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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第2章 霊能メイド現る

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68話 ロスマリネ侯爵邸

(何だか嫌な感じがするのだわ)


 ロスマリネ侯爵の屋敷は、貴族たちの煌びやかな王都屋敷(タウンハウス)が立ち並ぶ中央区にあった。

 石塀で囲まれた広い庭の中に威風堂々とした大邸宅が佇んでいる。

 他の王都屋敷(タウンハウス)とは一線を画する、まるで宮殿のような住まいだった。


「隣の公園もロスマリネ侯爵の所有地なのだよ。王都民の健康のために、ロスマリネ侯爵家は敷地の一部を公園として整え、解放しているのだ」


 門を通り抜けると、綺麗に手入れされた芝生や花壇が目に飛び込んで来た。

 それらは幾何学模様を描くように、左右対称に配置されている。


 赤や紫や黄色の花々の色までも計算され、模様になるように配置されていた。

 植木もまるで積み木のように、真ん丸や三角の形に綺麗に刈り込まれている。


 マークウッド辺境伯邸のような鬱蒼とした緑が生い茂る自然風景式の庭ではなく、明るい光に満ちた人工的に整形された庭だった。


(こんなに明るくて綺麗なのに、どうしてモヤっとするのかしら)


 日差しを受けて、噴水の水がキラキラと輝いている。

 天気も良く、どこもかしこも明るく美しいのに、ファウスタは雨が降りそうな曇天みたいなじっとりした雰囲気を感じ取っていた。


「すみません、眼鏡を外して視ても良いでしょうか」


 ファウスタがそう言うと、マークウッド辺境伯とオクタヴィアは目を輝かせた。


「もう霊視を始めるのかね?!」

「好きなだけ霊視していいのよ。眼鏡を外すのに許可なんかいらないわ」


 ファウスタは眼鏡を少しずらして、馬車の窓から庭の風景を見た。


(……!)


 うっすらと、灰色の霧のようなものが庭に漂っていた。

 薄い灰色の霧をかき分けるようにして、ファウスタたちの馬車は進んでいた。


「お屋敷の方から、灰色の煙みたいなものが流れて来ています」

「それは呪いなのかね?!」

「解りません。でもとっても嫌な感じのする煙です」


 ファウスタは目を凝らして屋敷を見た。


「一階の辺りがモヤモヤが濃い気がします」


 ファウスタの言葉に、マークウッド辺境伯とオクタヴィアは早くも大興奮した。


「凄いわ! もう見つけたのね!」

「よし、到着したら早速一階の調査をするのだよ!」






(マークウッド辺境伯は変わり者だとは聞いていたが……)


 ロスマリネ家の家令クラークは、異常事態が起ころうとも家令として表情を決して崩す事はなかったが、しかし大いに動揺していた。


 ロスマリネ家の屋敷の裏手にある使用人用の出入口。

 家令クラークはこの使用人用の出入口で、前代未聞の事件に相対していた。


 あろうことかこの屋敷の主人であるロスマリネ侯爵、王族の外戚である尊い身分のロスマリネ侯爵が、この卑しき使用人用の出入口にて賓客を迎えているのだ。


(お(いたわ)しい……)


 賓客の名はマークウッド辺境伯セプティマス・リンデン・ファンテイジ。

 イングリス王国の歴史の中で、何度か王族との縁組もあった伝統貴族だ。


 マークウッド辺境伯は商人の真似事をしている貴族らしからぬ貴族であり、社交界での悪評もあるが、少なくとも血筋は現在の王家よりも古く由緒正しい。


 尊き身分の二人が使用人用の出入口で相対する。

 クラークの目には、それは痛ましい光景に映った。


「マークウッド卿、よく来てくれた」

「人違いなのだよ。私はリンデン・ノーマン。心霊探偵なのだよ」

「……」


 珍妙な格好で現れたマークウッド辺境伯は、堂々と偽名を名乗った。

 王都で、他家を訪問するのに、なにゆえ鹿撃ち帽なのか。


 マークウッド辺境伯が業者として使用人用の出入口から来訪することは、先ぶれで知らされていた。

 そのことから中流の装いで来る事が予想されたので、主人であるロスマリネ侯爵は賓客に合わせるため、気さくな服装に着替えていた。


 だがまさか狩人(ハンター)の装いで来るとは。

 さすがに予想外だった。


 鹿がいない王都の中心に、鹿撃ち帽の狩猟スタイルで現れるなどと、予想できる者は誰もいないだろう。


 馬車から降り立ったマークウッド辺境伯を見るや、ロスマリネ侯爵も驚いたのか呆然とした表情を浮かべていた。


「……リンデン・ノーマン氏、よく来てくれたね。君を歓迎する」

「ロスマリネ卿、お目にかかれて光栄なのだよ。私のことはリンデンと呼んでくれたまえ」


 茶番を演じるマークウッド辺境伯の後ろには、どう見ても親子にしか見えない黒髪の少女が控えていた。

 マークウッド辺境伯令嬢と年頃も一致している。


(悪魔憑きという噂だが……)


