76話 風の魔石
ロスマリネ侯爵の了承を得たシリルの指示で、屋敷中の霊感商品が回収されることになった。
「品物を回収し終わったら、その子に霊視で確認して欲しいのですが」
シリルの依頼をマークウッド辺境伯は得意気に胸を張り快諾した。
その隣でオクタヴィアも得意気だった。
「回収作業が終わるまでの間、時間がありますので、デュランの絵がある書斎にご案内します」
隻眼の幽霊が居間を指差したため、居間に寄り道することになったが、ファウスタたちは元々は書斎を目指していた。
隻眼の黒騎士デュランの肖像画を元に描かれたという絵画を見せて貰い、幽霊とデュランが同一人物かどうかファウスタが確認するためだ。
「こちらが書斎になります」
シリルがそう言うと、付き従っていた従僕が扉を開けた。
家令クラークは回収作業へと向かったため、シリルが案内をしていた。
ロスマリネ侯爵は自分の思考の海に浸っているのか、茫洋とした目で首を何度も傾げたりしていた。
(広いお部屋!)
書斎と聞いていたファウスタは目を見張った。
マークウッド辺境伯の書斎は、孤児院の院長室に似た部屋で、院長室よりはよほど広く沢山の蔵書があったが、それでも豪華版院長室としてファウスタが理解できる範囲であった。
しかしロスマリネ侯爵の書斎はファウスタの想像をはるかに超えていた。
個人の書斎というよりは、みんなの図書室のような大きな部屋だった。
奥行きのある広々とした空間にはいくつもの本棚が並んでいる。
一部の壁は建付けの本棚で埋められていたが、本棚がない壁にはたくさんの絵が飾られていた。
ほとんどが肖像画だ。
貴族や騎士のような堂々とした男性の絵。
家族なのだろう数人を描いた絵や、夫人や子供たちなどの肖像。
どの絵の人物も立派な服装をしていた。
「これが『ブルミンガムの戦い』の絵だよ。肖像画を元に描かせた絵だから人物は似ているはずだ」
シリルはひときわ大きな絵を示した。
その絵は昔の戦争の絵だった。
馬に乗り剣を持った戦士たちが、勇ましい姿で戦っていた。
絵の中央に白馬にまたがった立派な甲冑の司令官らしき人物がおり、そのすぐ近くに黒馬にまたがった黒い甲冑の戦士がいる。
その黒い甲冑の戦士は、ちょうど左目を覆うように頭に包帯を巻いていた。
「この人……似ています」
ファウスタはその絵の中の黒い甲冑の人物を指差した。
「それが黒騎士デュランだよ。隣の白馬に乗っているのが当時のロスマリネ侯爵サイラス・ロスマリネ」
シリルが説明した。
「顔が似ています。髪や目の色も同じです。でも髪はもっともじゃもじゃで……」
こんなに格好良くないです、と言おうとして、ファウスタは言葉を飲み込んだ。
悪口みたいになってしまいそうだったからだ。
眼帯の幽霊とその絵の人物は、似ているが全くそっくりというわけではない。
絵に描かれている黒い甲冑の戦士のほうがお洒落で格好良く、物語の英雄たちのように颯爽としていて貴族的だった。
一方、眼帯の幽霊は荒くれ者のようで、髪はもじゃもじゃで、髭も手入れがされていなくて清潔感が無い。
(どう説明すればいいのかな……)
ファウスタは眼帯の幽霊と絵を見比べて思案した。
眼帯の幽霊はファウスタたちと一緒に移動してきて、今はファウスタが見ている絵の隣に立っている。
幽霊は親方のように腕組みをして、自信満々な顔をしていた。
「……兄弟みたいに似ています」
ファウスタが必死に考えた説明を口にすると、眼帯の幽霊は少しむっとした顔をしてファウスタを見た。
そして再び剣を抜いた。
「ひゃっ!」
また剣を振り回すのではないかと、ファウスタは一瞬身を縮めて、両手で顔を庇った。
「ファウスタ! どうしたの?!」
「何が視えたのかね?!」
オクタヴィアとマークウッド辺境伯が、ファウスタの異変に声を上げた。
「……すみません。幽霊のおじさんがまた剣を抜いて……」
ファウスタは目を開けると、状況を説明した。
幽霊は剣を抜いたままポーズをつけて静止していて、今回は暴れなかった。
(……あれ?)
