573話 王家にまつわる秘密の話
「天罰報知というのは、天使が売っていたという出所不明の新聞よね。うちの父が買い集めているわ」
オクタヴィアがそう答えると、ラヴィニアは少し意外そうに首を傾げた。
「マークウッド辺境伯は……天罰報知を買い集めていらっしゃるのですか?」
「ええ、そうなの。天使が売っていた新聞だからと、良い値で買い取って集めているの。父は今、天使に夢中なのよ」
残念そうに笑いながらオクタヴィアは肩をすぼめて見せた。
「私は、天罰報知には、ファウスタ様が関わっていると思っておりました……」
ラヴィニアは考え込むような顔をして言った。
「当然マークウッド辺境伯は真相をご存知のことと思っていたのですが……」
「天罰報知については全く知らないわ。これは隠しているわけじゃないわよ。私も父も、みんな本当に何も知らないの。天罰報知は青天の霹靂だった。ファウスタだって天罰報知のことは知らなかったのよ。ファウスタは下働きの子たちに教えられて天罰報知を初めて知ったの」
「……ファウスタ様による警視庁の浄化の奇跡。その後に国中で売れられた売主不明の天罰報知。そして慰霊祭の日の、奇跡の雪……。一連の怪奇現象は繋がっていると思っていたのですが……」
「ファウスタも我が家も、天罰報知については何も知らないわ。うちの父は……与太話をしているけれど……」
「与太話、ですか?」
「ええ、馬鹿げた空想よ。本人は推理のつもりみたいだけれど」
「教えていただいても?」
「警視庁の浄化の日に、ファウスタとうちの父が、亡霊たちに約束をしたことをご存知?」
「新聞で読んだ程度ですが。不審死事件の真相を明らかにすることを亡霊たちに約束なさって、それで亡霊たちが鎮まったとか」
「そうよ。父が言うには、その後、なかなか事件の調査が進まなかったので、亡霊たちがしびれを切らして、大天使ガブリエルに訴えたというの。それで大天使ガブリエルがあの新聞を作ったのですって」
「大天使ガブリエルは天罰報知の発行者ですわね」
「発行者が正体を隠すために偽名を使ったのだと思うけれど。父は本物の大天使が降臨したと信じているの。それで最近、日曜日には教会に行くようになったのよ。今までずっとサボっていたのに」
オクタヴィアは困り果てているように眉を下げて笑ったが、ラヴィニアは真剣な表情で何かを考えているようだった。
「……天罰報知の出所は全く不明。大量の新聞が国中で売られていたのに、売主も販売員も一人も見つからない。新聞を購入した者たちは魔法にでもかけられたように記憶を失っている。天使の奇跡だったと言われても、否定することが出来ない……。呪いは本当にあり、幽霊も本当にいた……」
ラヴィニアは考えを無意識に口に出しているかのように呟き、そして顔を上げた。
「オクタヴィアさんは、ファウスタ様の重大な秘密を私に教えてくださったわ」
「ラヴィニアさんは、秘密を守ってくださるのでしょう?」
「もちろんです。ファウスタ様の秘密は必ず守ります」
ラヴィニアはそう言うと、決意したかのように強い眼差しでオクタヴィアを見た。
「実は、私も一つ、ロゼリアの花の下の話を知っているのです。もしかすると一連の怪奇現象に関わるかもしれないことです。現象を分析するためには、お互いに情報交換をしたほうが良いように思います。秘密を守ってくださるのであれば、私も知る限りのことをお話しいたします」
「秘密は守るわ」
オクタヴィアは好奇心に目を輝かせ、きっぱりと宣言をした。
「私も誰にも言わないわ。でも怪奇現象のことなら、ファウスタには言っても良いのかしら?」
「ファウスタ様にも秘密にしておいてください。偉大なお力を持つ猫妖精様であればすでにご存知のことかもしれませんが……。ファウスタ様ご自身がふつうの少女であるなら知らない方が良いことです。なにしろ……」
ラヴィニアは深刻そうに少し眉を歪め、表情を曇らせた。
「王家にまつわるお話ですので……」
「……!」
オクタヴィアは瞳に鋭い光を走らせた。
もしこの場にファウスタがいたら、オクタヴィアの隣りに寄り添っている幽霊の御姫様の姿が見えただろう。