 今年十四歳になるマークウッド辺境伯令嬢オクタヴィアは、悪魔憑きの少女であるとゴシップ紙に報道されていた。

 家令として社交界の情報もそれなりに把握しているクラークは、当然その報道も知るところであった。


(若様がおっしゃっていたように、悪魔憑きの記事は捏造だったのだな)


 ゴシップ紙には、毎日ヒステリックに叫ぶ常軌を逸した狂暴な少女であるかのように書き立てられていたが、目の前の令嬢は普通の令嬢のように見えた。

 黒髪銀目の悪魔的な容姿や、探偵を名乗る風変りな父親と共に茶番を演じている行動はともかくとして、気狂いには見えなかった。


 令嬢の隣りに、まだ子供の年齢の少女も控えていた。

 服装は常識的だが、巻きつるテンプルの丸眼鏡が目を引く。


(この少女が、霊感少女か?)


 マークウッド辺境伯が、霊能力のある見習いメイドを連れて来ると知らされていた。

 見習いの年齢であるメイドに一致するのは、この丸眼鏡の少女だろう。

 目の色は少し風変りだが、ごく普通の少女のように思えた。


(それにしても……)


 もはや伝説の生物であるかのように語られる白髪の老家令アルカードをはじめ、マークウッド辺境伯家は使用人のレベルが非常に高いという評判があった。

 後ろに控える三人の使用人の様子に、クラークは評判通りであることを認めざるを得なかった。


 美貌の小姓ユースティスは使い走り(メッセンジャー)として何度かロスマリネ家を訪問しており、令息シリルが彼を友人としている事から、クラークも彼のことはよく見知っていた。

 見目麗しいのみならず、賢く教養も高い、王家に仕えても申し分ないような優れた少年だ。


 暗灰色の髪に氷青色の瞳の長身の美男子は、おそらくマークウッド辺境伯の近侍ルパート・ラインだろう。

 政治学に優れ非常に切れ者であるらしいが、彼はその能力よりも容姿により社交界のご婦人たちにその名を囁かれる事が多い。


 そして、絶世の美女。


(美しい……)


 令嬢と見習いメイドの世話係として来ている侍女だろう。

 その幻想的な美貌にクラークは内心で感嘆した。

 まるで神話から抜け出た月の女神のような堂々とした美女だった。

 あまりの美しさゆえか、威圧感すら覚える。


(これだけの人材をよく集めたものだ)


 霊能者であるという見習いメイドの少女はともかく、高貴な血筋の大貴族と、美しき珠玉の人材たちを、なにが悲しくて裏手の使用人用出入口で迎えねばならぬのか。

 家令クラークは理不尽に苦悶した。






(ティムさんが宙に浮いてる)


 ロスマリネ侯爵邸に到着し、ファウスタは皆と共に馬車から降り立った。

 そして空中に浮いているティムを見つけた。

 彼は空を飛べたのだろうか。

 ファウスタは内心で首を傾げた。


 眼鏡越しに見るティムの姿は、幽霊の御姫様(おひいさま)のように半透明に薄く透けていた。


(姿が薄くなると、声も遠くなるのかしら)


 空中で手足をバタバタさせているティムは、何か喚いているようだった。

 だがその声はぴったり閉じた扉の向こうから聞こえてくるように、曖昧に薄く、聞こえ難かった。


(もしかしてナジさんがいるのかしら)


 以前に霊視をしたとき、ティムがナジに抱えられたり、肩車をしてもらっていたりしていた様子をファウスタは思い出した。


 ナジの姿は、普通の人間の目には見えない。

 もしかしたら眼鏡を掛けると、ナジの姿も消えるのかもしれない。


 見えないナジに抱えあげられていると考えれば、空中で暴れているティムの様子は辻褄が合った。


(あっ!)


 御姫様がすうっとファウスタを追い越した。

 彼女はそのまま、使用人用の出入口で一行を迎えるロスマリネ侯爵を追い抜き、屋敷の奥へと入って行ってしまった。

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