69話 隻眼の黒騎士
「息子のシリルだ」
ロスマリネ侯爵が傍に控えている少年を紹介した。
その少年は少しくせのあるふわっとした金髪に緑の目で、やや顔色が悪い不健康そうな少年だった。
少年といってもファウスタよりはずっと背が高い。
ファンテイジ家の見習いの中で一番背が高いドム少年と同じくらいか、それより少し背が高い少年だった。
だがドムよりもひょろっとしていて弱そうだった。
「シリル・フェリクス・ロスマリネです」
シリルは紹介されると、暗い表情をぱっと愛想の良い笑顔に切り替えて自己紹介した。
もし彼が孤児院にいたら、すぐに里親が決まっただろう。
顔色が悪くて病弱そうでも、金髪と緑の目と素敵な笑顔は強いのだ。
特に珍しい緑の目は最強アイテムだ。
「心霊探偵のリンデン・ノーマンだ。よろしく頼むのだよ。リンデンと呼んでくれたまえ」
マークウッド辺境伯は相変わらず堂々と偽名を名乗り、シリル少年と握手した。
(どうすれば急にあんな笑顔ができるのかしら。貴族の方々は笑顔の修行もしているのかしら。帰ったらポラック先生に聞いてみよう)
シリルのお手本のような素敵な自己紹介を前に、ファウスタは自分の未熟さを自覚した。
シリルはファウスタよりは大きいが、大人よりは小さい。
まだ子供に属する年齢なのに、彼はもう大人のような挨拶ができるのだ。
ユースティスも笑顔を使いこなしていたが、彼は見た目は子供でも吸血鬼で百歳以上なので、ファウスタはユースティスは子供に数えていなかった。
大人より年上のユースティスが色々な事が出来るのは当たり前に思えるが、同じ子供の仲間であるシリルが大人のような笑顔で挨拶する姿は尊敬に値した。
「この子はファウスタ。素晴らしい霊視の才能があるのだよ」
マークウッド辺境伯がファウスタをロスマリネ侯爵たち一同に紹介した。
(そうだ、眼鏡は外さなきゃ)
身分の高い人の前で眼鏡をしていることは失礼に当たると教えられていたファウスタは、眼鏡を外した。
そしてシリルがやっていたように、口の端を持ち上げて笑顔を頑張った。
「ファウスタ・フォーサイスです。お目にかかれて光栄に存じます」
ファウスタは家庭教師のポラック先生に教えられたように、背中が曲がらないように注意して、少し膝を折って貴人に対する礼をした。
「ロスマリネ卿、この子の眼鏡を許してやってくれるかね。この子は霊が視えすぎるので眼鏡が必要なのだよ」
マークウッド辺境伯はロスマリネ侯爵にファウスタの眼鏡の説明をした。
「毎日たくさんの霊を視る事は健康に悪いのだ」
(旦那様にはそういう説明をしているのね)
ファウスタの眼鏡について、ファンテイジ家の人々が納得できる理由を吸血鬼たちがそれぞれ説明していると聞かされていた。
マークウッド辺境伯がどういう説明を受けていたのか、ファウスタは今知った。
(旦那様が好きそうな理由を考えたのはアルカードさんかしら)
「だからこの子は霊視のとき以外は、眼鏡で目を保護しているのだ」
「もちろん許すよ」
ロスマリネ侯爵はマークウッド辺境伯の珍妙な説明に、寛大な笑顔で答えた。
そして侯爵はファウスタと目を合わせた。
「眼鏡は自由にしたまえ」
「ご厚情に感謝いたします」
ファウスタはロスマリネ侯爵にお礼を述べた。
そして気付いた。
(……!)
身分の高い人に自分から話しかけてはいけないと、ファウスタはメイド修行で教えられていた。
出掛ける前にも家庭教師のポラック夫人に念を押された。
だからどうすべきか解らなくなり固まってしまった。
(この人、絶対幽霊だよね?! 言った方が良いよね?! でも勝手にしゃべっちゃ駄目だし、どうしたらいいの……!)
ロスマリネ侯爵と令息シリル、そしてロスマリネ家の男性使用人たちがファウスタの目の前に居た。
そのロスマリネ家一同の中に、眼帯をした兵士のような男性が混じっていた。
ロスマリネ家一同は、主人も使用人たちもしゅっとしていて都会的だ。
その中に、荒くれ者のような、長身で体格の良い野性的な男が混じっているのだ。
その男は古ぼけた防具のようなものを装着し、腰のベルトには剣を吊るしている。
冒険物語の挿絵で見た冒険者のような恰好だった。
髪は明るい茶色か、汚れてくすんだ金髪か、曖昧な色でもさもさだった。
そして顔の左側には目にかかる大きな傷跡があり、その傷がかかった左目は黒い眼帯で覆われていた。
埃っぽく汚れている戦士という風体で、都会的に洗練されているロスマリネ家一同の中でその姿はかなり浮いていた。
ファウスタが吃驚して目を見開いたからだろう。
ロスマリネ侯爵と令息シリルは不思議そうな顔でファウスタを見た。
彼らのその様子に気付いたマークウッド辺境伯は、傍らのファウスタを振り返り、やや興奮気味に言った。
「ファウスタ、何か視えたのかね?!」
マークウッド辺境伯が質問して来たことで、ようやくファウスタはしゃべる事が出来た。
「眼帯をした戦士のような人がいます!」
ファウスタの説明に、ロスマリネ侯爵と令息シリルは少し驚いたような顔をした。
「どこにいるのかね?!」
マークウッド辺境伯が興奮気味に再び問いかけて来た。
「ロスマリネ侯爵様のすぐ隣にいます」
「その幽霊が呪いの原因なのかね?!」
「えと……」
ファウスタは幽霊は視えるが、意味は解らない。
マークウッド辺境伯の質問に戸惑い、眼帯の戦士のような恰好の幽霊を見やった。
幽霊はファウスタの視線を受け止め、微笑んだ。
「この幽霊の人はそんなに嫌な感じはしないです。御姫様と同じ感じで……灰色のモヤモヤとは違うと思います」
その眼帯の幽霊は武器や防具を身に着け戦いに行くような姿をしていたが、ファウスタは不思議と怖いとは思わなかった。
漂っている灰色の煙のような嫌な感じはしない。
むしろ眼帯の幽霊の笑顔が、嫌な感じを少し吹き飛ばしてくれたような気がした。
そしてその笑顔は、先程シリルが浮かべた笑顔に少し似ている。
シリルと幽霊は顔も姿も全然似ていなくて、都会の少年と荒くれ者の戦士では見た目は正反対とも言えるのだが、不思議と笑顔の感じが似ていた。
「その眼帯の戦士のことを、もう少し詳しく説明してくれるかね」
ロスマリネ侯爵が興味深そうにファウスタに尋ねた。
ファウスタが眼帯の幽霊の見た目について説明すると、侯爵はますます興味深そうに目を輝かせてファウスタに質問した。
「君はロスマリネ家の歴史を知っているのかね?」
「いいえ」
ロスマリネ侯爵のその質問で、マークウッド辺境伯は何かに気付いたのか声を上げた。
「まさか! 隻眼の黒騎士!!」




