78話 騒動の後のオカルト者たち
大きな音と同時に、風がひゅっと一瞬吹き抜けた。
「神様っ!」
一瞬の現象だったがロスマリネ家の人々は大混乱となった。
メイドたちは取り乱して悲鳴を上げ、神の名を叫んだ。
従僕たちも混乱して平常心を失っている。
腰を抜かしてその場に尻餅をついている者。
戦場で敵に命を狙われているかのように、恐怖に固まった顔で周囲をせわしなく見回す者。
皆が浮足立っていた。
「オクタヴィア、大丈夫かね?!」
一瞬の現象が起こってから、一拍ほどでマークウッド辺境伯は復活した。
ルパートの背に庇われていたマークウッド辺境伯は、オクタヴィアを振り返った。
ミラーカに庇われ、ファウスタと一緒に身を縮めていたオクタヴィアは、すっと背筋を伸ばすと少し眉を歪めた。
「もう! 私はステラ・アルコルよ!」
元気良く偽名を名乗るオクタヴィアに、マークウッド辺境伯は安堵したような顔をすると、周囲を見回した。
「皆、大丈夫か?! 大事ないかね? ファウスタは?!」
「私は大丈夫です」
ファウスタはマークウッド辺境伯に応えた。
御姫様の行動から、また吃驚するような事が起こるとあらかじめ予想して身構えていたファウスタは、初めて魔法を視た時ほどの衝撃は受けていなかった。
大きな音にビクッとしただけだ。
ファウスタが魔法を知らせる声に、主人たちの前に飛び出していたファンテイジ家の使用人たちもいつも通りの笑顔で、マークウッド辺境伯に無事を即答した。
「ルパート、皆の安全を確認するのだ!」
マークウッド辺境伯の指示で、ルパートは混乱して取り乱しているロスマリネ家の使用人たちの方へ向かった。
「皆さん、落ち着いてください」
混乱して悲鳴を上げているロスマリネ家のメイドたちに、ルパートがそう声を掛けると、メイドたちはすぐに静まった。
ルパートに気遣われて、メイドたちは顔を真っ赤にしてもじもじし始めた。
ミラーカもすっとロスマリネ家の使用人たちの方へ向かっていた。
ミラーカに声を掛けられた従僕たちも、あっという間に恐怖から立ち直った。
従僕たちもメイドたちと同じように恥ずかしそうにもじもじしている。
(みんな平常心が戻ったら、取り乱したことが恥かしくなったのね)
ファウスタは使用人の心得として教えられたことを心の中で復唱した。
家政婦長マクレイ夫人からは、メイドははしたない声をあげてはいけないと教えられた。
家令アルカードからは、使用人は動揺してはいけないと教えられた。
ロスマリネ家の使用人たちが恥ずかしそうにもじもじし始めたのは、きっと使用人としてはしたない姿を見せてしまったからなのだろうとファウスタは思った。
(私もつい動揺して、はしたない声をあげてしまったわ。気を付けよう)
ファウスタは今日、何度もはしたない声をあげてしまった事を反省した。
そして背筋を正して身を引き締めた。
(落ち着いて、大人の振る舞いをするのだわ)
「ロスマリネ卿、大丈夫かね?!」
マークウッド辺境伯はロスマリネ侯爵に駆け寄った。
ロスマリネ侯爵は身を縮めて、吃驚した顔のまま固まって彫像になっていた。
マークウッド辺境伯に声を掛けられ、ロスマリネ侯爵はようやく人間に戻って動き始めた。
「デュランの風魔法なのかっ!」
そう叫んだのはマークウッド辺境伯ではなく、ロスマリネ侯爵だった。
「これが風の魔石の力なのかっ!!!」
「ロスマリネ卿、落ち着きたまえ。これはレイスの魔法なのだよ」
きりりとした顔でマークウッド辺境伯は冷静に答えた。
「シンシアは?! 無事か?! シリルは?!」
ロスマリネ侯爵はそう叫ぶと、傍らを振り返った。
「……僕は、大丈夫」
お互いが命綱であるかのように、シリルは従僕とつかまり合っていた。
吃驚した顔のままであったが、我を取り戻したのかシリルと従僕は離れた。
ロスマリネ卿はシリルの無事を確認すると、ソファに寝かされていたシンシア夫人に駆け寄った。
ソファの傍らでミラーカがにっこりと微笑む。
「夫人は大丈夫ですわ。お怪我はないようです」
「ファウスタ! 何が起こったのか説明してくれたまえ!」
マークウッド辺境伯は上着の裾をはためかせながら踊り子のようにくるりと身をひるがえすと、芝居がかった大げさな身振りでファウスタの意見を求めた。
「はい!」
ファウスタは兵隊のように背筋を伸ばし、皆に説明をした。
何匹もの黒い大蛇のようなモヤモヤが夫人に纏い付いていたこと。
黒いモヤはおそらく呪いであること。
その黒いモヤをデュランが剣で切ったが、上手く切れなかったこと。
天井から御姫様が現れ、魔法陣を出したこと。
そして魔法が発動した後、夫人に纏い付いていた黒いモヤがほぼ消えたこと。
ロスマリネ侯爵は目を丸くして、ファウスタの説明を真剣に聞いていた。
「では、呪いは消えたのかね?」
「はい。黒い蛇みたいにうねうねしてたモヤがほとんど消えてます。御姫様が魔法で消してくれたんだと思います。まだ少しだけ憑いてますが、もう蛇みたいじゃなくて、びりびりに千切った新聞の切れ端みたいなのがちょっぴり付いているだけなので大丈夫だと思います」
「その……御姫様というのはファンテイジ家の幽霊なのかね? 君たちは幽霊を連れて来たというのか?!」
ロスマリネ侯爵の視線に、マークウッド辺境伯はけろりとした顔で答えた。
「私は知らないのだよ」
「君たちが連れて来たのだろう?!」
ロスマリネ侯爵は食って掛かるようにマークウッド辺境伯に問い返した。
「私は視えないから知らないのだよ」
必死に問いかけるロスマリネ侯爵に、マークウッド辺境伯は飄々と答えた。
「御姫様が勝手に馬車に乗って来たのです。もしかすると、おじ……デュランさんと知り合いなのかもしれません」
ファウスタはちらりと御姫様とデュランに目をやりながら説明した。
幽霊の二人は何やら話し込んでいる。
御姫様が何か説明しているようで、デュランは考え込むように顎に手をやり頷いていた。
「御姫様が今、デュランさんとお話ししています」
「一体どんな話しをしているのだね?!」
「すみません、私は視えるだけなのです。声は聞こえないので解りません」
そう答えたファウスタの隣りで、オクタヴィアが不敵な微笑みを浮かべた。
「どうやら私の出番のようね」
オクタヴィアはそう言うと、ハンドバッグの留め金をパチンと開けた。
そしてハンドバッグの中から振り子を取り出した。




