゃべらない。

 先刻のお茶の時間、ファウスタが声を聞いた屋敷精霊が本当に精霊なのかそれとも幽霊なのかで見方は変わるかもしれないが、今のところ幽霊はしゃべらないというのがファウスタの考えだ。

 声が聞こえたというなら幽霊ではないかもしれない。


吸血鬼ヴァンパイアには何が視えるか聞いておけば良かったな)


 次に話せる機会があったら聞いてみようとファウスタは思った。


「ユースティスは悪魔って居ると思う?」


 両手で顔を覆ったテスが指の隙間からユースティスを見て質問した。


「三階に見えない何かが居るかって意味なら、居ると思うよ」

「絶対何か居るよ。悪魔か泥棒か解らないけど。あんな汚い言葉を使う人はこの屋敷にはいないからね。外部からの侵入者なのは間違いない」


 ルーイが確信を持って言った。


 汚い言葉と聞いてファウスタは一瞬ティムかもしれないと思った。

 しかしティムの声は大人の男性に近い少年の声だ。

 ルーイが聞いた声は女性か子供のような声だったというので違うだろうと思い直した。


「汚い言葉を使っていたという事は下層階級の出身だろうね」


 ユースティスが口の端で笑った。


「言葉遣いで程度が知れるというものさ」

「うん、すごく育ちが悪そうだった。川の向こうの貧民街スラムの出身かもね」


 ルーイが肩をすぼめてふっと笑うと、ドムも頷いた。


「大した奴じゃなさそうだな」

「大したことないかどうかは解らないわよ」


 人形部屋の見えない何かについて思い思いの推論を述べる少年たちに、アメリアが異を唱えた。


家女中ハウスメイドたちが言ってたんだけど三階に屋敷精霊様が現れなくなったらしいの。悪魔がいるから出て来られなくなったんじゃないの?」


 メイドたちが屋敷精霊に日常的に接しているようなアメリアの口ぶりに、ファウスタは少し吃驚した。


「皆さん屋敷精霊様によくお会いになるんですか?!」


 そういえばお茶の時間に皿が勝手に動いても、騒ぐ者は誰もいなかったことを思い出す。

 みんな皿よりも声を出したファウスタに注目していた。

 孤児院だったら騒霊現象ポルターガイストが起きたら悲鳴を上げてパニックになる子ばかりだったのに。

 大人だから子供と違って騒がないのかと思ったが、日常的に屋敷精霊に接していて慣れていたのだろうか。


「お姿は見えないんだよー」

「見えないけど仕事が終わってるのよ。窓や廊下がピカピカに磨かれてたり、知らないうちに掃除されていたり」


 テスとアメリアがファウスタに説明した。

 その様子を見ながらユースティスは思案しているようだったが、やがて口を開いた。


「アメリアは、屋敷精霊より悪魔の方が強いかもしれないって言いたいの?」

「そう、それよ! 悪魔の方が強いから、屋敷精霊様は三階から追い出されたんじゃないかってことよ」

「僕はそうは思わない。嫌な奴がいるから三階に行きたくなくなっただけだと思う」


 ユースティスは目に見えない何かを小馬鹿にするようにニヤリと笑った。


「下品な奴の前に精霊が現れたなんて話、聞いたことないからね」

「僕もユースティスの言う通りだと思う」


 ルーイがユースティスに同意した。


「伝承に出て来る精霊って、気に入ると現れて、気に入らないといつの間にかいなくなるんだよ」


(ルーイさん、伝承とか詳しいのかな)


 ファウスタはルーイにはつい先刻のお茶の時間に会ったばかりなので、肉料理に反応する姿と、失敗して慌てている姿しかまだ見ていない。

 伝承の精霊について知っているなんて意外な一面があることに感心した。


「さて、そろそろ時間だ」


 ユースティスは暖炉の上の置時計に目をやりながら言った。


「僕はそろそろ行くよ」

「もうそんな時間か。じゃ、動きますか」


 ドムは立ち上がり、食器を重ねはじめた。

 他の者も次々と席を立ち、慣れた手際で片付けを始めた。


「そうそうアメリア」


 ドムに食器を手渡しながらユースティスは言った。


「休憩が終わったらファウスタを連れて家政婦長室に来るようにって、マクレイ夫人からの言伝だよ」

「了解」

「それから、ファウスタ」

「はい」


 ユースティスはファウスタの方に近づいてくると、顔を覗き込んだ。


「君、目の色変わった?」

「え?」


 ファウスタは心当たりがあったが、どう言えばいいのか解らず言葉につまった。


「お昼頃に会ったときは茶色っぽい目だったよね。青色は入ってなかった」

「ファウスタは成長期なのよ!」


 横からテスが口を挟み、得意気に言った。


「成長するにつれて目の色が変わるのはよくあることなのよ」

「……そう?」

「そうなのよ」


 ユースティスは首を傾げたが、自信満々のテスに反論する気はないようで「じゃあ、また後で」と青白い顔に爽やかな笑顔を浮かべて去って行った。

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[一言] たった半日で目の色が物理的に変わったのですね!
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