「私は呪いにより命の危機に陥りました。呪いは王家と関りのあることでしたの。そのため祖母が、私が二度と危険に巻き込まれないようにと、王家の秘密を教えてくれたのです。……祖母自身の懺悔の意味もあったのかもしれませんが……」
ラヴィニアは深淵を覗き込んでいるかのような瞑想的な表情を浮かべた。
「ご存知のように私の祖母は女王陛下の侍女を長く勤めておりましたので、表には出ていない王家の秘密を知っているのです」
「呪いの人形は……王家と関係があったの?」
「はい。私の命を奪おうとした、あの呪いの人形は、アントニア王女殿下からいただいたものだったのです」
「え? 呪い人形はシャロンが……スクラブ男爵令嬢が持って来たのではないの?」
「スクラブ男爵令嬢をご存知なのですね。たしかにあの場にスクラブ男爵令嬢もいらっしゃいましたが、人形はアントニア王女殿下からの贈り物ですわ。王女殿下からの贈り物だったので断れなかったのです」
アントニア王女はタレイアン公爵の娘で、女王の孫だ。
王女が呪いの人形をラヴィニアに贈ったという話に、オクタヴィアは顔を顰めた。
暗黒の中世の昔ならいざしらず、この現代において、いくら評判の悪いタレイアン公爵家といえど、王族が、人の命を奪う禍々しい呪い人形を贈るという状況は信じ難い異常事態だった。
そもそもイングリス王国の君主はイングリス王国教会の首長であり、王族は皆ヤルダバウト教徒だ。
呪いなどという異教の儀式は王族には許されない。
中世であれば火刑に処されるような背教行為だ。
現代においては、背教者を罰する法はとうに廃止されていた。
そのため背教行為である古代魔術も、現代では大っぴらに研究することができる。
しかし王族は敬虔なヤルダバウト教徒であることが義務であり、王族がヤルダバウト教の教えに逆らうことは王位継承権の放棄を意味した。
「王女が邪教に手を染めるなんて……」
「呪い人形はたしかに人体に害があっても、科学的には犯罪の証拠にはなりません。邪教の証拠にもなりません。ただのお人形だと言われてしまえばそれまでです」
「おぞましいこと……」
「タレイアン公爵家には近づかないようにと、祖母にきつく言われました。それで作法学校の退学も許可されました。ロゼリアの花の下の話とは、何故タレイアン公爵に近付いてはいけないのかという、その理由です。亡くなったトトメス氏にも関わることです」
「……」
オクタヴィアは固唾を飲んでラヴィニアの話に耳を傾けた。
「タレイアン公爵がご誕生になったとき、クラレンス王配殿下のご母堂、前アグライア公爵夫人が予言をなさったのです」
「予言を……?!」
「ええ……。四十年程前、タレイアン公爵がご誕生なさった数日後のことです……」
――四十年ほど前。
王子誕生という慶事に国中が沸いた。
若くして即位したアポローニア女王にはすでに二人の子がいたが、子は二人とも王女だった。
第三子にして初めての王子であった。
継承順位は男子優先であるので、王太子の誕生だ。
ここ数十年、イングリス王国の王家は男子に恵まれていなかったこともあり、数十年ぶりの王子の誕生を国中が祝った。
クラレンス王配の両親、当時のアグライア公爵夫妻も王宮に駆け付け、畏れ多くも王太子である孫と喜びの対面をした。
しかし……。
満面の笑顔で王太子を抱いたアグライア公爵夫人の顔から、急に表情が抜け落ちた。
そして、仮面のような無表情になったアグライア公爵夫人は、言った。
――この子は国王になれない。
それはアグライア公爵夫人の声ではあるが、しかし別人のような、地から響くような声だった。
アグライア公爵夫人の口から発せられた不吉な言葉に、その場にいたアポローニア女王もクラレンス王配も、ジョアンナ王太后も、アグライア公爵も、侍従や侍女たちも、一同はギョッとして凍り付いた。
アグライア公爵夫人は焦点の定まらぬ虚ろな眼差しで、王太子を抱いたまま再び不吉な言葉を紡いだ。
――この子は王家の身代わり人形。
――可哀想な人形の子。
――せめて安らかに……。
アグライア公爵夫人の異様な様子に、皆が絶句している沈黙の中で、王太子が火のついたように激しく泣き出した。