そして気付いた。
幽霊のポーズが、絵の中の黒い甲冑の格好良い戦士と同じだと言うことに。
「……絵の人と同じ格好をしています」
(あの絵は自分だって言いたいのかしら?)
ファウスタは幽霊の不可解な行動の意味を考えた。
そんなファウスタに、幽霊はチラチラと視線を向けていたが、やがて絵と同じポーズをやめて腕を下ろした。
(……え?!)
剣を握っている腕を下ろした幽霊は、剣をファウスタによく見せようとしているのか、ファウスタの前に剣の柄のほうを向けて差し出した。
そして剣の柄についている緑色の宝石を指差した。
絵画の中の黒い甲冑の戦士が持つ剣には、宝石らしきものは付いていない。
(おじさんは自分の剣のほうが豪華で凄いって自慢しているのかしら?)
ファウスタは剣の宝石と、幽霊とを交互に見やり、その幽霊の行動に何の意味があるのか考えた。
「ファウスタ、何が視えているのかね?!」
何か視えているらしい行動をとっているファウスタに、マークウッド辺境伯が問いかけた。
「おじさんが剣を見せてくれています。剣についている宝石を見せたいんだと思います」
ファウスタがそう言うと、眼帯の幽霊はうんうんと頷いた。
「宝石?! どんな宝石?!」
シリルが軽く目を見開いて質問してきた。
「緑色の大きな宝石です。銅貨くらいの大きさです」
自分のお金を一度も持ったことがないファウスタだったが、銅貨を見た事くらいはあるのだ。
ファウスタの答えに、シリルは目を輝かせた。
ずっと茫洋としていたロスマリネ侯爵の目も鋭い光を帯びた。
「本当に……幽霊が視えているのか……」
ロスマリネ侯爵は絞り出すような声で言った。
「絵には描かれていないというのに……」
「デュランは宝石がついた剣を持っていたのかね?」
マークウッド辺境伯の問いかけに、ロスマリネ侯爵は頷いた。
「ああ、そうだ。デュランの剣には緑色の魔石がついていたと記されている」
「魔石だと?!」
マークウッド辺境伯の目がかっと見開いた。
「デュランは魔法剣士だったのかね?!」
「古い手記にはそう書かれている。デュランの剣には緑色の風の魔石があり、彼は風魔法を使ったと」
「そんな重大なことが何故公表されていないのかね?!」
「公式な発表に妄想を含まないのは普通だろう」
興奮するマークウッド辺境伯に、ロスマリネ侯爵は淡々と答えた。
「公文書は事実だけを記すものだ。想像や願望は除外するものだ」
「風魔法を使った事実があるのなら、それは事実ではないか!」
「……君の家は特殊なんだよ。普通は書かない」
代々のマークウッド辺境伯が発表する記録文書は、イングリス王国の貴族たちの中でもかなり異質であった。
戦死した兵士たちの亡霊が獅子奮迅の戦いで敵を打ち破った。
赤い光線を放つ死霊たちの襲撃を受けたが盾で光線を弾き防いだ。
火炎魔法により森の一部が焼かれたが、古きドラゴンの一族が水魔法でこれを消火した。
そんな珍妙な夢物語を戦況報告として堂々と発表するのが代々のマークウッド辺境伯であった。
「デュランの魔石のことは古い手記にしか書かれていない。古い手記は空想の部分が多いので公表はしていない。先祖の個人的な日記として保管している。デュランの魔石の話は一族の者でも知らぬ者は多い。歴史的資料に特に興味を持った者が紐解くくらいの空想日記だ。この子が何故それを知るのか……」
ロスマリネ侯爵はファウスタを見た。
「まったく説明がつかない。透視術だと言われても反論ができない」
「ファウスタには視えているのだ。霊視の天才なのだよ」
マークウッド辺境伯は自信満々にそう言い、そしてはっと気付いた顔をした。
「ロスマリネ卿! 風の魔石と言ったね?!」
「ああ、言った」
「では居間での不思議な突風は、デュランの風魔法だったのではないかね!」
「まさか……?!」
「デュランの風魔法なのだよ!!」
(あの風はユースティスさんの仕業よね)
ファウスタはちらりと後ろを振り返った。
ユースティスはいつものようにしれっと笑顔だった。
――そのとき。
「……っ!」
細い悲鳴のような声が遠くに聞こえた。




