75話 ロスマリネ家の守護霊
「……一体全体、何がどうなっているのだ……」
テーブルの上に並んだ置物が、誰も手を触れていないのに一斉に動いた現象を前に、ロスマリネ侯爵は呻いた。
窓から入り込んだ春風の仕業と解釈するには、度が過ぎた現象だった。
「……一体、どんな仕掛けが……」
「騒霊現象なのだよ!」
ロスマリネ侯爵が投げかけた疑問に、マークウッド辺境伯は水を得た魚のように意気揚々と答えると、ファウスタを振り向いた。
「ファウスタ、何が起きたのか説明してくれたまえ!」
「はい」
目の前の眼帯の戦士の幽霊がまた何かするのではないかと、ファウスタは幽霊の様子を伺いながら答えた。
幽霊は涼しい顔で剣を鞘に納めると、職人を見張る親方のように腕組みをして一同を睥睨した。
「おじさんがテーブルの上に剣で切りかかったのです」
「隻眼の黒騎士が抜刀したのかね?!」
「はい。敵と戦うみたいに剣を振りました。最初は天井を飛び回っていましたが、下に降りて来て剣を振り回しました。今は腕組みしてテーブルのそっち側に立ってます」
ファウスタの指摘に皆がテーブルの周囲を見回す。
「……隻眼の黒騎士が剣をふるう姿を見たというのか……」
マークウッド辺境伯は感慨深げに呟くと、羨ましそうにファウスタを見た。
「ファウスタ、絵の勉強は進んでいるかね?! ぜひ隻眼の黒騎士の雄姿を絵に描いてくれたまえ!」
「いえ、あの、絵の先生はまだいらしてなくて……」
「君が視た光景を絵にして我々に見せてくれたまえ!」
ファウスタは絵を習う事になっていたが、まだ絵画の勉強は始まっていなかった。
絵が下手なままのファウスタはもじもじと歯切れの悪い返事をした。
「デュランの霊はここにある置物が気に入らないって事かな? あの絵も蹴飛ばしたんだよね?」
ロスマリネ侯爵令息シリルが、ファウスタに問いかけて来た。
「蹴飛ばしたり剣で切りかかったりって、どう考えても霊感商品を嫌悪してるよね?」
「……えと、私は視ただけで……」
「恐れ入りますが、質問させていただいてよろしいでしょうか」
オクタヴィアが進み出た。
「もちろん」
呆然としているロスマリネ侯爵に代わり、シリルがきびきび返答する。
「怪奇現象は最近起こり始めたかのようにおっしゃいましたが、それはこれらの商品がこの部屋に持ち込まれた後でしょうか」
オクタヴィアの質問に、シリルは何か気付いたような顔で家政婦長のアボット夫人を振り返った。
アボット夫人も思うところがあったのか、はっとした表情をする。
「アボット夫人、メイドたちが幽霊を噂し始めたのは、これらの品が持ち込まれた後なのか?」
「……そうかもしれません。メイドたちの話と帳簿とを照らし合わせれば確認がとれるかと思います。噂が立ち始めたのは春の大掃除よりも後でございました」
アボット夫人の回答に、オクタヴィアは得心がいったような顔で頷いた。
「ファウスタの説明から、幽霊は古い時代の戦士であることは間違いないかと存じます。隻眼の黒騎士デュランというお方なのであれば、中世からずっといらした事になります」
「そうなるね」
シリルがオクタヴィアに相槌を打った。
「ならば何故、今になって暴れ出したのか」
「霊感商品が気に入らなくて暴れ出したんだろう」
「はい。おそらく戦士の霊はこの屋敷の守護霊様なのではないかと。ファウスタは霊感商品から灰色の霧が出ていると申しております。灰色の霧が何か良くないものなのでございましょう。守護霊様はそれを知らせようとなさり騒霊現象を起こしたのではないでしょうか」
「僕もそう思う」
シリルはオクタヴィアに同意すると、呆然としているロスマリネ侯爵に問いかけた。
「父上、霊感商品をすべて回収し、専門家に鑑定してもらいましょう」
「……そんなことが……いや、しかし、専門家というのは……」
ロスマリネ侯爵はしどろもどろに応答した。
常識的に考えれば、霊感商品というものの存在も怪しいが、それを鑑定する専門家という人物もまた怪しい存在である。
何もかもが現実的ではない、一部始終が妄想のような話なのだから、常識的な感覚を持っていれば戸惑うのは当然のことだろう。
混乱しているロスマリネ侯爵に、マークウッド辺境伯が意見した。
「ロスマリネ卿、疑惑のある品々の鑑定をお勧めするのだよ。それらの品々を運び出し、鑑定に出している間、屋敷に霊現象が起こるかどうか検証することもできよう」
マークウッド辺境伯の提案にシリルも同意した。
「父上、霊感商品をすべて運び出し、それで霊現象が起こらなくなるかどうか試してみましょう」
「……試しに……そうしてみるか?」
ロスマリネ侯爵はいまだに半信半疑のようだったが、ぐいぐい詰め寄るマークウッド辺境伯とシリルに気圧されたのか同意した。
「クラーク氏、母上が春ごろから買い集めた霊感商品をすべて回収してくれ」
ロスマリネ侯爵の了解を得ると、シリルは家令クラークに命じた。
「時間はどのくらいかかる?」
「はい。早ければ二時間ほど、遅くとも半日はかからないかと」
「今日中にできるね?」
「はい」
「では、霊感商品をすべて回収してくれ。それから古物商に連絡を」




